679 「なに?え?夏?」
「暑い……」
とある休日……時間は昼になる少し前あたり。場所はブルームフィールド邸談話室。
これまでの季節及び気温に合わせた洋服を着ていたご主人様だったのだが、昨今の日本における唐突な気温の上昇に、彼女は窓から見える太陽を恨めしげに見ながら、上着の合わせをパタパタとさせ少しでも風を取り入れんとしていた。
俺はそんな彼女の隣に控えているが、ソファに座るリゼットは全身を黒で飾っているため余計暑く感じるのだろう。無双の戦鬼は気温の上下などで性能を変えぬが……まぁ確かに、多少暑くはある。温度計を見れば……三十一度か。今年も暑くなりそうだ。
窓から吹く生ぬるい風が、ねっとりと頬を撫でる。リゼットは紅い瞳をうんざりさせながら、その視線を「はふ……」と同じく厚着で暑そうにしている我が姉上へと向けた。
「なに? え? 夏?」
「……気象学的、そして天文学的に、六月下旬はそう呼べますね」
「昨日まで春だったでしょ。春を返して」
「残念ですが、優しい春ちゃんは荼毘に付しました。これからはオラオラ系の夏くんが私達を毎日責め立ててくれます」
「私、夏眠するわ。涼しくなったら起こして。そして寒くなったら冬眠するから、また暖かくなったら起こして」
「生存競争ドベまっしぐらな生態をしておりますね吸血鬼という種は……」
「マスターがものぐさなだけだろう」
「うるさい」
「──サマァアァァァアァァァアァァ!!!!!!!!」
談話室の暖炉が唐突に燃え上がり、マントの裾を焦がして炎と共に現れるのはもちろん──我等が情熱系アイドル、吉良坂ガーネットだ。
「もっと暑苦しい人来ちゃった……物理的にも燃えてるし」
「アツゥイ! ペッ、ペッ……くっそ~、煙突間のワープはまだ実用できる段階じゃねぇな。肺に煤は入るし服は燃えるし。なにより普通に炎が熱いし。現段階だとダーリンの霊力で身体覆ってなかったら、ワープする前に火ダルマになって死ぬ。フ○ンタスティ○ク・フォーの燃えるけど飛べないヒュ○マン・トーチって感じ」
「それただの燃えてるだけの人。あと死ぬかもしれない手段でうち来るのやめてくれない?」
「いや~、だって今夏の話したっしょ? ならあたしも呼んでくれねぇと困るってなもんよ。なんせスキーで一回置いていかれた実績があるもんでね!」
「まだ根に持ってるこのセンパイ……」
「ようダーリン! さっきから煤払ってくれてあんがとなんだけど、変なトコは触んなよ? 絶対触んなよ? 特に今日はお尻が敏感肌だから絶対に触んなよ!? あんっ♡ もう、ダーリンのばかばかっ♡ お前を殺す」
「私、このセンパイと一緒に夏過ごしたくない」
「はぁぁあぁぁぁぁぁぁ……」
「生暖かい息吹きかけるのやめて!!」
夏でもこの魔法使いは笑顔満点、うざさも満点。去年の段階では知り合えていなかったため、今年の夏はよりにぎやかになりそうだな。既に賑やかか。
冷たい麦茶をいれてやれば、ガーネットは手刀を切りながらリゼットの隣にドカッと座る。リゼットは嫌そうにしているが、だが決して距離を置こうとしないところが愛らしい。
そうしてカランと氷の音を響かせ麦茶をイッキ飲みしたガーネットは、カップを机に置きしな「んで?」と眉を上げた。
「真夏のアバンチュールはどこ行く? なにする?」
「クーラーの効いた部屋で積みゲー消化」
「冷房の効いた部屋で読書などを」
「ほうほう、ピクニックにも行きたいし海にも行きたいと。かーっ! この夏を独り占めわんぱく欲張りガールズどもめ! だが……テメーら百点だ。いやムキムキ百億点だ。いやはや夏を理解ってんねぇお二人さん!!」
「耳も消し炭になった?」
「ワープの速度で鼓膜が破れたのでは」
インドア派の二人の話を聞く気は最初からないらしい。
夏を前にご機嫌なガーネットは、こちらに満面の笑みをもって「ねー!」と同意を求める。
「だって前に言ってたもんねー! 皆で異世界のダンジョンに潜って飯食うんだって!」
「ピクニックと海水浴が行方不明なんだけど」
黄金週間の終わりに、確かにガーネットがそうまとめていたはずだ。生きていたのかその話は。
透明度の高いピンクの瞳をキラキラさせてこちらを見上げるガーネット。俺は腕を組みながら、そんな彼女に問う。
「本気か?」
「あたぼうよ。それだけを楽しみにあたし仕事めっっっちゃ前倒しできるやつは前倒ししてっから。だがそれに便乗して別の仕事を入れようとするプロデューサー、テメーは駄目だ。カノンちゃんに頼んで普段隠してるエグい性癖暴いて奥さんに送っといた。よし、楽しく話せたな!!」
鬼か。
「で、いつ行くいつ行く? 夏休み初日から?」
「もし本当に異世界に行くって言うなら余計パス。ネットがないとか耐えられないわ」
「私も、危ないところは……妹が心配ですので」
「刀花ちゃんがその異世界をブッ壊さないかの心配かな?」
「……………………そんなことは」
「腹から声出せ」
姉上の心配も分かる。妹の質量は無限大だからな。
そんな二人のノリの悪さに、ガーネットは「ぷくぅっ☆」と分かりやすく頬を膨らませ、ジタバタ暴れる。この場における最年長の女性である。
「やだやだー! 皆で異世界ピクニックするのー! 異世界海水浴するのーーー!!」
「異世界じゃなくてもいいじゃないの……一人で行ってきなさいよ」
「そう言ってやるなマスター。ガーネットは皆のことが大好きなのだ。ゆえ、皆と同じ体験を共有したく、こうして駄々をこねているのだな」
「キラちゃんは可愛いですね……」
「ばっ、ばっかちげーーーし!! アンタ達のことなんて全然好きじゃないんだからねっ! 大嫌いよ! 大っっっ嫌い! ダーリンの顔なんて見てるだけで吐き気を催すわ!! ……でも、そんなところがちゅき……♡」
「もうツンデレとかじゃなくてただの情緒不安定なサイコ女になっちゃってるじゃないの」
「ちっ、うっせーなー。じゃあ多数決とるべ。クーラーの効いた部屋で自堕落につまんねぇ夏を過ごしたい人~」
「悪意たっぷりな聞き方やめて」
言いつつ、リゼットと姉上は手を挙げる。これで二だな。
「んじゃあ、異世界でたった一度のキラキラな冒険して夏を彩りたい人~? はいっっっ」
「ん」
俺とガーネットが手を挙げる。部屋で過ごすのも魅力的だが、この二人はもう多少外に出た方がよいと判断した。加えて言えば二人の水着も是非見たい。
出揃った票は二対二。同点ならば、二人が外に出たがるような"ぷれぜん"でもするべきか──、
「──はいっ! 異世界楽しそうです! ご飯も食べたいです!!」
「え? 異世界って言いました? ふっふ~、合法的にこの世界の労働から解放され……こほん。いえ、異なる世界で見聞を広めよという、神からの試練と受け取りました。是非、そちらに手を挙げさせていただきます。エイメン」
『ティア……』
「げ……」
しかしニコニコ笑顔な我が妹と、腰に聖剣を差したティアの乱入によりその拮抗はいとも容易く砕かれてしまった。ちなみにこの二人は今まで、庭先にて剣で"遊んで"いた。弾ける汗が目に眩しい。刀花は運動後の爽やかな汗で、ティアは何度も死を覚悟した後の冷や汗だろうな。
異世界派多数の出現により、リゼットは往生際悪くスマホを手に取る。
「ア、アヤメにも聞かないと……もしもし? 今……」
『うんうん、そっか。私は皆が行きたいところでいいよっ』
「あなたはそういう子よね」
というわけで。改めてここに、我等の夏休み計画が定まった。
喝采をあげるガーネットに、リゼットは頬をヒクヒクとさせている。
「え、本当に行くの……? だって異世界よ……?」
「まぁまぁ、いいじゃないですかリゼットさん。バレンタインの準備でも一回行ってたじゃないですか。今更ですよ♪ お望み通り、日本の暑さからも離れられますしね♪」
「この世界から離れたいと言ったわけじゃないのよ」
「先生~、異世界って何が必要なんです~?」
「替えの衣服と履き慣れた靴程度だろう。無論、水着もな」
「し、絞らなきゃ……」
「ある程度文明の発達した場所には行くつもりだが、基本、金も飯も現地調達となる。とはいえ……なに、心配はいらん。我が王達同様、あらゆる苦難からお前も守ってやる」
「きゅ~んっ♡」
「無論、エリィちゃんもな」
『先輩……きゅん……♡ って言わせるな馬鹿!』
ククク……これはまた、楽しい夏になりそうだ!
「……」
とはいえ……そう、とはいえ……。
それに気付いたリゼットがじっとりとした目でこちらを見た。
「ねぇ。普通に夏休み迎えられるみたいな顔してるけど、ジン? あなた、期末大丈夫なの? 明日からだけど」
「ぐすんっ。中間は追試、その後に停学となってしまった兄さん! 世界は兄さんに冷たいですっ! 兄さんが何をしたって言うんですかっ!」
「チン立て伏せの罪は重い……グッバイ、ダーリン。夏休み明けに会おうゼ☆」
「お姉ちゃんを独り、異世界で野垂れ死にさせないでくださいね? 分かっていますか愚弟?」
「先生って本当にお馬鹿だったんですね……」
『馬鹿。馬鹿の金メダリスト』
「………………………………」
俺は……無双の戦鬼だ……。




