第36話:「鏡の向こう」(微サスペンス)
精神科医の私が双子の症例を担当することになったのは、この春のことだ。
「カルテによると……柊凛々子さんと柊鈴子さん。十八歳。孤児院『セイントメアリー』からの紹介ですね」
対面した双子は、まるで鏡に映ったように同じ姿をしていた。右に座る凛々子は白のワンピース、左の鈴子は黒のワンピース。それ以外の全てが完全な複製だった。
「私たち、入れ替わったと思うんです」
凛々子が切り出した。
「最近、記憶の中の私が、本当は鈴子なんじゃないかって」
鈴子は黙ったまま、虚空を見つめている。
二人は三歳の時、原因不明の火災で両親を失った。DNA鑑定の結果、どちらが姉でどちらが妹かも判別できなかったという。名前は孤児院の院長が便宜的につけたものだった。
「それで、具体的にはどんな違和感を?」
「私の好きな色は白のはずなのに、黒い服が気になって……」
鈴子が突然、口を開いた。
「違うわ。私が白が好きで、姉さんが黒が好きだったはず」
「でも、昔の写真、全部逆じゃない?」
二人は言い争いを始めた。私は黙って観察を続けた。実は二人の症例について、院長から詳しい報告を受けていた。
『双子は幼い頃から、毎日のように服の色を交換していました。まるでゲームのように』
確かに提出された写真には、日替わりで白と黒の服を着替える双子が写っていた。ある日は凛々子が白、次の日は黒。鈴子も同様だった。しかし、十二歳の写真を最後に、その習慣は突然途絶えていた。
「十二歳の時のこと、覚えていますか?」
二人は同時に首を横に振った。
「あの日のことは、全然……」
記録によれば、その日、双子は高熱を出して倒れた。一週間の入院後、彼女たちは突然、服の色を固定するようになった。凛々子は白、鈴子は黒。そして今、六年の時を経て、記憶の混乱が始まっていた。
「実は、もう一つ写真があります」
私はコピーを取り出した。火事の後、警察が現場で発見した焼け残りの写真だ。そこには双子の赤ちゃんが写っていた。右の子は白い肌着、左の子は黒い肌着。写真の裏には、かすれた文字で『凛々子(左)鈴子(右)』と書かれていた。
「つまり、あなたたちは……」
その瞬間、外は土砂降りの雨。突如、雷が鳴り響き、病院全体が停電に見舞われた。数秒後、非常灯が点いた。その青白い光の中、私は息を呑んだ。
目の前の双子は、いつの間にか服の色を交換していた。
「やっと思い出したわ」二人は同時に微笑んだ。「私たちは、本当は一つの魂なの」
非常灯が明滅する中、彼女たちの姿が重なって見えた。
「一日おきに、交代してたの。でも、成長するにつれて、自分が誰なのか分からなくなって……」
その言葉を最後に、双子は意識を失った。目覚めた時、彼女たちは全てを忘れていた。そして今も、毎日交代で通院している。
私の机の上には、二つの診察記録がある。凛々子のものと鈴子のもの。しかし、来院するのは一人だけだ。白と黒のワンピースを一日おきに着替えながら。
このお話から「火事」と「停電」を取り出して次につなげます。




