第15話:心臓の記憶(ヒューマンドラマ)
ナースステーションの時計が、午後三時を指している。理子は記録を書きながら、そっと周囲に耳を澄ませた。リハビリ室からピアノの音が漏れてくる。デイケアの音楽療法の時間だ。
「春よ、来い……」
かすかに歌声が聞こえる。木村和子さん、87歳。3年前に夫を亡くしてから、穏やかな認知症の症状が出始めた方だ。
メロディーは途切れがちだが、その歌声には確かな意志が宿っている。理子は思わずペンを止めた。あの日、木村さんから聞いた言葉を思い出していた。
「私の心臓には、夫の記憶があるの」
突然の告白に、理子は戸惑いを隠せなかった。不整脈。認知症。記録上は冷静な数値とカルテの文字列で片付けられる症状。でも。
理子は再び記録用紙を見つめる。今書こうとしていたのは、母のカルテだった。統合失調症。半年前から同居を始めて、ようやく症状は安定してきている。
「理子さん」
同僚の声に、はっとする。
「ごめん。木村さんの合唱、もう終わりそうなの」
理子は慌てて立ち上がった。デイケアの見守りは、今日の彼女の担当だ。
リハビリ室に着くと、木村さんはピアノの前で目を閉じていた。
「木村さん?」
「あら、理子さん」
目を開けた木村さんが、穏やかに微笑む。
「私ね、夫と出会った時の曲を思い出していたの。社交ダンスの伴奏だったのよ」
理子は木村さんの隣に腰掛けた。
「ダンスがお好きだったんですか?」
「ええ。夫は下手でね。でも、二人で踊っているうちに、自然とリズムが合ってきたの」
木村さんは、自分の胸に手を当てた。
「この不整脈も、きっと夫との記憶なのよ。踊りながら、心臓の鼓動が重なり合っていくの。そんな感覚を、体が覚えているのかもしれないわ」
その言葉に、理子は自分の母のことを考えていた。
母が作る味噌汁には、いつも同じような味がする。父の好みに合わせた味。父が他界して、母の症状が悪化してからも、その味は変わらなかった。むしろ、より強く父の記憶を留めるようになった。
その夜、理子は母と向き合って夕食を取っていた。
「お母さん」
「ん?」
「私ね、今日デイケアで、ある患者さんの話を聞いたの」
理子は木村さんの言葉を伝えた。心臓に宿る記憶の話を。
母はしばらく黙って箸を動かしていた。そして、ふっと顔を上げた。
「私にも、聞こえるのよ」
「え?」
「お父さんの声が。最初は幻聴かと思った。でも違うの」
母は、自分の耳に触れた。
「ここに残っているお父さんとの会話。たくさんの『ただいま』と『おかえり』。辛い時の『大丈夫か?』。そういう言葉の響きが、私の中で生きているの」
その時、理子は気がついた。母の症状が落ち着いてきたのは、決して薬の効果だけではないのかもしれない。父との記憶が、母の中で少しずつ整理されていったのではないか。
幻聴は、現実を歪めるものとして警戒される。でも、もしかしたら、大切な人との記憶を守ろうとする心の声なのかもしれない。
次の日、木村さんはまたピアノの前に座っていた。今日は「浜辺の歌」を歌うという。
「木村さん、その曲も思い出の曲ですか?」
「いいえ、これは新しい曲」
木村さんは鍵盤に手を置いた。
「夫との思い出は大切。でも、新しい音も聴いていかなきゃね。心臓は、過去も未来も刻んでいくものだから」
その言葉は、理子の中でゆっくりと響いた。
帰宅すると、母が夕食の支度をしていた。いつもの味噌汁の香りに混ざって、新しい香りがする。
「カレー粉を入れてみたの」
母が照れくさそうに言う。
「お父さんは苦手だったけど、私は好きなのよ」
理子は、思わず目を潤ませた。
共に生きるということは、過去を背負うことではない。記憶を大切にしながら、新しい一歩を踏み出すこと。それは時に勇気のいることかもしれない。
でも、その一歩を共に歩めることが、何よりの幸せなのかもしれない。理子はそう思いながら、母の作る新しい味噌汁を、そっと口に運んだ。
このお話から「いつもと同じ味」を取り出して次につなげます。




