第25話:雪の夜の夢(ヒューマンドラマ)
雪が降っていた。
演舞場の楽屋で、十七歳の月城みのり(つきしろ みのり)は、先ほどまでの自分の舞を思い返していた。白粉の香りが鼻をくすぐる。一枚の鏡に、艶やかに結い上げた髪と、しっとりと汗を含んだ額が映っている。
「みのりちゃん、素晴らしかったわ」
楽屋を訪れた弟子たちの一人がそう言った。春日流の名取である祖母の弟子たちは、みのりの初舞台を見守りに来てくれていた。
「ありがとうございます」
みのりは小さく頭を下げた。しかし、どこか落ち着かない気持ちは消えなかった。祖母が倒れてから三ヶ月。本来なら祖母が舞うはずだった『雪女』を、みのりが代役で踊ることになったのだ。
「おばあちゃんの『雪女』には、遠く及ばなかったけれど……」
そのつぶやきを聞いた年長の弟子が、静かに首を振った。
「違うのよ。あなたは、おばあ様の舞を真似しようとしていなかった」
みのりは目を見開いた。
「私、型を間違えましたか?」
「いいえ。型は完璧だった。でも、それはおばあ様の『雪女』ではなく、みのりちゃんの『雪女』だった」
その時、廊下に車いすの音が響いた。
「みのり」
祖母の声だった。みのりは立ち上がり、駆け寄った。八十二歳の祖母、春日菊乃は、薄い笑みを浮かべていた。
「おばあちゃん、来てくれたの」
「ええ。最後の一節だけ、見せてもらったわ」
みのりは俯いた。
「おばあちゃんの『雪女』には……」
「みのり」
祖母の声が、静かに響いた。
「舞は、人から人へと伝わっていく。でも、それは形だけの話じゃない。大切なのは、踊り手の心が生み出す、新しい命よ」
みのりは黙って聞いていた。
「私の母も、『雪女』を踊った。私も踊った。そして今日、あなたが踊った。同じ形でありながら、それぞれが違う物語を紡いできた」
祖母は窓の外を見やった。雪がまだ降り続いている。
「あなたの『雪女』は、清らかで、どこか切なかった。まるで、初恋の想いを抱きしめたような……」
みのりの頬が熱くなった。客席の中に、幼なじみの健一の姿があったことを、祖母は見抜いていたのだろうか。
「私の『雪女』は、もう過去のもの。これからは、あなたの『雪女』が、新しい雪を降らせていくのよ」
祖母の言葉に、みのりは小さく頷いた。鏡の中で、白粉の上から一筋の涙が伝っている。その涙は、まるで雪解けの水のように、清らかに光っていた。
このお話から「雪女」を取り出して次につなげます。




