からかいの代償
廊下は入った時と変わらず、窓すらないので今が昼なのか夜なのか初には分からないままだった。しかしそんなもの慣れたものなのか、シロは迷う素振りすら見せずにカツカツと真っ直ぐな廊下を歩き始めた。初は遅れないようにその後を歩き始めた。
「えっと、シロさん、でいいですか?」
「はい。何でしょう。無詠唱の配達員殿」
「いや、お願いですからその呼び方は止めてください」
シロは振り返って初の目を正面で見ながら先ほどまでの口調は崩さずにニコりと口角を上げた。
「それで何の御用でしょうか。無詠唱の配達員殿」
——この人分かってやってるな。
「……禁忌の魔女様、私はすぐに家に帰れるのでしょうか」
やられっぱなしも嫌で初はわざとらしくそう言った。シロはその言葉が言い切られる途中で眉間に皺が寄り、唇の端が下がった凄まじい形相になった。
——おい。なんでそっちがからかうのが良くてこっちが駄目なんだ! この人近寄りがたい雰囲気のわりに感情が豊かだな。あ、いや、そんな悠長なこと考えている場合じゃない。どんどんシロさんの顔が険しくなってきた。
「いや、すみません。えっと、シロさん、僕はすぐに家に帰れるんですかね。あと、今の時間てどれぐらいですか? 正直あれからどれぐらい時間が経っているかも分からなくて」
「時間は丁度昼前、具体的には十一時四十八分になります。帰宅の件ですが、私が責任を持って家までお送りいたしますのでご安心ください」
シロはすごい形相から元のクールな表情に戻り、何事もなかったかのように言った。初は安心して胸をなでおろした。
「分かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、気になることがあったら何でも聞いてください。もう私たちは仲間なのですから」
「は、はい。ありがとうございます」
——変わり身の早さが怖すぎる。絶対この人腹に一物抱えてるって。でも帰れるなら良かった。
「というかシロさんはその二つ名を持ってるのに補佐をしているんですね」
「そうですね」
「えっと……、何でか聞いて良いでしょうか」
「……大した理由なんてないですよ。ただ配属されたそれだけです」
目を伏せ、シロは無機質にそう答えると、また歩みを進めた。これ以上聞いてほしくない事情があるのだろうと判断した初は黙ってその後ろついて行った。
次にシロが止まったのはそこから二三分進んだところだった。そこでシロは突然しゃがみ込んで、さっきセキの部屋に入る前にしたようにペタペタと床を触りだした。一通り操作をし終えたのか、立ち上がって右側にあるドアの取っ手を掴んで引いた。その先にあったのは扉だった。ドアの中に扉、だがしかし帰ると考えるなら納得で、それはエレベーターの扉にも見えた。シロが近づくとセンサーが起動したのか扉が左右に開いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
エレベーターと思しき扉の中はこれまたエレベーターの中と酷似しており、扉の右側には階層を示す複数のボタンと開閉ボタンが設置されていた。シロもすぐに乗り込むと十数個あるボタンの内、『一』と書かれているボタンを押した。少ししてからガタッという音がして、エレベーターが動きはじめた。階層の表示こそないが、そのかかる重力から初はエレベーターが上に上がっていることに気づいた。
——ここが地下だったのは分かったけど、エレベーターのボタンにBも地下の記載もないし。一に向かってるのは分かるが、それが地上なのか地下なのか全く分からない。
「これって地上に向かってるんですか?」
「方向としては地上に向かってますね」
「それは分かるんですけど、地上に出るのかなって」
「ああ。出ませんよ。この施設は全部地下にあって、移動も全部地下リニアなんですよ」
「そうなんですね」
地下リニアは文字通り地下に設置されたリニアでそれはもう弾丸の様に早い乗り物だ。仮にここが大阪だとしたら、日本全国どこにでも一二時間あれば着くことができる。
——地下リニアなんてものあるなら物資の運搬なんて簡単だろうに。何故邪魔されるのだろう。トクマの人間でも使える人間が限られているとかだろうか。ここが本部なのだとしたら、ここに行ける手段を使える人物をしぼるのはうなずける。
初がそんなことを考えている間にエレベーターは目的の階についたらしく、チンッという音と共にエレベーターが止まった。
「どうぞ」
シロはエレベーターの扉を開けるボタンを押しながらもう片方の手で初に出るように促した。初はそれに応じるようにエレベーターの外へ出た。
そこには駅のホームが広がっていた。しかし少し違うのはリニアが来るであろう線路に該当するところには透明な大きな筒が横たわるように設置されていた。追ってシロも初のとなりにやって来た。
初は自身が初めて見る不思議な施設を食い入るように見る。ここにどんな形の乗り物が来るのだろうか、どれぐらいの速さで来るのだろうか、どこが開いて乗り込むのだろうか、そんな好奇心が彼の頭を埋め尽くしている。
「ここはすべての支部に繋がっているんですが、機密保持の観点から使えるのは幹部のみに限られています。とりあえずもうリニアを呼びますね」
シロはそう言って壁に設置されていた赤いボタンを押した。
「僕が知っていてもいいんですか?」
「はい。無詠唱の配達員殿は幹部対応ですから」
「それって大丈夫なんですか?」
「はい。もう身辺調査は済ませておりますし、こちらから無理にお誘いしている以上問題はないかと」
「なるほど」
実際、論文の事やバイト先、住所も知っていたこともあり、初はそのシロの発言に驚くことはなかった。しかし、突然鳴り響いた汽笛のような音に驚かされることになった。それはリニアの到着を告げる音らしく、すぐに円錐を二つ、円柱を挟んで底同士を合わせたような形をした乗り物が筒を通ってやってきた。すると初とシロの前にピタッと停まって、筒の一部が左右にスライドされて開き、リニアの真ん中の円柱部分が押戸のように内側に開いた。
「では乗り込みましょうか」




