第13話:森の記憶(SDGs)
風が、樹々のざわめきを運んでくる。アメノは空を見上げ、深く息を吸った。土の香り、木々の芽吹き、そして遠くに聞こえる川のせせらぎ。すべてが、春の訪れを告げていた。
「アメノ姉さん! アメノ姉さん!」
妹のツキが、息を切らせながら駆けてきた。その小さな手には、見慣れない植物の芽が握られている。
「これ、見て! いつもの場所から少し離れたところで見つけたの」
アメノは、その芽を手に取った。確かに見覚えがある。冬の間、貯蔵していた穀物の中に混じっていた種に似ている。
「ツキ、よく見つけたわね」
アメノは微笑んだ。去年の秋、彼女たちの集落は大きな決断をしていた。これまでのように木の実や山菜を集めて暮らすだけでなく、自分たちで種を蒔いてみようと。
「長老さまに報告しないと」
二人は急いで集落へ戻った。円形に並ぶ竪穴住居の中央で、長老のカシワが若者たちに狩りの心得を説いているところだった。
「長老さま!」
アメノの声に、カシワは穏やかな目を向けた。
「おや、アメノか。何か発見があったのかな?」
「はい。あの種が、芽を出したんです」
その言葉に、集まっていた人々の間でざわめきが起こる。
「見せてごらん」
カシワは芽を手に取り、じっくりと観察した。その目には、深い思索の色が浮かんでいる。
「たしかに、これは私たちが蒔いた種だ。森が、私たちの願いを受け入れてくれたようじゃな」
カシワは空を見上げた。
「でも、これは始まりに過ぎない。私たちは森と共に生きていかねばならん。森が与えてくれるものを、ただ受け取るだけでなく、私たちも森に何かを返さねばならない。それが共生ということじゃ」
その夜、集落では祭りが開かれた。大きな炎を囲んで、人々は踊り、歌った。アメノは母から教わった祈りの歌を口ずさみながら、不思議な感覚に包まれていた。
「アメノ姉さん、私たちも森の一部なの?」
ツキが尋ねる。アメノは妹の頭を優しく撫でた。
「そうよ。私たちは森の子供。でも、森の親でもあるの」
翌日から、集落の暮らしは少しずつ変わっていった。これまでは木の実を集めるだけだった場所に、意識的に種を蒔くようになった。獲物を追いすぎて、その数が減らないよう、狩る場所を決めた。
月日は流れ、蒔いた種は次々と芽を出し、実を付けるようになった。しかし、すべてが順調だったわけではない。時には、獣に作物を荒らされることもあった。
「なぜ、柵を作って守らないのですか?」
若いイワが、カシワに尋ねた。
「それでは、森との対話が途切れてしまう」
カシワは答えた。
「獣たちにも、私たちと同じように生きる権利がある。大切なのは、分け合うことを学ぶこと。それが、森との共生というものじゃ」
季節が巡り、アメノたちの集落は少しずつ変化していった。以前より、一つの場所に長く留まるようになった。でも、それは自然から離れることではなく、むしろ自然とより深く結びつくことだった。
ある夕暮れ、アメノは母になっていた。自分の娘を抱きながら、芽吹きの場所を見つめている。
「ねえ、アメノ。あの日、私が見つけた芽、覚えてる?」
ツキが隣に立っていた。彼女も一人の母になっていた。
「ええ、もちろん。あれが、私たちの新しい物語の始まりだったのね」
二人は微笑み合った。その周りでは、新しい世代の子供たちが遊び戯れている。彼らは、生まれた時から森と共に生きることを知っていた。
「母さん、これ、何の木?」
アメノの娘が、若木を指さした。
「それはね、私たちの記憶の木よ。森が教えてくれた共生の知恵を、この木は覚えているの」
風が吹き、木々がざわめいた。それは、まるで森全体が彼女の言葉に頷いているかのようだった。
このお話から「母になること」を取り出して次につなげます。




