第35話:「痣の記憶」(ヒューマンドラマ)
私の左肩には生まれつき赤い痣がある。母は昔、それを見るたびに顔を曇らせていたという。母が他界してから十年。私は養護施設「陽だまり」で保育士として働いている。今日も朝から子どもたちの元気な声が響き渡る。
「音羽先生! 見て見て!」
五歳の結菜が駆け寄ってきた。彼女の左肩には、私と同じような赤い痣がある。
私が「陽だまり」に就職したのは三年前。面接の日、園長の篠原さんは私の経歴書をじっと見つめ、ため息をついた。
「音羽さん、あなたの母上は……確か十年前に?」
「はい。交通事故でした」
その時、篠原さんの目が微かに潤んだような気がした。だが、すぐに穏やかな笑顔に戻り、私の採用を決めた。
結菜が来たのはその半年後だった。両親の事故で孤児となり、親族も引き取り手がなく、施設で暮らすことになった女の子。左肩の痣を見た時、私は強い親近感を覚えた。
「結菜ちゃん、お絵描きしようか?」
「うん! 先生と一緒がいい!」
結菜は私にべったりだ。同じ痣を持つ者同士、何か特別な繋がりを感じているのかもしれない。
夕方、送迎の時間になった。
「あら、音羽先生」
篠原園長が事務室から出てきた。
「ちょっと話があるの。結菜ちゃんのことで」
私は結菜を午後のお昼寝に付き添わせた後、園長室へと向かった。机の上には古びた写真が一枚。三十年ほど前のそれは、若かりし日の篠原園長と、見知らぬ女性が写っていた。女性の左肩には、見覚えのある赤い痣があった。
「これは……?」
「私の双子の妹よ。三十二年前に難産で亡くなったの。死の間際、生まれた赤ちゃんを『陽だまり』で育ててほしいって……」
篠原園長の声が震えた。
「その子は私が託児所で育てた。でも、十八で施設を出た後、消息を絶ってしまって……。十年前、交通事故のニュースで彼女の死を知ったわ」
私の体が凍りついた。
「その人は……私の母ですか?」
「ええ。あなたは私の姪なのよ、音羽さん」
目の前が揺れた。そして、もう一つの事実が私の胸を刺した。
「それじゃあ、結菜ちゃんは……」
「ええ。あなたの妹よ。妹さんは結婚後、両親と死別。残された赤ちゃんが結菜ちゃん。血のつながった親族がいないと聞いて、私はすぐに引き取ったの」
窓から差し込む夕陽が、三十年の時を照らし出す。私たちの左肩の痣は、引き裂かれた家族の記憶を繋ぐ赤い糸だったのだ。
「音羽さん、これからはちゃんとした家族として……」
篠原園長の言葉が途切れる前に、私は立ち上がっていた。保育室に戻ると、結菜は目を擦りながら起き上がったところだった。
「お姉ちゃん……?」
彼女は初めて、私をそう呼んだ。
このお話から「孤児」と「双子」を取り出して次につなげます。




