表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しりとり的なショートストーリー集  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/64

第32話:満月の夜の約束(百合)

 満月が昇る夜だった。冬の澄んだ空気が、白い息となって月に向かって昇っていく。


 薫子かおるこは、修道院の古びた木造の窓辺に立っていた。二十三歳。見習い修道女として、この小さな修道院で祈りの日々を送っている。本来なら、もう床に就いている時間だ。


「シスター……」


 背後から、そっと声がかかった。振り返ると、修道女としてこの場所で十年を過ごした、師であり親代わりでもある聖良せいらの姿があった。四十歳を過ぎた彼女の瞳には、月明かりが深く沈んでいた。


「外は寒いわ。おいで」


 聖良は薫子の肩に毛布をかけた。その指が、ほんの少しだけ薫子の首筋に触れる。


 二人は、この修道院で出会った。薫子が孤児として引き取られた時、聖良は既に修道女としての道を歩み始めていた。姉のように、母のように、時には厳しく、時には優しく薫子を導いてきた。


 いつからだろう。その関係が、微妙に歪み始めたのは。


「シスター。私、おかしいのでしょうか」


「何が?」


「こんな気持ち……神様は、許してくださるのでしょうか」


 聖良は長い間、黙っていた。月の光が、二人の影を床に長く伸ばしている。


「私たちは、神の愛を説くの。でも、人の愛を否定してはいけないわ」


 聖良の声は、いつもより低く、震えているように聞こえた。


「でも、これは……」


「知っているわ。私にも分かる」


 聖良は窓の外を見つめた。その横顔が、まるで聖母マリアの彫像のように美しい。


「私たちには、二つの愛がある。神への愛と……」


 言葉が途切れる。


「明日、私は別の修道院に移ることになったわ」


 薫子の心臓が、激しく跳ねた。


「どうして!」


「これが、私たちにできる最後の愛の形よ」


 聖良は、薫子の頬に優しく手を添えた。その手が冷たいのか、熱いのか、もう分からない。


「愛は、時として離れることでしか証明できないの」


 月の光が、二人の間に銀色の線を引いているような錯覚。その線は、これから二人を永遠に隔てる距離の始まりなのかもしれない。


「私は、あなたのことを……」


「言わないで」


 聖良は静かに薫子の唇に人差し指を当てた。


「祈りの言葉以外は、もう必要ないわ」


 その夜、礼拝堂では二つの祈りが交差した。神への愛を誓う言葉と、決して口にできない想いが、ステンドグラスに映る月の光の中で溶け合っていく。


 翌朝、聖良は何も言わずに修道院を去った。残されたのは、十字架と、一輪の白百合。そして、決して語られることのなかった愛の重み。


 薫子は、その後も窓辺に立ち続けた。満月の夜には必ず。月の光は、二つの場所を同時に照らすことができる。それが、せめてもの慰めだった。


このお話から「聖母マリアと白百合」を取り出して次につなげます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ