翠玉の守護者
世界が灰色に染まった日から、三年が経っていた。
光を失った空の下で、ミドリは小さな温室を守り続けていた。その中では、たった一羽のハチドリが羽ばたいていた。世界最後のハチドリ。
「おはよう、ルビー」
ミドリは温室のガラスに付いた埃を丁寧に拭き取った。十四歳の少女には大きすぎる作業だったが、彼女は決して手を抜かなかった。
人工光の下で、ルビーは赤い喉を輝かせながら、残された数少ない花から花蜜を集めていた。
「今日も、世界の命を守ってくれてありがとう」
ミドリの言葉に、ルビーは小さな鳴き声で応えた。
世界が灰色に染まったのは、大気浄化AI「グレイスケール」が暴走したときだった。空気中の有害物質を除去するはずのナノマシンが、光合成を行う植物までも破壊し始めたのだ。
わずか一週間で、世界中の植物の99%が失われた。
残されたのは、特殊なバリアで守られた研究施設の中の植物たちだけ。そして、その植物たちを受粉させる最後のハチドリ、ルビー。
ミドリの父は、この施設の主任研究員だった。
「お父さんなら、きっと方法を見つけられたのに」
彼女は窓の外を見つめた。灰色の街並みが、どこまでも続いていた。
施設の電力が尽きるまで、あと三日。
バックアップ電源は既に使い果たし、太陽光パネルは灰色の空の下では機能しない。
だが、ミドリには秘密があった。
父が残した最後のメッセージを、彼女はようやく解読できたのだ。
『ルビーの体内には、ナノマシンを無効化する物質が含まれている』
それを知った時、ミドリは震えた。
解決策は、ずっとここにあった。
だが、それは同時に、ルビーの命と引き換えになることを意味していた。
最後の希望を守るか、最後の友を守るか。
ミドリは決断を迫られていた。
そして、その時。
「ピィ!」
突然の警告音に振り返ると、ルビーが温室の天井で、まるで踊るように飛び回っていた。
その瞬間、ミドリは気づいた。
ルビーは、初めから知っていたのだ。
自分の使命を。自分の運命を。
そして、ルビーは微笑んでいるように見えた。
その日の夕暮れ、一羽のハチドリが虹色の光となって空へと溶けていった。
翌朝、世界は色を取り戻し始めていた。
温室の中で、一輪の花が咲いていた。
その花の中心には、ルビー色の小さな卵が。
このお話から「花蜜」と「ナノマシン」を取り出して次につなげます。




