犬猿の仲と新たな同僚
「初さん! 遅いっすよ!」
「ごめん。少し準備してて」
「途中から音が鳴らなくなったのはあいつのせいですよねー」
不満そうにみなみは部屋の奥をジトッと睨みつける。
「おや、みなみ様。私に何か御用でしょうか」
「うわ、でた」
「これはご挨拶ですね。私、何かしましたでしょうか?」
「AIのくせに記憶ないんすか。不良品のハードディスクでも掴まされましたか?」
「なるほど。意外です。みなみ様がハードディスクをご存じとは」
「なめてます?」
「私には物理的な舌という器官は存在しませんが。ご存じないでしょうか」
——なんか突然舌戦が始まった。こんなに仲悪かったのか。ここは僕が仲裁しないと。
「二人とも落ち着きませんか?」
「私は落ち着いています。ただ初さん、あれを一人とカウントするなんてとても優しいんすね。けどそんな気を使わなくても大丈夫っすよ。所詮ゼロとイチで成り立っているだけのAIなんで」
「たかがアミノ酸の集まりが自分を棚に上げてなにか仰っていますね。ああ、初様。お気遣いありがとうございます。けれど問題ございません。喧嘩とは同じレベルにもの同士でしか成立いたしませんので」
「同感っすね。同じ種族、同じレベルのもの同士でしか成立しませんね」
「みなみ様、僭越ながら言わせていただくと、種族は異なっても成立すると愚考いたします。特にみなみ様の知能指数だとサボテンあたりと良い勝負が出来ると思います」
「なに、やりたいの?」
「おや、なにか気に触ることでもありましたでしょうか」
二人は本当に犬猿の仲なのか、一度止めたぐらいではまったく収まる気配なんてなかった。
「二人とも」
初は改めて声をかける。その言葉にいったん二人の口は止まった。
「とりあえず、お店行きませんか? ほら、みんな遅れちゃったらシロさんも怒っちゃうかもしれないですよ?」
一度初はからかったせいでシロの不機嫌というか威圧感のある顔を見たことがあった。きっとこの二人も見たことがあるだろうという賭けで言った言葉だったが、その言葉を言ったとたん、急に雰囲気が変わった。
「……」
初はみなみの顔を見ると完全に青くなっていて、その明らかに怯えた表情がシロに怒られたことのあることを物語っていた。
「いや、ほら今から向かえばきっと丁度いいぐらいですって。早く向かいましょ」
慌てて初はフォローを始める。マドレは先の言葉から何も話さなくなってしまった。モニターはリビングなのでどんな表情をしているかは分からないが、きっと今のみなみと同じような顔になっているのだろう。
「そ、そうですね! まだ間に合います! 早く行きましょう!」
みなみは初の腕をぐっと引っ張りながら急いで寮を出た。
行きつけと言っていたその店は初の予想よりも近いところにあった。
店の前にはシロとその横には三つ編みを片側から垂らしている小さい女の子がいた。シロは人目見て高校生ぐらいと思うぐらいの身長なので背が高いわけではない。けれどそのそ身長と比較してとても身長が低いのだ。中学生、もしくは小学生かと思ったけれど、きっとあの子が二人の言っていたいのりという子なのだろうと初は認識を改めた。
「あ! いのりちゃんももう来てる! いのりちゃーん!」
そう言ってみなみは二人の方へ走っていった。やはり初の予想通りいのりという同僚だった。みなみはいのりに走っている勢いそのままに抱き着いた。
「んーやっぱりかわいー!」
そうしてそのまま頬ずりを始めた。
「やめてください」
抱き着かれたいのりは表情を変えず、しかし特に突き放すでもなくただなされるがままになっている。
「えー! もう少しだけー」
「私は先輩で年上ですよ。もう少し敬意を払ってください」
「もー、大人ぶっちゃってかわーいーなー!」
「わたしは、もむゅっ!」
何か話そうとしていたいのりに更に顔を寄せて、頭を撫で始めた。
「えっと、シロさん。あの二人はいつもこんな感じなんですか?」
いちゃついている二人を横目に初はシロと合流した。
「ですね。いつもあんな感じですね。一応いのりさんは初さんと同い年なんですよ?」
——本当に? あの子が二十六? 事実なんだろうがまったく信じられない。
「ひなみ、ひったんやめへくらさい」
「なんで! こんなに可愛いのに!」
「はんへいないです」
みなみは不満そうな顔でいのりから離れた。すぐにいのりは髪の毛を少し整えてから初の方を向き直した。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。初めまして、小林さん。私は喜多いのりといいます。ぜひ気軽にいのりと呼んでください。同い年の方とお聞きしてとても話したいと思っていました。これからよろしくお願いしますね」
軽く微笑んでからペコリと丁寧に頭を下げてくる。初はよくないと思いながらも、大人ぶったとても行儀良い近所の女の子のように思ってしまった。
「よろしくお願いします。僕のことも気軽に初と呼んでください」
ただ、そんなこと言えるわけも、態度に出すわけにもいかないので一層丁寧にそれに答えた。
「……」
けれど初が頭を上げると、いのりは驚いたように目を少し開いていた。
「あの……、何かありましたか?」
「い、いえ、私、こんななりなので初対面で挨拶するととても微笑ましいというか、生暖かい目を向けられることが多いんですよ。けれど初さんはどちらかというと緊張しているように見えたので新鮮で……。ああ、いや、それが嫌とかではなくて、どちらかというととても嬉しいです」
「そ、それは良かった? です」
思いがけない高評価に初は戸惑いながらも嬉しそうににこりと笑ったいのりに少し照れてしまった。
「あー! 初さん! ずるいっすよ! そんな笑顔私も向けられたことないのに!」
すぐにみなみが初の肩を掴んで揺らしてくる。初はその力の強さに抵抗も出来ずにただなされるがままにぐわんぐわんと頭を揺らされる。
「みなみ、そんなことしてないで早く店に入りますよ」
「ちょ! ちょっとまってー!」
いのりが先行して店にてくてくと歩いて行き、それに慌てたみなみが初の肩を離して追いかけていった。
「私たちも行きましょうか」
「ですね」
取り残された初とシロもその後を追って店の入り口に向かった。




