668 「コイツは今の内に始末しなきゃダメだな」
突如、河合カノンを包み込んだ温かな光。
祝福の抱擁さえ思わせるそれが、一際強く瞬き……!
「なっ、なんですかこれーーー!?」
混乱する河合カノンを中心に、収束する光。
それが全て収まった頃には……まるで刀花が幼い頃見ていた朝のアニメに出てくるような、黄色いフリフリとした派手な衣装で着飾った河合カノンが現れたではないか。
まさか、アイドル衣装の早着替えという芸を披露したわけでもあるまい。
衣装室のカーテンの隙間からこの不可思議な一幕を見ていた俺は「ほぉ……?」と息をつき、ガーネットの背を押しつつ、共にのそりと中から這い出た。
「これは何が起こったのだ、ガーネット」
「あー……なんつーか、アレ? 覚醒?」
「私に何か起こったのは理解できるんですけど、素直にそのことに集中できないんでまず服着てください。ところで二人で何してたんですか?」
「だから言ったべ? 痔だって。いや病院行って診断されたわけじゃないから分かんないんだけど。レッスン中マジで痛くてさ……ちょうどコイツが現れたもんだから、薬をチューっとね」
「本当にエッチなことしてたんじゃないんだ……互いに全裸になる理由は分かりませんが」
「君の掛け声で薬を前後にヌリヌリされ始めた時はだいぶエッチだったけどね。いい加減にするのだダーリン君。そこはお薬を出し入れする穴ではないのだ」
「塗り薬は丹念に擦り込んだ方が治りは早い」
はめておいたゴム手袋をパチンと外し、いつもの和服に身を転じる。恐らくもう、この後輩アイドルに対して隠し立てする必要もなくなったのだろうからな。
「というわけで、あたしも……変身!」
「えっ、えっ?」
俺の着替えに目を白黒させていた河合カノン。その手に持ったままのステッキをヒョイと取ったガーネットもまた、魔法使い衣装に一瞬で転じる。
黒の魔法使い帽子の位置をクイクイと直しながら、ガーネットは「にひっ」と不敵な笑みを唇に宿した。
「やーやー、新たな魔術師。その誕生を、先輩魔法使いが祝福してあげようじゃあないか。あ、これウチのボスの真似ね。もちろん、事務所の社長って意味じゃないよ?」
「まじゅつ、し……? まほうつかい……?」
「いやぁ、まさかこんなレアケースが目の前で起こるなんてね。稀にあんだよなぁ……素質のある人間が、たまたま近くにあった神秘に触れて連鎖的に覚醒すんの。まぁ? 一級魔法使いであるあたしと、この無双の戦鬼サマに挟まれてりゃ、そりゃあ悪影響も出ちゃうか~って感じよね。オセロ的に?」
「あの、あのっ、ちょっと、ちょっと待ってください……」
「どしたい、生まれたてのベイビー・マジシャンガール。つか、新しい魔術師が覚醒したってのに、あの経産婦エルフ来ねぇじゃん。電話したろ。もしもし? なにして……あ? 『ラーメンの行列に並んでるとこ』? 仕事とラーメンどっちが大事なのよ!! はい、ラーメンですよね。ガイダンスっつか、チュートリアルは……いやそらできるけども、後輩だし。ちっ、じゃあ一個貸しな。うい、うい……うい、お疲れ~」
どうやらマーリンは行列の中途にあるため来ぬらしい。それだけガーネットのことを信頼しているのか、はたまたラーメンを本当に優先したのか……どちらもあり得るため判断に困る。
「あの、質問いいですか……」
「はいカノンちゃん早かった」
「私しかいませんけど……あの、これドッキリですか……?」
「ん~……君がそう望むなら、そういうことにしてあげてもいいけど?」
「っ」
岐路の提示に、河合カノンは息をのむ。同時にこれが夢でも作り話でもない、現実だと悟ったようだ。
「力ってのは、偶然降ってくるようなもんじゃあない。カノンちゃんの心の在り方は、あたしにはまだ分かんないけど……何かを願ったんじゃないか? 祈ったんじゃないか? それは何かを変えたかったのか、あるいは知りたかったのかも? だけどそういう願いにこそ、あたし達の力ってのは応えたりするもんなのさ。たま~に、ね?」
「──っ」
ガーネットのイタズラっぽい笑みに、河合カノンはその柔らかい印象を与える瞳に決意を燃やす。どうやら、心当たりがあるらしい。
譲れぬ想いか、願いか。それを胸に秘め、只人であった少女は一歩を踏み出す。その辺りは、楽しそうに笑う先輩とよく似ているな。
「じゃあ、本当に……?」
「そうだねぇ……君が映画とかアニメとか、そういうので見たファンタジーなことは……だいたい、実際にある。いる。火のない所に、煙なんて決して立たないのサ☆」
「じゃあ、これが……先輩達の"特別"……? "秘密"……? ジンジンも……?」
「──然り。我こそは"無双の戦鬼"。ガーネットの使い魔を務めている、最強の鬼である。本格的に学んでいるわけではないが、俺も魔術を振るうぞ」
「わ、つ、角が……! 本当に、鬼……!?」
「いいだろ~、あげないゾ☆ いや普段から使いどころのない使い魔ではあるんだけど。殺しに特化した使い魔とか、どこで使えばいいのよって」
「そう言ってくれるな……」
「ジンジン……色々複雑なんだね……」
同情などいらぬ……。
俺が静かに涙を流していれば、河合カノンは遠慮がちに手を上げる。
「ところで……そういう力? に目覚めた人ってどうなっちゃうんですか? な、何かと戦うとか!?」
「うんにゃ、別に。力の制御は最低限学ばなくちゃいけないけど、それ以外は好きにしたらよいよ。うちみたいに魔術師の家系だったら、外国の魔術学校に入らされたりするんだけど。元一般人枠なら、師匠的な人から教わってればオッケーって感じだし」
「……先輩は、魔術師? 魔法使い? としては何を……?」
「あたしは笑顔の魔法で、皆をハッピーにするために生きてる幸せの魔法使いアイドルなのサ☆」
「な、なんだか素敵です! 私もそんな風になれますかね……?」
「まー、これは生まれ持った才能だからねぇ君ぃ」
褒められたガーネットが偉そうにしながら、しげしげと河合カノンを観察する。
「とはいえ、カノンちゃんにどんな才能が眠ってるかも分からないからねぇ。新しい魔術師とは言ったけど、もしかしたら魔法使いかもしれないし」
「……何が違うんですか?」
「ん~……カノンちゃん。ステッキに触れるまでに、何か不思議なこととか体験しなかった? もしくは知覚してたとか」
「不思議なこと、ですか……? あ」
「ん?」
キョトンとしていた河合カノンだが、「そういえば」と目をパチクリとする。
「熊と会ったせいかなと思ってたんですけど……なんだか、他人の視線とか、声とか、あと気配とかに敏感になってた気が……」
「ほうほう、自覚のない力の行使の可能性かぁ。もしかしたら、カノンちゃんってば魔法使い?」
「つ、つまり……?」
「ちょっと危ないかも。体系化されてない魔法は、制御が本人依存だから扱いが難しくってね」
「だだだ、大丈夫なんでしょうか!?」
己の魔法で痛い目を見た経験のある先輩魔法使いは、後輩魔法使いかもしれぬ少女の涙目に「ふむ……」と真剣な表情で顎に手を当てた。
「魔法の形は千差万別。願いや祈りを本質としても、その強弱で善にも悪にも成り得るのが魔法ってやつの厄介なところでね。早めにその正体を看破するに越したことはないんだけど……なんだろね。今のところ、気配察知の魔法? アイドルとしてのパフォーマンス向上を願ったがゆえの魔法……なのかなぁ? ダーリンはどう思う?」
「さてな。殺意や害意は感じられぬため、そう直接的に害を及ぼす類いのものではないとは思うが」
「うーむむむ……しゃあねぇ。先に"魔具"つくるか」
「魔具……?」
「そそ。魔術とか魔法を制御するための道具ね」
河合カノンの力を推測するしかできぬ段階にあり、ガーネットは黒いローブのポケットを漁る。
するとその中から無色透明の、細長い水晶を取り出したではないか。
「なんだ、それは?」
「魔具の元になるクリスタル。魔術師は『こういうのがいい!』って感じで先にデザイン案出して、加工師に渡して加工してもらったりするんだけど……あたしのステッキもそうだし。ただ魔法使いとか、想いの強い魔術師は、これを握るとその人の力の形に合わせた形状に変わったりすんのよ。こっちは、あたしがしてるペンダントの話ね」
彼女の首もとで揺れる、ピンク色の宝石がキラリと光る。ガーネットはステッキ型と、ペンダント型の魔具を持っているというわけだな。俺の場合は、黒い木製の杖だ。
「んで、魔法使いはその変わった形状から、自分の魔法がある程度どんなのか推測できるわけ。まぁあたしみたいに、どうとでも取れるペンダント型になることもあるんだけど……でもノーヒントよりはマシじゃん?」
「に、握ってみてもいいですか?」
「いいよん♪ あ、そのクリスタルの所在聞かれたら『拾った』って言っといてね。一応それ、取扱免許が必要なクリスタルなもんで」
「ちなみに先輩は……?」
「そこになければないですね」
「なんでそんな大事な石持ってるんですか!?」
「魔法使い魔術師界隈のブラックマーケットには色々と出品されるんだよ君ぃ」
「私は今、違法性のある石を先輩から持たされている……?」
「へーきへーき。綺麗だろうと汚かろうと、金の価値自体は変わらない、的な?」
「安心感が違うんですが……」
「はい、はい! もう先輩の手からないなった! もうアンタの! 先輩の手からないなったから、もうアンタの!」
「そんな親戚のおばちゃんが遠慮する子どもに物あげる時みたいなテンションで渡されてもっ! って、わっ、ま、また光って……! というかこの黄色い衣装はいつまで……元の運動着とかはどこに……!?」
「変身解いたら元に戻るから、そこは気にしなくて大丈夫大丈夫。あ、いや、『これいいかも?』って思ってたら無意識に登録しちゃってるかもしんないから、そう思ってたら手遅れだわ」
「なんだか不思議なノリの界隈ですね!?」
「よく言われます」
ガーネットの照れ笑いに、河合カノンがまたも涙目になっている間にも、光を放つクリスタルはその形状を変えていき……む、これは……近頃になって、手に馴染むようになってきたモノと酷似しているが……。
光の収まったそれを掲げ、河合カノンはこてんと首を傾げている。
「……スマホ?」
「現代っ子だなぁ、カノンちゃんは」
どこからどう見ても、スマホである。これは、果たして……?
「分かるか、ガーネット」
「ぶっちゃけ、分からん。なんだろ……画面に人の現在位置が表示されるとか? ストーカーには垂涎モノよね。カノンちゃん、ストーカーさんだったのん?」
「えぇっ!? ちちち、違いますよっ」
疑いを晴らしたいのか、河合カノンは小さい手でスマホを弄る。多機能性なのか、一点に機能が集約されたものなのか……それすらも、今は分からん。
「……え」
……だが。
一人、スマホを覗き込む河合カノンは、一瞬パッとこちらを見て……再びまたスマホに視線を戻す。「これって……」と呟く彼女だが、何か画面に表示されたのだろうか。
「ね、ねぇ、ジンジン?」
「む?」
「え~っと……あっ、今朝、何食べた?」
「朝食か?」
あれは忘れもせぬ……姉上手製のフワフワオムライスであった。俺の物にのみ、赤いケチャップで『エサ』と書かれた特別製だ。俺が不用意に、朝食を作る姉上の尻を触ったばかりに……。
「オムライスだ」
「へ、へぇ~……それって、お姉さんの手作り……?」
「そうだ」
「そ、そっかぁ~……そうなんだぁ~……」
目を泳がせる河合カノンに、眉をひそめる。どうも含みがあるな。姉がいるという話は以前したため、そう推測するのも不思議ではないが……過去の閲覧でもするスマホなのだろうか。
「せ、先輩」
「おん?」
「先輩って、ジンジンのことどれくらい好きですか?」
「どったの急に。んー、ま~……『寝坊を確信して飛び起きるんだけど、実際は就寝してから数分しか経ってなかった時の安心感』くらい?」
分かりにくい。
しかし、河合カノンの反応といえば……、
「~~~っ!!」
……スマホを凝視し、真っ赤になっている。
さては、そのスマホ……いや、河合カノンの魔法の形、祈りの形はもしや……。
それを悟ったガーネットが、にっこり笑顔で手を差し出す。
「カーノンちゃん? それ、見~して?」
「あ、いやぁ……な、何も映ってない、デス、ヨ?」
「二度は言わねぇぞ」
「いやほんとに! ふ、不良品かなぁ~?」
ぎこちない笑顔でスマホの画面をポチポチする河合カノン。
しかし──どうやらその操作がまずかったようだ。
どのボタンを押したかのかは知らぬが……スマホから、音声が流れ始めたのだ。
……ガーネットの、声で。
『どれくらい好きって、そんなもんちゅきちゅき大ちゅきに決まってんじゃん? いやヤバイよ? この前、学園のトイレでセックスしてからま~じでヤバイ。好き過ぎ。結婚したい。いやするんだけどね? あたしのハジメテ奪っておいて、結婚しないってそれ犯罪だからね? いやあれマジでよかったぁ……童貞は他の女に奪われたけど、初のナ○ダシはあたしがもらったもんね~だ♪ このために『デキル』の存在秘密にしてたんだから。つーか、今だって女子更衣室でそれとなく誘ってやったのに、軟膏塗るだけとか正気かコイツ? まァ、あたしの身体を本気で心配して、そっちを優先してくれるところも……しゅきぃ♡ ズルいよもう……ばか♡ くっそ~、ムラムラしてきたぜ。この場はさっさと切り上げて、晩飯作ってくれてるダーリンを後ろから襲っちゃおうかにゃあ! おっ、ここに太いソーセージがありますよって。ファーーーwww おぉっと、そろそろカノンちゃんの問いにテキトーにかつあたしらしく、そしてダーリンを調子づかせない感じのアンサーしないと。仄かに、あーいいよね~って感じのやつで。んじゃあ──』
「…………」
「…………」
その音声が流れている間、河合カノンはダラダラと冷や汗を流し、ガーネットは笑顔でそれを聞いていた。
「……なるほど、ね」
そうしてガーネットは、笑顔のまま静かに呟いて……、
「──コイツは今の内に始末しなきゃダメだな。消せ、あたしの使い魔。グッバイ、カノンちゃん」
「ジンジンの有効活用!?」
読心術。それも公開機能つき、か。
それはそれは……我等のような者の影を見る内、それを“知りたい”とでも強く願ったか?
「ククク、ハハハ……!」
「なっ、なにわろとんじゃい!!! あーもう! あ~~~もうっっっ!!!」
「ごごご、ごめんなさい~~~!!」
なるほどそれは……天邪鬼たるガーネットの天敵だな──!!




