第33話:天使の花束(ヒューマンドラマ)
雨上がりの午後、私は母の手を引いて古い教会を訪れた。十歳の誕生日に、母は「大切な場所を見せたい」と言って、私をここへ連れてきたのだ。
教会の門をくぐると、甘い香りが漂ってきた。白百合だ。小さな庭には、見事な白百合が咲き誇っていた。その向こうには、青い衣をまとった聖母マリアの立像。穏やかな微笑みを湛えた瞳は、まるで本物の人のよう。
「ここで、あなたは生まれたの」
母の言葉に、私は目を丸くした。
「マリア様が、私を授けてくれたの?」
「そうね。そういう言い方もできるわ」
母は懐かしそうに聖母像を見上げた。
「十年前、私は子どもを授かることができずに悩んでいた時、毎日ここに祈りに来ていたの。ある日、修道女のマリア・グレースさんが話しかけてきてね」
母は、白百合に手を添えた。
「この花は、マリア様の純潔を表すのよ。でも同時に、新しい命の象徴でもあるの」
その時、小さな風が吹いて、白百合が揺れた。花びらが一枚、私の手のひらに舞い降りる。
「マリア・グレースさんは、養子縁組という道があると教えてくれた。そして……」
母の目が潤んだ。
「生まれたばかりのあなたと出会わせてくれたの。この白百合の香りの中で」
私は母の腕の中に飛び込んだ。
「ねえ、マリア様はどうしてあんなに優しい顔をしているの?」
「それはね……」
そこで母の言葉が途切れた。教会の扉が開く音がして、一人の老修道女が姿を現した。
「まあ、久しぶりね」
その声を聞いた母が振り向く。
「シスター・マリア・グレース!」
私は息を呑んだ。噂の修道女だ。でも、なぜか見覚えのある顔。
「よく来てくれたわね、リリィ」
マリア・グレースは私の名を呼んだ。そうだ。この人の笑顔、どこかで……
「あら、気づいたかしら?」
シスターは聖母像を指さした。
「あの像のモデルは、私の母だったの。三十年前、彼女はこの教会で多くの子どもたちの養子縁組をお世話していたわ」
母が小さく息を飲む。
「そして今、私がその仕事を引き継いでいる。新しい家族の絆を、マリア様の導きのもとで結んでいくの」
シスターは庭の白百合を愛おしそうに見つめた。
「この白百合は、三十年前から途切れることなく咲き続けているの。新しい命の証として」
それは、まるで小さな奇跡の連鎖のようだった。聖母マリアの慈愛は、白百合となって、世代を超えて受け継がれていく。
「ねえママ、私も大きくなったら、マリア様のように誰かを幸せにできるかな?」
「ええ、きっと」
母の瞳が優しく輝いた。聖母像の影が長く伸びて、私たち親子を静かに包み込む。白百合の香りが、永遠の愛の証のように漂っていた。
このお話から「養子縁組」を取り出して次につなげます。




