第37話:「停電の夜に」(ヒューマンドラマ)
真夏の停電は、突如として住宅街を闇に包んだ。バックアップ電源を持たないコンビニの冷蔵ケースから商品が消えていく中、レジには長蛇の列。私は缶詰とミネラルウォーターを抱え、その列の最後尾に並んでいた。
「おい、また火事か?」
誰かが指差す先、灼熱の夕焼けの中に黒煙が立ち上っていた。スマートフォンの緊急速報が鳴り響く。電力会社の発電所で火災発生、復旧の見通しは立たず——。
「じゃあ、今夜は……」
レジに並ぶ人々の間でざわめきが起こった。コンビニの店長は額の汗を拭いながら、小型の懐中電灯を取り出している。私は不意に、十五年前の記憶を呼び起こしていた。あの夜も、こんな風だった。
スポーツ新聞記者だった父は、停電による大規模火災の取材へと出かけた。母は私にカセットコンロで温めたカレーを食べさせながら、懐中電灯の明かりで父からの電話を待った。しかし、その電話は永遠に鳴ることはなかった。
「山田さん、こっちです」
暗闇の中、誰かが私の名を呼んだ。振り返ると、隣に住む消防士の江口さんが、汗を滲ませた制服姿で立っていた。
「火災現場に向かうところなんです。差し支えなければ、山田さんのお父さんの最期のこと、聞かせてもらえませんか?」
レジの列を諦め、私たちは消防車へと向かった。江口さんは十五年前、新人消防士として現場にいたという。父の取材に同行し、最後まで共に行動していた。
「実は、あの時の報道で一つだけ触れられなかったことがあるんです」
消防車のライトが、江口さんの疲れた顔を照らし出す。
「山田さんのお父さんは、火の中に取り残された家族を見つけたんです。でも、自分のカメラを置いて、救助に向かった。『記者の仕事は人命より後だ』って」
私の目から、熱い涙が零れ落ちた。
「電気が復旧した時、現場から発見された遺品の中に、お父さんのカメラがありました。最後のフィルムには、助け出された家族の姿が映っていたんです」
エンジンが唸りを上げ、消防車が動き出す。窓の外では、街灯の消えた道路を走る車のヘッドライトが、光の帯を描いていた。
「お父さんは、最高の記者でした。そして、最高の人でもあった」
江口さんの声が、サイレンの音に溶けていく。私は父の最期の真実を知り、不思議と心が晴れていくのを感じていた。停電の夜、街は少しずつ光を取り戻していた。そして私も、長い間失っていた何かを取り戻したような気がした。
このお話から「スマートフォンの緊急速報」を取り出して次につなげます。




