154 「最近こういうネタ多くない!?」
「よし、何事もなく一日目を乗りきれたな」
「どの口が言うの、どの口が」
「いはいいはい」
屋敷の食堂で夕食の配膳をしていれば。
俺の充実感を込めた呟きに、我が主は不満げにしてこちらの頬を"むにぃっ"とつねってその返事とした。
そんな俺達を見て、リゼット同様お行儀よく椅子に座る刀花が苦笑しつつ首を傾げている。
「うーん、おかしいですね。”樹界剪定刃”は私が考えた通りだと"今いる世界線を斬って、別の世界線と斬り結ぶ"って感じの、移動系の技のはずだったのですが……」
「正直、私何が起こったのか全然分からなかったわ……」
そんな二人は、疲れたような表情を浮かべながらも自分の左手を眼前にかざす。
──ミスコンの優勝者の証たる、銀の指輪をそれぞれその薬指に嵌めて。
「いや骨が折れたぞ、結末二つを一つに収束するのは」
俺はその光景を認め、なんとかこの結末まで持っていけたことに密かに安堵する。
我が生は全て少女達のためにある。どちらかに不満が残るような結果となれば、それはまさしく片手落ちというやつだ。そのようなことは、奉仕すべく生まれてきた俺には許されない。
……ちなみに俺の分の指輪は、自室の宝箱に大事にしまってある。二つ薬指に付けるのも変であるし、何かの拍子で壊れてしまってもかなわんからな。
「……ねえジン、もう一回説明してくれるかしら? 気が付けば私とトーカが二人で優勝してたんだけど」
なにやら頭が痛そうにしてこめかみを揉みながら、リゼットが説明を求めてくる。
一応帰り道でも説明したのだが……なにぶん俺も初めて使い、なおかつアレンジをしてしまったからな。そもそも俺もあまりよく分かっていない。
ここは俺の使い方を心得ている、我が最愛の妹に助けてもらうとしよう。
そもそも俺はこういう理屈をこねて放つ技はあまり好きではないのだ。必要に駆られたからやっただけでな。
我が本領は、対峙する者が涙ぐましい努力を重ねて作成した術式や技を「うるさい知らん」の一言で両断(幼少の刀花命名"マジレス蹂躙剣"……後の滅相刃)することにある。柄ではないのだ。
俺が視線のみで乞えば、刀花は頤に指を当てて「えっと」と頭の中で少し整理をした後、纏めてくれる。
「簡単に言えば、"私が優勝する世界"と"リゼットさんが優勝する世界"に今いる世界線を斬って繋げるのではなく、その二つの世界を薄くスライスして今私達がいるこの世界にペタペタと貼り付けた……って感じですかね?」
「さすが我が妹だ、分かりやすい」
壱之太刀で分断し、弐之太刀で結合させた。己に都合の良い部分だけを斬り取ってな。”ゆとり教育刃”と改名してもいいぞ。
まあ、だいぶ目分量で斬ったため、会場にいる人間も「なぜ優勝者が二人いるのか……?」と、無理矢理結合させられた記憶に混乱していたものだ。
そんな風にして少々世界を歪に傷付けてしまったきらいもあるかもしれんが……まあ世界に干渉するなどこの戦鬼に比肩する存在でないとできんからな。“今の時代そんな者もおらん”。今後問題になることもないだろう! ヨシ!
「分かりやすいけど、やってることが滅茶苦茶なのよねえ……」
「ふ、俺をなめるなマスター。二人を幸せにするためなら、俺はなんでも斬るのだ」
「もうホントなんでもアリねこの子……」
呆れているのか戦慄しているのか分からぬ曖昧な表情を浮かべて、我がマスターは嘆息するようにして息を漏らした。
まあ、彼女達の思惑が外れたと言っても過言ではないからな。二者択一となった時、俺がどちらを選ぶか知りたがっていたのだから。
刀花は苦笑しているが、リゼットなどは明らかに不満そうに頬を膨らませている。
「むぅー、ジンの意気地無し」
「心外な。"二者択一"など、無能ゆえ一つしか選べぬような弱者の考えた、都合のよい言い訳よ。むしろ豪胆と言っていただきたいものだ」
「あれ……でも兄さん、斬り貼りできたっていうことは、どちらかを選んだ世界はあったということでは?」
「あ、ホントよ!」
刀花の鋭い言葉に、リゼットが鬼の首を取ったような声を上げて指摘する。
いや、実際そこが一番骨の折れたところなのだ。
「苦労したぞ。なかなかどちらか一方を選んでいる世界が見つからなくてな。どの世界でも、俺はそういった場面に際しては、何らかの手段でどちらをも選んでいる」
「……じゃあ、一体何があって?」
リゼットの疑問の声に、俺は肩を竦めた。
「いや、普通にどちらかが体調不良で学園祭を休んでいた場合の世界だ。そこから優勝した結果を持ってきただけだ」
「「あー……」」
納得いただけたようだ。
この俺がどちらかを見える形で区別する世界など、そもそも一つとして無かったのだ。
別の世界の俺とはいえ、さすが俺だ。抜かりはない。
「我が世界を越えし愛、ご満足いただけたかな?」
「「ぶー、つまんなーい」」
お、おう、ひどいではないか……これでもかなり追い詰められていたのだぞ俺は。こういった試すような行為は今後控えてほしいものだ。
可憐な少女を二人愛すという悪行を重ねている自業自得な身とはいえ、少々心臓に悪い。全霊をもって応えるとは常、心に決めているが。
「実際、いい落とし処だと思ったのだ」
「ふんだ、なによこの贅沢者。こんな美少女を二人も囲っておいて。一挙両得なんて普通は許されないんだからね」
「常々俺は恵まれているとは思うし、二人に許してもらえるならば死すら受け入れそれを乗り越える気概だ。……とはいえ、この落とし処というのもなかなかに切実なことでもあってな」
「? なにかあったんですか、兄さん?」
唇を尖らせるリゼットに、不思議そうに首をコテリと傾ける刀花。
いや、俺は見たのだ。どちらかを優勝させた後の、別の世界とやらの俺達をな。
いやまったく、俺も驚いたものだぞ。
「──まさかそのまま子を為すとは」
ガタッ!
「"オーダー"、『詳しく聞かせなさい』」
「兄さん"お願い"があります、『詳細を聞かせてください』」
「お゛う゛っ!?」
我が身を縛る唐突な命令に変な声が出た。
腕を組んでいた姿勢が直立不動になるほどの力……今までで一番強制力が厳しい!
しかしそんな俺などお構いなしに、二人は勢いよく立ち上がったかと思えば、その瞳に妖しい光を湛えて身を乗り出していた。
この戦鬼、生まれて初めて戦きを覚えたぞ……。
「ジン早く! 白状なさい!」
「兄さん! ゲロっちゃってください!」
「ま、待て……俺もチラリとしか見ていないのだ」
急かす声に首を横に振る。
「いやな? やはり指輪を女性に贈るというのは特別な意味を持つことだというのは、この俺でもさすがに理解している」
「そうね」
「私がそう教えましたからね。ですので私ですら、いまだ指輪を贈られたことはありません。満を持してのことですから」
うむ。
妹の教えにより、“指輪はここぞという時に贈る”というのは、全世界の俺に共通認識としてあった。
だが……それがいけなかったのだ。
「流れはどちらも同じだ。その夜、俺は改めてプロポーズ紛いの言葉と共に指輪を贈るのだ。二人も結婚可能な歳であることも踏まえて。しかし今のような落とし処ではなく、どちらか一方に指輪が贈られた場合……」
「「ば、場合……?」」
「……化野の話もいけなかったのだろうな。そのまま感極まってしまい愛情が振り切れた一方に押し倒され、そのまま……」
「「そ、そのままっ!?」」
「……まあ、そういうことだ」
「「ドキドキ……!」」
詳細はさすがに見ていないが、俺が襲うのではなく、俺が襲われたということだ。
そういう形もあるのだなあ……可能性とは無限大であるな。
「や、やだもぉ……(別の世界の私、ぐっじょぶ! すごい!)」
「うっ、いけません鼻血が……!」
リゼットは、それはもう真っ赤っかになってモジモジしながら俯き(小声で何か言っている)、刀花は逆に天を見上げている。おう、ティッシュティッシュ……。
「だからまあ、この均衡が保てている現状がよい落とし処だと、そう思ったのだ」
「「な、なるほどぉ~……」」
さすがに展開を急ぎすぎだったなあれは。あの俺は今後も苦労しそうであった。
しかし二人は納得の声とは裏腹に、自分の指にある指輪を見て『永遠の伝説は本当だったんだ!』と、まるで最終兵器を得たかのような期待の眼差しを向けている。
……使うなよ、絶対に使うなよ?
「……コホン。兄さん、妹はちょっぴり疲れちゃいましたので、今日は早めに寝ようと思います。ですので時間に余裕を持たせて、リゼットさんの部屋に行く前に私の部屋に来て改めて指輪を嵌めてください。他意はありませんよ?」
この妹はすぐ使おうとする……。
無論、そんなことを許すご主人様ではない。
「ダメに決まってるでしょ、考えてること丸分かりなんだから」
「えぇー? 他意なんてありませんよう、リゼットさんのえっちぃ。本当は"夜の人鬼一体"に興味津々なくせに~」
「へ、変な言葉作らないのおバカ!……もう、そもそもジンがそんなこと言うからこうなったのよ? それにいわばジンのしたことって覗きでしょ? ジンの方がやらしいじゃないの、変態!」
流れ弾が飛んできた──が、一理ある。
確かに俺ばかりがそういったあられもない事象を観測もとい、覗いてしまっていたのは事実だ。
「確かに不躾で卑猥だったかもしれん。悪かった。詫びとして──」
是非もなし、ここは男らしく責任を取らねば。
「──俺の裸体を好きなだけ見るがいい」
ガバッ!
「きゃー!?」
「きゃー!♪」
まさに同音異義。
勢いよく着物をはだけた俺に対し、リゼットは悲鳴を上げて手で顔を覆い、刀花は歓声を上げて食い入るように見つめてくる。
目には目を、歯には歯を。そして卑猥には卑猥を。それが報いというもの。
受け取れ、これが俺の謝意だ!
「マスター、こちらを見てくれねば謝罪にならんぞ」
「ち、近付かないでよバカーーー!?」
「さあさあ!」
「いやぁー! 胸筋ピクピクさせないでー!?」
なんだ、見ているではないか。指の間からチラチラと。この好き者めぇ。
「今は上だけだが、下もはだけた方がいいか?」
「いいわけないでしょ! あなた着物の時は下履いてないでしょうがー!!」
「はぁ、はぁ……に、兄さん……私は悪い妹です……許したいのに、なぜか許したくないのです……」
「分かった、許してくれるまで脱ごう」
「くっ、でもそれだと私が貰い過ぎですので──ここは私も脱ぎましょう! 身に付けるのはこの指輪だけで……きゃっ♪」
「なに!? それでは俺が貰い過ぎてしまうではないか! マスター! 俺はこれ以上どうすればいい!?」
「やめなさーい! ばーか! ばーーーか!!」
切羽詰まって単純な罵倒しか出てこないご主人様も可愛らしい。
一日目の祭りが終わったというのに、屋敷でも俺達はお祭り騒ぎのような喧騒を、相も変わらず繰り広げるのだった。
明日の祭りも、楽しむとしよう。




