突然のクビ勧告
次の日のバイトもいつも通りの時間に向かった。不思議なことに途中パトカーが複数台見えた。初はネズミ捕りでもしているのだろうかと訝しみながらアクセルをひねって進んだ。あれから急制動に少し問題があると思い一旦使用を控えていた。その問題もワームホールを使えば全部解決する。初は魔方陣に思いをはせながらバイトへ向かった。
「おはようございます」
初がそう言うも返事はなかった。社員の返事がないのが気になったが、聞こえていなかったのだと思い、仕事にとりかかろうとした所、坂本が初に近づいてきた。初は何事かと、タイムカードを手に向き直った。
——どうしたんだろう。クレーム入ったとか? 届け先の停止とか取り置きかな。
「小林くん、すこしいいかい?」
「はい。クレームでしょうか」
「いや、そういうのではないんだ。普段から小林くんはよくやってくれていると思うよ」
「はい。ありがとうございます。そしたらなんでしょう」
「いや、その、非常に言いにくいんだけど……」
——なんだか嫌な予感がする。
「小林くん、君をクビにすることになった。申し訳ない」
坂元は深々と頭を下げる。みんなが慌ただしく動くなか、この直径一メートルにも満たない場所だけが時間が遅く感じられた。
「……えっと、理由を聞いても?」
「すまない。それは話せないんだ」
「そう、ですか」
突然の解雇通知に悲しみよりも驚きを感じていた。それもそのはずでまったく心当たりがないのだ。いつも時間内で仕事をこなし、最初の方は一二度クレームを入れられたことはあるけれど、それ以降はまったくない。解雇される理由が見当たらないのだ。しかし、初はバイトの身、切られやすい立場ではあった。それにしたって初には納得できる内容ではなかった。もう二年と少しこの店に貢献してきた。なおかつそれを主な収入源にしているのだ。
「急に言われても非常に困るのですが」
「うん。そうだと思う。けどこちらにも事情があって。本当に申し訳ないと思ってる。一応、退職金として当面どうにかしてもらうようにひと月分の給料も出すので」
「えっと、とりあえず今日の分はやって詳しくは帰ってから話しませんか?」
「あーいや、もう働かすことができないんだ。すまない」
坂元は申し訳なさそうに再び頭を下げて言う。その申し訳なさそうにしている様子に糾弾したい気持ちが薄まってくる。諦観というか単なる諦めというか、坂元にもどうにか出来ないであろう出来事に初はそんな気力も起きなくなってしまった。
「分かりました。今までお世話になりました」
初は雑にそれだけ言って返事も聞かずに踵を返した。行きと帰りの挨拶ぐらいしか会話をすることなんてなかったが、初にとっては唯一といってもいい社会との関りだった。バイトをクビになると言うことはそのまま社会との関りが断たれるということでもあった。そのうえ裏切られた気持ちも相まってわざわざ足音を立てて店を出た。
わざわざ夜中まで起きて来たというのに手持無沙汰になってしまった。けれど行く当てもないので初は大人しく帰ることにした。初の気持ち的には魔法で憂さ晴らしとしてかっ飛ばして帰りたかった気持ちが強かったが、警察が多かったことから断念することになった。ストレス発散でカラオケにでも行ってやろうかと思いもしたが、職が無くなってしまったので節約しなくてはいけない不安に襲われてそれどころではないことに気づいてしまった。結局初は不満を抱えながら何もするでもなくアパートに着いた。
「来ましたか」
アパートの初の借りている部屋のドアの前に複数の人がいた。その人たちはまるで軍服のような服を着ていた。初の記憶では今の日本には自衛隊はあれど軍隊はなかったはずだ。しかも初を待っていたように、着いた時に初の方を見やり、背の低い少女のような華奢な印象がある人を筆頭に歩いて原チャからおりた初に近づいてきた。
「初めまして、特別魔法犯罪捜査課の杉野と申します」
そうどこか聞き覚えのある鈴の鳴るような声で言って頭を下げたのは先頭にいる少女だった。初はその声、その髪色、その身長、その雰囲気にどこか既視感を感じていた。というか昨日、道に飛び出してきた少女そっくりだった。帽子の代わりに軍帽、半袖短パンの代わりに軍服、髪は昨日はまとめていたが、今は髪の毛は下ろしているらしく、肩口に届くか届かないほどの長さをしていた。
——なんでこの子がここに? てか特別魔法犯罪捜査課? そんな課が出来てるなんて知らないぞ。こんな少女が? いや待てよ、ということは昨日飛び出してきたのは魔法を使うのを確認するため? 名前からしてまず魔法を取り締まる課なのだろう。このままだと間違いなく捕まる。まだワームホールを完全に完成させていないのに!
「えっと、初めまして。小林初です」
初は努めて平静を保ちながら杉野に倣い挨拶をした。
「これはご丁寧にありがとうございます」
杉野と名乗る少女は小さく口角をあげた後、再び頭を下げた。
「その、何か御用でしょうか」
——我ながらあまりにも白々しい。大した用がなければこんな十数人で来たりなどしない。どうする? まだ完成していないワームホールで逃げるか? いや、あまりにもリスクが高すぎる。まだこの人たちは無詠唱で魔法が使えることを知らない。捕まったとして指さえ鳴らせればすぐに脱出は出来る。その前に家にある研究資料を全て消さないと、あの魔方陣が漏れたらまずい。
「用というのはですね。あなたが魔法を使ったというご報告がありまして」
「魔法ですか?」
「はい」
まだ杉野は軽い笑みを浮かべている。初にはその胸の内がまったく分からず、ただ会話をつなげる。
「僕はその魔法の使い方というのがさっぱり分からないのですが」
「何を仰るんですか、論文で連名になってらしたじゃないですか」
「いやーらしいですね。実は詳細は知らないんですよ」
「なるほど。そうなんですか」
「はい」
「では、自分で研究を進めて、無詠唱で魔法を使うなんて出来ないんですね」
「……そんなことできるんですか! 技術の発展はすさまじいですね」
——すべてバレてそうである。
「あくまで白を切るつもりですか?」
「なんのことだか分かりません。なんですか? 無詠唱って、こう指を鳴らせば炎でも出るんですか?」
そう言って初は指を鳴らした。瞬間。後ろに控えていた杉野の部下であろう人たち初に向かって走ってきて取り押さえた。その部下たちは指を鳴らせば魔法が発動することを知っている様に、取り押さえるときも明確に指を鳴らせないように手を押さえつけていた。
「何をしたんですか?」
杉野はまだ笑みを絶やさない。
「それはこっちのセリフですよ。なんで僕みたいな一般市民が指を鳴らしたぐらいで、みんなで寄ってたかって取り押さえてくるんですか」
「それはあなたが魔法を使う合図だからですよ」
「そんなこと言われても何も起こっていないじゃないですか」
「そうですね。確認できるところには何も起きていませんね」
——とりあえずこれで家にある魔法関連のメモはすべて水で濡らして攪拌したから読むことも復元することも出来なくなった。完成した魔方陣は頭の中に入っているし、基本的な理論も分かる。惜しむらくはワームホールの資料が消えてしまったことだが、仕方ない。
「それで、これからどうするんですか? まさか無実の罪でなんの悪いことをした証拠もない一般人を捕まえるんですか?」
「そんなそんな。というかあなたなら今にでもその拘束を解いて逃げれるのではないですか?」
「僕がそんなに鍛えてると思います?」
「はい。特に魔法を」
——この組織の、もとい杉野とかいう少女の目的が分からない。単に捕まえるだけにはゆったり過ぎるし、会話も多い。研究資料の押収なら僕が帰るまでに家に侵入すればいいだけの話だ。なら目的は? もしかして押収された後なのか? 遠視の魔法は使う暇なんてなかったから分からない。先に設定しておいた座標に資料がないならさっき使った魔法も意味無くなるし。
「ああ、資料は押収していませんよ」
「は?」
——心を読まれた? いや、流石にあり得ない。研究をしていたと思うのなら資料があると推測されるのは妥当だろう。
「魔法がある世界で断定とはいただけませんね」
「心を読んでいるんですか?」
「正確には脳波をキャッチして表層的な考えを聞いてる感じですね」
なんでもないようにあっさりと杉野は答える。
「それにしては詠唱している様子はなかったですけど」
「この魔法、結構面倒くさくてですね。一回発動すると二時間ぐらい持続してしまうんですよ。しかも指向性も弱いのでもう色んな考えが聞こえてきてうざいったらありゃしないんです。効果範囲が狭いのが救いですね」
手で自身の頭をコツコツと叩きながら言う。
「それで私も目的でしたっけ。それはあなたを頂くことです。では、ついてきてもらいましょう」
杉野がそう言うと、初に有無を言わせぬ速度でずっと杉野の後ろにいた男がこちらにくる。その男は初を見据えて何かをずっとぼやいていた。
——まずい! いつから始めてた? 早く逃げないと!
初は急いで未完成のワームホールの魔法陣を頭の中で組み立てる。しかし、すぐに意識がぼやけていき、やがて暗い闇に包まれたように初は気を失った。




