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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第十章 「無双の戦鬼と、二度目の夏」
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678 「失敗の先輩」



「ふ……」


 ベッドシーツ最後の一枚を物干し竿にかけ、一息つく。

 六月も中頃。空も青く晴れ渡っており、過ごしやすい気温は眠気さえ誘う。今日も良い天気だ。目前に干された真白のシーツのごとく、我が心も洗われる心地である。


「………………」


 ──俺が停学でなければな。


「おい、停学男。何を呆けている。シーツが終わったなら、さっさと続きを干さないか停学男」

「……」


 更に言えば、背後で植木の剪定をしている聖剣の姿も無ければ尚よかったのだがな。

 ──現在、週末でも祝日でもないド平日午前。

 授業参観での行動を咎められた俺は、学園管理職から二日間の停学を言い渡されてしまったのだった。

 中間報告のデキ自体はよかったため、反省文も追加課題も無し。例の運動を見た保護者に対するケジメとしての停学ということだ。ほぼ休みと変わらんため、やることといえばこうしていつも姉上がしてくれている家事を代わるくらいしかない。

 そんな姉上には現在、談話室でゆったりと本を読んでもらっている。俺の中にいた十一年間の新聞や記録は網羅したため、お次はその間に出版されたシリーズ物や、生前好んでいた著者の作品に手を伸ばしているらしい。街の図書館に赴いては、ホクホクとした顔で大量の図書を日々借りては読破している。もちろん荷物持ちは俺だ。そうした面で姉上に頼られるのは悪くない。姉上は園児程度の体力と腕力しかないゆえ、こうした力仕事も俺がいる内にこなしておいた方が負担も少ないだろう。


「はぁ……」


 とはいえ……。

 洗濯かごから濡れた衣類を取り出しつつ、俺は唇をへの字に曲げ悪態をついた。


「納得がいかん」

「そもそも、貴様は何をしたんだ童子切安綱。停学など、日本のハイスクールではよほどのことではないか? まさか私のティアだけに飽き足らず、うら若き女子高生達相手にセクハラを……」

「調べ学習の中間報告をしたまでのことだ」

「む……では、よほど酷いテーマだったのか」

「不老不死の歴史など聞いても、一般人相手ならば話半分にしか聞くまい」

「ならばなぜ?」

「チン立て伏せがマズかったようだ。俺の努力をよくも……」

「チンっ!? や、やはりセクハラではないかっ」


 まるで生娘かのような声を上げる聖剣の方を向けば、奴は顔だけをこちらに向けつつ、その白い肌に朱を灯して捲し立てた。


「まったく! こんな男が、見目麗しい王達に好かれる理由が分からない! 下品で、粗野でっ、人妻と見れば目の色を変える変態ではないか! はっ、ま、まさか、私のこともそんな目で見て……!?」

「ちっ」


 ずいぶんと好き勝手言ってくれている聖剣を、改めて上から下まで見る。

 ──聖剣、エクスカリバー。最も高名な聖なる西洋剣にして、聖職者達の祈りによって人型を果たしている刀剣類が一振り。

 その身を包む衣装はティアやガーネットから勧められた白黒のミニスカメイド服だが……容姿に関しては、以前とは少々変更が加えられている。なにやらリゼットが『その著作権侵害セ○バーフェイス落ち着かないからいい加減やめて?』と言い放ったのが切っ掛けだった。聖剣は泣いた。

 これまで後頭部でシニヨンヘアで纏められていたセミロングの金髪は、今やバッサリとカットされ肩の上で切り揃えられている。瞳の色もエメラルドからトパーズのような色合いに変わり、その端正な顔に鋭利さが増した気さえする。

 とはいえ、背丈はマスターと同程度なため、威圧的なほどではない。声に凛々しさは残るが、小生意気な小娘といった具合の仕上がりとなっており、以前の姿を気に入っていたティアも『まぁ可愛いのでオッケーです!』と花丸をつけていた。以前から己の容姿を好き勝手変更されてきたのであろう聖剣は再び泣いた。


「まったく、これだから男という生き物は……!」

「ふん……」


 聖剣と妖刀。

 我々はただでさえ食い合わせが悪い。その上、同じく人型と化し一つ屋根の下で暮らしているというのだから、こうして一所にいればそれは争いも生まれようというもの。

 背伸びしていた聖剣は、こちらの視線をどう勘違いしたのか赤くなり、短いスカートの裾を下に引っ張っている。貴様の縞パンなぞ見えたところでチン立て伏せの一回もこなせぬわ。直剣らしい曲線のなだらかな身体つきをしおってからに。

 俺はそっぽを向き、再び洗濯かごに手を突っ込んだ。む、またガーネットの衣類が混入している。自分で洗濯したくないからといって……まったく……香りと味も見ておこう。


「だいたい聖剣、なぜ平日に貴様が屋敷にいる。教会で働くのではなかったのか」

「日本の教会は小さく、毎日私達二人が行っても暇を持て余す。ゆえに私が、鞘花様をお手伝いする日を設けたのだ。本当なら鞘花様と二人きりだったというのに、貴様は……」

「殊勝なことだな」


 ぶちぶちと文句を言って、小さなハサミで植木の剪定を再開する聖剣。一度その所有権を乗っ取られたからといって、我が姉上を好みすぎだろう。尻軽な刀剣類よな!

 やはりこの聖剣は好かん。恐らく、聖剣側もそう思っているだろう。ならば必要以上の関り合いにはなるまい。それが互いにとって最も適切な距離だ。


「……む、く……ん?」

「……」

「う、むむ……むむむむむむ……!」

「……」


 だが……背後で阿保のような呻き声を上げられれば気にもかかるというものだった。

 最後の一枚を干し終え、振り返る。剪定バサミを手にした聖剣が短い金髪を揺らし、難しげに唸りながら植木を覗き込んでいた。


「なにを遊んでいる」

「む、遊んでなど……」

「さっさと切れ。それとも、ハサミの使い方も知らんのか」

「ば、バカにするな妖刀! この程度、世界一の聖剣の手にかかれば、如何様にでも……」

「ほう。ではその手前、見せてもらおう」

「……う」


 観察する体勢に入れば、聖剣は気まずそうに呻いて目を逸らす。何がしたいのだこの女は。ハサミどころか指の使い方も知らんとでも言うのではなかろうな。


「うぅ……」

「……む」

 

 ああ、いや……そうか。


「……まだ、細かい加減がきかんのか?」

「──っ」


 息を飲む気配に、得心がいった。やはりか。


「人型を得て、どれくらいだ」

「……まだ、一年ほど」

「なに?」


 俯いて答える聖剣に、今度は俺が驚く番だ。

 先日の戦闘では達者な剣捌きだったはずだが……いや、戦闘面こそ我等刀剣類の真骨頂。それが真の用途ならば、人型化の経験が浅くともやってやれぬことはないはずだ。

 だが……なるほど。どうやらこの者は、まだ人の生活……人の感覚にすら慣れていないらしい。だからこそ、ハサミ一つ扱うのにも一苦労というわけだ。これまで人型化を好んで取ってこなかった弊害か、それともこの結果が見えていたがゆえ、人型化していなかったのだろうか。


「……」


 だがそんな不器用な女の姿に……少しだけ、親近感を覚えたのは嘘ではない。


「……笑いたければ笑え。妖刀」

「笑わんよ。俺も昔は、そうだった」

「……今とて変わらんだろう、お前は」

「ふん、抜かせ」

「あ──」


 近付き、背後から抱くようにして優しくその手を取る。ハサミを握るそれは小さく、暖かい。


「は、離せ、下郎……お、女と見れば、誰にでもそのようにしているのだろうが……」

「──黙れ」

「ぅんっ」


 耳元で囁き、黙らせる。

 そうして手本を見せるようにして聖剣の手を操り、無駄に伸びた枝を剪定していく。唇を動かしながら。


「我々刀剣類の仕事は、人を斬ること。それは変わらぬ。この仕事に関しても『剣で斬ったほうが楽』、『担い手に振るわれた方が効率がいい』とどこかで思っているだろう」

「う……だが、事実では……」

「そうだな。俺も掃除機などかけるたび『外から滅相刃を放てばそれで済むことだろうに』といつも思う」

「……だが、貴様はそれをしない。それは、なぜ……?」

「俺が人として生きることを、願う者がいてくれるからだ」

「人と、して……」


 そうでなければ、なぜ我々刀剣類が人の姿など取ろうか。


「『そう在れ』と願う者がいる。確かに、人の姿を取れば戦闘の幅は広がる。それを我々の設計者が機巧として組み込んだのは、ただそれだけのことだったのかもしれん。だが、俺の愛する姉妹が……お前の担い手が、『戦闘面で便利だから人型化を施した』などとは決して言うまい?」

「……っ」


 なぜ俺達には手がある。足がある。人を殺すためにだけか?

 その瞳を覗き込めば、聖剣は一瞬眉を歪め……俯く。


「しかし……やはり私は、いつまで経っても細かい作業が……」

「はっ」


 何を言うかと思えば。


「ヨチヨチ歩きの一年坊主がほざくな。俺など見てみろ。顕現して十一年経つが、いまだに皿も割れば窓も割るぞ」

「……なんだ、それは。やはり我々には、戦闘以外不向きなのではないか」

「そうだな。所詮、我々の根源は"人殺しの道具"。それは事実としてそこにある」

「なら……」

「道具として生まれたモノの悪い癖だな。どうしても機能性、有用性の部分で二極化してしまう。……怖いのだろう、失敗が。所有者に『使えない』と思われることが」

「っ!?」


 図星か。いや、それは我々が必ず抱く真実。その恐怖のほどは、最初から人間だった者には分かるまい。

 この者が抱く恐怖を理解できるのは、俺だけだ。


「失敗をするなとは言わん。だが過剰に失敗を恐れてはいかん。それは前に進むための足を鈍らせる。もがくための手を躊躇わせる。我々が真に人となるには、失敗など笑って跳ね除ける覇道を歩まねばならんのだ。クク、人であることの絶対条件を教えよう」

「……それは?」

「"積み重ねること"だ。我々刀剣は打たれた時から完成している存在だが、人間は違う。一人では何もできんほど未熟で脆弱だ。だが、そんな生物でも時と共に勝手に成長していく。その者が望もうと、望むまいとにかかわらずだ。俺達なぞ、時が経っても錆びついていくだけだというのにな」

「積み重ねること……成長する、こと……」

「そうだ。我々はそれを意図して……血が滲むほどに努力して、命を懸けてそれをせねばならない。刀剣が人として生きるというのは、それほどに難しいことなのだ」


 与えられたからといって、簡単にできることではない。困難で、煩わしく、面倒で……だが、


「だからこそ、それが出来た時。所有者が笑顔を見せてくれた時、思うのだ。『俺がしてきたことは無駄ではなかったのだ』とな。何かが出来ることは尊いことであり、素晴らしいことなのだ。そして……我々刀剣が人として生きるだけで、それを喜んでくれる人がいる。それのなんと幸せなことか。たった一年だが、その経験が貴様にとって皆無だったということはあり得まい」

「……ああ」

「向き不向きはある。だがそれは投げ出す理由にはならない。愛する人が喜んでくれるというのならば、尚更な」

「……そうか、そうだな。人として生活する貴様を見て、少し焦りがあったのかもしれない」

「焦る? 馬鹿なことを」

「なに?」


 せせら笑えば、聖剣は鋭い瞳を更に鋭くする。

 だが俺が顎で前をしゃくれば、彼女は「あ……」と小さく吐息を漏らした。

 そこには剪定を終え──不揃いに過ぎる植木が鎮座していた。葉も枝もボサボサで、美しさの欠片もない。

 俺は肩を竦め、聖剣は頬をひくつかせ冷や汗なぞ流している。


「やれやれ、また失敗か」

「き、貴様……私に手本を見せていたのではなかったのか?」

「見せただろう。いいか、これが失敗だ。だが俺はそれを恐れない。俺はこれを糧にして、より性能を高めていく。そうしていつか、マスターと姉上に褒めてもらうのだ」


 身体を離し、ふんぞり返る。

 そんな俺を目を丸くして見ていた聖剣だったが……やがてその瞳に湿っぽさを宿し、ため息をついた。


「……はぁ、期待した私が馬鹿だった。これならば、私の方がまだ上手くできた」

「抜かせ。男に近付かれただけで、小さく震えていた小娘が」

「うっ、うるさい! 女として顕現したからか、ちょっと男の人が怖いだけだ! それに貴様はっ、私の大事なティアを誑かす不埒者だからな! 身構えるのには充分な理由だ!」

「ならばその恐怖にも打ち克てるようにせねばな。俺が手伝ってやろう。ほれほれ」

「きゃっ……! さ、触ろうとするなっ! ばかっ! やっ、いやっ……あ! 触った! おおお乙女の腕に触ったな! ちょ、ちょっと『イイかも』って思ってたのに! つ、次やったら本当に"これ"だからな!!」


 俺のように虚空から光輝く剣を取り出して構える聖剣。ちょっぴり涙ぐんでいるのが嗜虐心をくすぐる。


「私単独でも、斬り合いならばできるぞ!」

「己にできることのみしかせぬ者は、人として三流と相場は決まっている」

「ぐぬぬ……ならば、剪定だ! まだ数はある! 私が貴様より上手く剪定をこなせることを証明してくれる! そうしてティアや鞘花様に褒めてもらう!」

「未熟者には過ぎた栄誉よ。ならば昼飯時、姉上が呼びに来るまでを刻限としよう」

「悪鬼になんて、絶対に負けない……!」


 そうして我等は、剪定の腕を激しく競い合い──、


「……怒られた」

「俺はこれを糧にし──」

「う・る・さ・いっ」


 二人で仲良く失敗し、その惨状を見た姉上に怒られてしまうのであった。


「ところで提案なのだが。ティアは俺のことを『先生』と呼ぶ。ならば貴様は俺を先達として敬い『先輩』と呼ぶ……というのはどうだ? エリィちゃん?」

「せ、せんぱ……? だっ、誰がそんな破廉恥な名称で呼ぶものかっ。それと貴様が『エリィちゃん』などと呼ぶなー! ばかばかばかっ!」


 この者との関係も、これからの積み重ね次第といったところか。

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