補佐の突撃訪問
次の日の朝は早く訪れた。初にはそれが安心からか遠足前のあの感覚からかは分からなかった。初は携帯をつけると表示されている時刻は六時半だった。駐在所までは十分もかからないので時間はかなりあった。
初はいつも通り朝食替わりのパンをトースターに入れて、ハムとチーズを後からのせた。同時にマキネッタを火にかけてモカコーヒーを作る。
パンを食べ終わり、コーヒーもあと一口というところで突然インターホンが鳴った。しかも一回じゃない。連打だ。
「誰ですか?」
初は眉をひそめ、ワントーン落とした声で玄関の扉を開いた。そこにいたのはまたまた少女だった。明るい茶色の髪をリボンで片方にまとめている少女は、初が扉を開けるなりグイッと距離を詰めてきた。今は初の胸の前で少女が初の顔を見上げている状態だ。
「おはようございます! 初さん! 私、豊田みなみって言います! みなみって呼んでくださいっす! 年齢は二十一歳! 血液型はAB型! 身長は百五十六センチ! 体重とスリーサイズは秘密っす!」
「えっとみなみさん? せんぱい?」
「呼び捨てでみなみでいいっすよ! 初さんは私の上司に当たるので! 敬語も不要っす!」
「分かりま……、分かったよ。じゃあ改めてみなみ」
シロの時と同じように慣れるまで敬語にしようかと迷ったが、初はこの初対面の感じで長引かせる方が面倒くさいと思ってすぐに敬語を止めた。
「はい!」
「少し近いから離れようか」
「それは上司としての命令っすか?」
「いや、単なるお願いだけど」
「んー、仕方ないっすね」
みなみはそう言って一歩下がった。初はホッと息を吐いてみなみを改めてみる。さっきまで気づかなかったが、みなみはもう出勤しているのか、制服を着ていた。しかし、トクマの制服ではなく警察の制服だった。
「それでみなみは僕を迎えに来てくれたの?」
「そうっすね! 可愛い補佐がお迎えに馳せ参じました!」
ビシッと敬礼をする姿は流石本職と言っていいのか、とても様になっていた。
「じゃあすぐ準備するからちょっと待ってて」
「はいっす!」
みなみはそう言って玄関に足を踏み入れた。
「ちょ! ちょっと待って」
「ん? 何すか?」
「いや、なんで部屋に入ろうとしてるの?」
「へ? 待っててって部屋で待機してろって意味じゃないんすか?」
「違うよ。外だよ」
「えー! 何でですか! こんなに可愛い補佐官を外に追いやるんですか?」
「いや、ほらみなみもトクマなんでしょ? なら分かるでしょ」
初はみなみの肩を押して玄関から追い出そうとする。しかしびくとも動かない。
——体幹つよ! いや、まったく運動していない僕が弱すぎるのか? それとも魔法?
「ああ!」
みなみは納得したように手を合わせてから玄関に完全に侵入してから勢いよく玄関のドアを閉めた。
「確かに、魔法使いのみんなは自分の手の内を明かしませんもんね! いやー自分魔法苦手で、研究なんてもってのほかなんすよねー。こうジッと詠唱なんてしてられないですし、魔方陣覚えるのとかマジムリゲーって感じっす」
「トクマって魔法使える人だけじゃないの?」
初は一度追い出すのを諦めて疑問に感じたことをそのまま訊く。
「ん? 司令から聞いてないっすか? トクマは対魔法の特殊部隊っす。なんでいろんな人がいるんすよ。潜入捜査を得意にしている人とか機械に特化した人とか医療に特化した人とか、対テロとか戦闘の時は私たちみたいなフィジカル前衛組と初さんたちみたいな魔法使いの後衛組とで分かれる感じですね! ゲリラ戦とかなら圧倒的に魔法使いなんかより私たちの方が強いっすから!」
そう言ってみなみは力こぶを作る。初の目にはあまり強そうには見えなかったがさっきので彼女の強さは理解していた。
「なるほどね。でも僕は主に輸送? みたいなのだと思うんだけど、ゲリラ戦もするの?」
「さあ? 指令が下ったらするんじゃないですか? でもだいじょうぶいっす! そうなったら初さんは私が守りますから!」
「……それはとても心強いな」
「へへ、そうでしょう、そうでしょう」
自身より年下かつ女の子に守ってもらう宣言されるのは初にはなんだか複雑な気持であったが、それよりも自身が生死をかけるであろう戦闘に参加するという情報の方が問題だった。
——テロを含めた犯罪を防ぐのにそれなりのリスクが伴うのは分かる。それでも自分の好きな研究が好きなように出来る金と場所が安定するならいいと思ったんだけどさ。ゲリラ戦? マジで? 日本だぞここは!
そんな初の内心を知ってか知らずか、おそらく知ろうともしてないであろうみなみは「私がいればだいじょうぶいっす!」と再び言ってブイサインを掲げている。
「とりあえず駐在所行こうか」
初は考えるのを止めてため息をついた後、みなみを無視してドアを開けた。
「はいっす! あれ、でも準備はいいんすか?」
「うん。特に必要なものも言われてないし。なんかある?」
「んー。ないんじゃないっすか? あんまよくわかってないっす。あえて言うなら貴重品とかっすかね?」
顎に手をあてて考える様子を見せるも何も思いつかなかったのか、そんな適当なことを言い出した。
「……それは持っていくよ」
「そうですか。じゃ、いきましょ!」
みなみはステップを踏むように外に出で、まだ中にいる初の手を取りグイッと外に向かって引っ張った。
「あ、待って、まだ鍵持ってないから」
「車で来てるんでだいじょうぶいっすよ! 私が初さんを送っていきます」
手を引いていない側の手の指に鍵を引っ掛けてクルクルと回しながらみなみはカッコつけながら答えた。
「あっ……」
しかし回す勢いをつけすぎたせいか、鍵は指からすっぽ抜けて地面に転がった。二人してその鍵の軌跡を視線で追い、鍵が止まると示し合わせたように目を合わせた。みなみは気まずそうに、初は呆れたように、少し固まった後でみなみの方から目を逸らし、
「じゃあ行きましょうか!」
何事もなかったかのように初の手を引っ張りながら歩き出した。




