153 「ここまで追い詰められたのは初めてだ……」
「うぅ……カレンで慣れたと思ったのに……」
「らいひょうふへふは、りへっほはん?」
「全部飲み込んでから話しなさいなトーカ……」
もごもご、と数々の露店で買った食べ物をリスのように頬張る刀花へ、リゼットは力なくそう答える。
昼飯を喰うのにちょうどいい時間帯にて。
周囲の明るい喧噪の中にあって、俺達三人は中庭のベンチで一休みしているところだった。というのも……、
「結構本格的だったわね、あのホラーハウス……」
そう、先程まで我々は教室を改造したホラーハウスを見物していたのだ。
我が主も最近、幽霊経験値を溜めたからか「いけるでしょ」とはじめは余裕の表情だったが……出た後はご覧の有様だ。
「モグモグ……ゴクン。いやあ特殊メイクとかすごかったですね。さすがは三年生さんです」
「美大目指してる子とかいたのかしら……」
思い出したのかブルッと身体を震わせるリゼットは「でも……」と続ける。
「一番怖かったのは、なんか耳に湿っぽい物が当たったのと、背中をツーッと触られたところね……全然接近された気配とかなかったのに、一体なんだったのかしら……」
「……」
「……」
俺と妹は目を逸らしノーコメント。
その二つはまあ……俺達だからだ。
入った当初は「こっちは本物の幽霊に会ってるのよ?」と笑顔でふんぞり返っていたというのに、数十秒後にはチワワのようにプルプルと涙目で震えてこちらの腕に抱きつくご主人様がつい可愛らしく……その耳に口付けしたのが俺だ。
そしてそれを見てムッとして、リゼットの背中を指でツーッとしたのが刀花だ。
「……まあこれでも喰え」
「はい、リゼットさんこれもどうぞ。あーん」
「な、なによ急に……あ、あーん」
悪戯兄妹の贖罪の“あーん”に、戸惑いながらも小さなお口を開けるご主人様。奉仕されることに快感を覚えるのか、「んー♪」と頬を押さえてモグモグとご満悦だ。
ああ……可愛い。その強気な可愛らしさが、俺達の悪戯心をくすぐるのだとも知らずに。次はどんな悪戯をしようか。
「コクン……そうそう。幽霊といえば、カレンは?」
「あ、そういえばお見かけしませんね」
キチンと嚥下し、ハンカチで口元を拭きながらこちらに聞くリゼットと、次なる食べ物に狙いを定めながら相槌を打つ刀花。
このあたりは育ちが出るな。いや俺の妹の育ちが悪いというわけではないが。美味しそうにご飯を食べる妹だって誰よりも可愛いだろうがっっ!!!
そんな可愛らしさの方向性が異なる二人の疑問に、俺も唐揚げをパクつきながら答えた。
「学園祭に興味はないようだな。屋上でふて腐れている」
いよいよ、というところで水を差されたのがよほど堪えたのか、俺が最後に見た時は、だいぶ拗ねた様子で給水塔に体育座りをしていた。
とはいえ、俺が仏具店で買ったお鈴をチーンと鳴らしお供えの体を取れば、給水塔の上から『……騙されませんからね。でもいただきますムシャムシャ』という幽かなる声が聞こえてきたが。食い意地の張った幽霊もいたものだ。
「今日明日で消えるものでもない。明日にだって祭りも終わる。翌日の代休日に調査をするとしよう。おそらく、それで終いだ」
「終わり? なにか根拠でもあるの?」
「ああ、まあ勘だがな」
「兄さんの勘は当たりますからねー」
住所も判明し、代休日にはそこを調査する予定だ。
そこに化野の思い人が残っていたり、手がかりが残っていたりするかは分からんが……あれだけの愛情を指輪に込める人物だ。そう簡単にくたばっているとは考えにくい。せいぜい足掻いてくれていることに期待しよう。
……弱き人間には、それくらいしかできぬだろうからな。
「さて、午後からはどうする」
それぞれが化野の行く末を想像する中、俺は断ち切るように話題を変える。今は生者の時間だ。
学園祭について記述されたパンフレットを開けば、両隣からリゼットと刀花もそれを覗き込む。
「お前達の演劇は明日だが、今もステージでは何かしらやっているようだな」
「軽音のライブに、ダンス部のダンスねえ……」
あまり興味なさそうにリゼットは呟く。まあ人混みもあるからな。
「あ、でも被服部主催のミスコンなんてのもありますよ?」
「へえ、作製した衣装を着て……今のご時世に珍しいわね」
「“みすこん”……なんだそれは?」
パンフの文字列を指でなぞる刀花の言葉に首を傾げる。ロリコンの亜種か何かか?
疑問に思っていれば、刀花が指を立てて解説をしてくれた。
「簡単に言えば、薫風で一番の美人さんを決めるコンテストですね。エントリーされてる方とか写真で見ましたけど、すごい美人さん揃いでしたよ?」
「はんっ」
頷く刀花の言葉に、思わず鼻で笑った。
「この俺の主と妹を差し置いて、“学園一の美人”だと? ちゃんちゃらおかしいわ。愚かしさもここに極まったな!」
「どういうマウントの取り方なのよそれは……」
当たり前だろう。
二人の美貌、可憐さは天上天下において他になし。有象無象と比べることなどおこがましいにも程がある。
まさに月とスッポン……いや水星と冥王星だ。む、冥王星は最近外されたのだったか?
「ちなみに兄さんでしたら、私とリゼットさんどちらに投票します?」
「どっちもだ」
「もう、どっちだって言ってるでしょう?」
「どっちもだ」
「ふふ、兄さんったら」
「このおバカ眷属……」
おかしそうに笑う刀花と、呆れた様子のリゼット。
仕方あるまい、俺にとっては二人とも至高の存在だ。覇者は世界に一人なれど、王者はそれぞれの国で君臨する。分野が違うのだ。
それに彼女達に見える形で優劣を付けることなどできはしないし、したくもない。
「お手々繋いで皆で一等賞。ゆとり教育万歳であるな」
「きゃあん、さすが兄さん最高にサイテーですぅ♪」
「何でこんな人好きになっちゃったのかしら……」
刀花がよく分からない称賛を投げ、リゼットが己の人生を顧みている。あまり考えると深みにハマるぞ。
優劣とまではいかないものの、そういった部分が俺達にあるのもまた事実だ。
夏休みにリゼットが、“刀花と俺がまだしていないこと”を探したように。“口付けは刀花が先だが、舌を絡める口付けはリゼットが最初にした”といったように。
きっとそういったことは、この先もついて回ることだろう。その時に俺ができることは、二人を最大限に尊重することのみだ。
「まあ、そうそうそんな事態にもなりはすま──」
「あ、見つけた! 酒上さん! ブルームフィールドさん!」
む?
俺が気楽に考えていれば、なにやら焦ったような声を上げた一人の少女が駆け寄ってきた。
「誰だ?」
「ああ、私と同じクラスの……」
「被服部の子ですね」
ああ、先程話に出ていた被服部の。
「……」
なんだ。嫌な予感がするな。俺の勘はよく当た──、
「二人ともお願い! ミスコンに欠員が出ちゃって、急で悪いんだけど二人に出て欲しいの!」
「あ、あら」
「え?」
その言葉にキョトンとした顔をする二人に、その少女は頭をひたすらに下げて頼み込む。
「お願いー! もう頼れるのが二人しかいないの! 事前のエントリーなしで出て文句の出ない可愛さ持ってる女の子なんて二人だけなの神様仏様酒上様ブルームフィールド様ー!!」
ほう、弁えているようだな。
見ていて気の毒になるほど(俺はならんが)必死な形相を浮かべている。
「これだと先輩が作った衣装が無駄になっちゃうし、お客さんに申し訳も立たないし……!」
被服部はそういった貢献の仕方をするのか。
衣装作り……それもこういった場で着る豪奢な物など、どれくらいの作製時間がかかったものか分かったものではない。
そんな少女の言葉に、リゼットと刀花は悩ましげに唸っている。
「うーん、確かに可哀想だけど……」
「ちょっぴり恥ずかしいと言いますか……」
「そんなこと言わないでー! ほらほら、優勝賞品とかあるから!」
「へえ……?」
まるで新聞の勧誘のように特典を付けるな……。
そんな売り込みをかける少女が提示する物とは。
「じゃーん! ペアリングだよペアリング! サイズは各種取りそろえてあってね! これを進呈されたミス薫風と、カップルになってこれを嵌めれば永遠に幸せになれるという伝説は毎年語り草で! 恒例行事で!」
「伝説も安くなったものだな……」
伝説とは唯一であり、頂点でなければならない。
そのように毎年供給されるような伝説になど、いったい何の価値が──、
「ふ、ふーん……?」
「……素敵、ですね」
な、なに?
満更でもなさそうな声に勢いよく顔を上げれば。
「ま、まあ? 庶民を助けるのは貴族の務めみたいな部分もあるし?」
「ふ、ふふ……少女漫画チックな伝説、素敵です。これで兄さんと私は永遠に……にへへへへ」
リゼットは腕を組んでチラチラとこちらを見て、刀花は頬を押さえて「やんやん」と首を振って悶えていた。
まさか乗り気になるとは思わず、俺は目を見開くことしかできない。
「な、なぜだ。一体何に釣られ──はっ」
そ、そういえば。
少し前、化野が『この指輪いいでしょうー? まあ貰った時のこと覚えてないんですけど!』と自慢していたのを聞き、二人が何か言いたげにこちらをじっと見つめていたことがあったはずだ。
まさか、それでか……!
「いいわ、出ましょう」
「私も出ます」
決意の炎を瞳に燃やし、二人は勇んで参加を表明する。二人が纏う気風には「自分こそが王だ」と濃く、熱く、その矜持とも言えるものが渦巻いていた。
なるほど、そうか……。
「では、俺は遠くで見守っていよう」
「待ちなさい」
「どこ行くんですか兄さん?」
スウッといなくなろうとしたが、二人に両腕をガッチリとホールドされる。
い、いかん……!
「ふふん、あなたがどちらを選ぶのか……すぐに疑問が氷解しそうで助かるわ」
「兄さんごめんなさい。でも私も気になります」
「ま、待て。いらぬ争いに自ら飛び込むのは感心しない。だからこそ不満の種を事前に刈りとるべく、俺は不参加の意をここに示す」
「「却下」」
言葉の刃でスバッと斬られる。
いかん、いかんぞこれは……いや待て、そう都合よくいくものだろうか。
他の参加者もいることだ。二人が相争うような場に果たしてなるものか……ああいや、『二人の可愛らしさは天上天下において他になし。有象無象と比べるなどおこがましい』と、先程言ったのは俺だったな! くっ、我が機能がエラーを吐きそうである!
「助かるー! じゃあ早速、衣装合わせしよっか! 急がないと!」
「ジン、行くわよ」
「兄さん、ゴーゴーです」
「……是非もなし」
なぜか俺が連れて行かれる立場となりながら、二人という可憐な枷を両腕にされ連行される。
だ、大丈夫だ。我こそは無双の戦鬼。数々の死線を越えてきた覇者である。
どのような逆境であっても、我が刃で撥ね除けてくれ──……、
──まずい。
『さあさあ被服部主催、毎年恒例のミスコンもいよいよ大詰めです! それも飛び入りの一年生の女の子二人が残るという異例な事態!』
──非常にまずい。あとスピード感がすごいぞ。
いや、あっという間であった。
無論、様々な衣装を着た他の参加者もいたにはいたのだが……特技披露の審査で、彼女達二人は他を圧倒したのだ。
“貴族仕込みのヴァイオリン演奏”と、“戦鬼仕込みの刀の演舞”を見事披露し、観客を虜にした二人に敵などなかった。そもそもこういった場で物怖じする二人ではない。
そんな二人は、最後を飾るに相応しい純白の花嫁衣装に身を包み、壇上でその時を待っていた。
『得票数は現在同点! あれ、おかしいですね、票は同点にならないように配ったはずなのですが、誰が最後の票を──え、なんですか? “往生際の悪い兄さん”? “そこの一番後ろに立ってるしかめっ面のおバカ”? よく分かりませんが確保ー!』
「バカなっ」
主と妹の無情な情報漏洩により、あえなく壇上に引っ張り出される。俺こそが最後の票を持っていることなどお見通しだったようだ。
『なんとここに見えるは恋の鞘当て! 花嫁衣装に身を包んだお二人に、彼には優勝賞品である指輪を贈ることで頂点を決めていただきましょう! まさに修羅場です! いつもいつも学園内でイチャついて羨ましいぞコンチクショー!』
周囲からやっかみの声が上がると共に、目の前で純白の衣装を着る二人から熱く真剣な雰囲気が伝わってくる。
“お前だけは逃がさん”という執念を……!
「年貢の納め時よ、ジン?」
「にーいさん♪」
俺の名を呼び、二人は汚れを知らぬ白い手袋を外す。無論、左腕のだ。
「はぁ……はぁ……!」
い、息が切れる。
そうして差し出される左手に……どちらかに、この手渡された指輪を付けろというのか?
「くっ……!」
改めて、目の前の二人を見る。丈が長く、フリルがふんだんにあしらわれたドレスに身を包む二人を。
二人とも、ゾッとするほどに綺麗だ。この光景をこんなに近くで見られる自分は特別な存在に違いない。そんな風にさえ思う。
幸せの絶頂を迎える際に着るその白きドレス。それはまさに幸せの象徴である。
だが、ここでのそれは戦装束に他ならない。どちらかを選べば、どちらかが悲しむ結末となってしまう。そんなことは許されない……というのに!
「ジン」
「兄さん」
「はぁ……はぁ……!!」
急かすように二人は呼ぶ。
選ぶのは一人、指輪も一つ。どちらかを選ぶことで、結末は収束する。
どちらかを、蹴落とせというのか!? 二人を幸せにするという使命を負ったこの俺に!?
俺は……俺は──!
「……いや」
待て。
「そもそもだ」
──結末が一つだと、誰が決めた。
だんだんとイラついてきたぞ。
二人に、ではない。このようなことを強いるシステムに、運命にだ。
二者択一など弱者の思考よ。存在が矮小であるからこそ、一つしか選べぬような無能の言い訳に過ぎぬ。
我こそは無双の戦鬼。二人のためならば神すら斬り殺す男。
ならば……そのようなことを強いる愚神には死んでもらうぞ! この俺がその程度で止まると思うなど、見込みが甘いというのだ!
「我流・酒上流十三禁忌が玖──!!」
「き、玖? あ、兄さん逃げる気ですね!?」
「え、なになに!?」
逃げるのではない。
「捻り斬れ──『樹界剪定刃・壱之太刀』!」
──少々、“他の世界線”とやらから結末を“斬り貼り”するだけだ!




