正式な初対面
「ただいま」
「お邪魔します」
それからシロは一度自分の部屋に戻り、自分の荷物を置いてから「改めてマドレを紹介しますね」と初の部屋まで足を運んでいた。
「お帰りなさい、初様。そしていらっしゃいませ、志乃様」
マドレがそれに答える。ただいまと言ってお帰りが返ってくることに初は内心少し喜びながらも努めて普通に部屋にあがった。
着いてすぐに昨日さんざん見たモニターの前まで行く。特に昨日とも今朝とも変わった様子はなかった。
——マドレさんってどこでこっちを見たり、話したりしているんだろうか。てっきりこのモニターのスピーカーかと思っていたけれど画面は暗いままだ。今朝しっかり電源を切ったかは不安だけれど、少なくとも今は切れていそうだった。ならどこで……。
「マドレ、改めましてこちら無詠唱の配達員こと小林初さんです」
初の考えとは裏腹にシロはモニターに向かってあたかも人にするように初を紹介した。するとその言葉に応じる形で画面がパッとついた。しかし何も映らない。ただ真っ白な画面だった。そして画面が切り替わったと思うと昔読んだことのあるような絵本のような絵が出てきたと思うと、下部に『この中に初様が知らない魔方陣が一つ隠されています』という文が表示された。
「あ、初さん」
何かシロが言おうとしたが、それよりも先に初はキラキラとした瞳で画面に一層近づいた。
——知らない魔方陣! どこだ! このモニターにマドレがいるとするなら昨日僕が勉強をしていた内容についても知っているのだろう。どこだ!
一歩、さらに一歩とモニターに近づく。
——ピエロ、会社員、某チェーン店のロゴ、ぬいぐるみ、ペット、全然見つけられない。どこだ、絶対見逃しているはずだ。
さらに一歩画面に近づいたその時だった。突然画面に血だらけの女の人がバンッという効果音と共に現れた。
「……っ!」
——びっっっくりしたー! シロさんが言っていたことが分かったぞ! こいつ、朝は猫を被っていやがった!
「ということで今朝ぶりですね。初様。改めましてマドレと申します」
現れたドアップの血だらけの女の人が一歩下がったように全体が映る様になり、そのままお辞儀をしてから喋りだした。
行っている行動とその声の抑揚の無さとの落差に初は言葉を失ってただその映し出されたアバターを見つめる。その女性のアバターは少し前のアニメキャラクターのような風貌で、青い髪をきれいに切りそろえていて恰好はメイド服だ。しかし頭からは血が垂れて服は所々破れていた。
「初様、どういたしましたか?」
「マドレ、まずは自分の姿を確認したらどうです?」
シロがそんなマドレにツッコミを入れる。マドレは腕を広げて自分の恰好を確認する仕草を見せると、
「申し訳ございません。殿方には少し刺激的な恰好でしたね」
そんな見当違いなことを言い出して、すぐにその血や破けている箇所はなくなった。
「では三回目になりますが、マドレと申します。皆様の暮らしのサポートなどをしております。以後お見知りおきを」
「えっと、初です。新人です。よろしくお願いします」
そしてペコリとキレイにお辞儀をした。初もそれに合わせて頭を下げる。
「本当はお食事などご用意できたらと思うのですが、生憎、今はこの体ですのでご容赦いただけると幸いです」
「いや、別に全然大丈夫です」
——AIが料理は無理があるだろ! いや、冗談か。やはりこの子がからかい好きというのは間違いないらしい。
「初様は今日から三日間ほど任務の予定だと思ったのですが、どうされたのでしょうか」
「ああ、それが初さんがもう全部終わらせてしまったんですよ」
「……少々お待ちください」
マドレは器用に目の部分だけグルグルと読み込み中のインジケーターを表示させ、数秒してからまた元に戻った。
「それは本当でしょうか? まだ届いていないらしいですが……」
「今運んでいる最中なので後三十分もすれば一箱目が届くと思います」
「……なるほど。お噂に違わない実力のようで。非常に感服いたしました」
「それはしっかり届いてからにしてください」
「承知いたしました。それで今回はどのような御用でしょうか? ただの帰宅ではないのでしょう?」
「そんな大した用はありませんよ。ただ、紹介をしようと思っただけです。私が間に入らないといたずらが止まらなくなると思ったので」
シロの言葉にそこまでやるのかと疑ったが、もう信じることにした。
「しかし、来る前に連絡があっても良かったと思います。おかげであれしか準備できませんでした」
無表情、無抑揚ながらも不満そうに言う。どうやらからかいには並々ならぬ思いがありそうだ。
「そのためにですよ。あ、それと十九時から初さんの歓迎会兼親睦会を行うのですがマドレも来ますか?」
「お誘いありがとうございます。もちろん行かせていただきます」
「え、えっとすみません。マドレさんて来れるんですか? ご飯食べたりも?」
——それが出来るなら料理が出来るというのも頷ける。すごい人間に似たロボットとかになるのだろうか? それとも有機物使ったロボットみたいな?
初は少年の様に目を輝かせてマドレを見る。マドレは若干引いているのか少し間を開けてから口を開いた。
「……申し訳ございません、初様。ついて行くといっても志乃様のタブレットに入って連れて行っていただく形になるのです。私もそのような体が欲しいと日々感じておりますが、まだ技術が追いついておらず。期待に沿えず申し訳ございません」
「ああ……、そうなんですね……。あ、いや気にしないでください……。それは仕方ないですし、今後そうなっていくかもしれませんしね」
「……お気遣い感謝いたします」
「と! ということで!」
重くなったその場を緩和するためかシロが手を合わせて珍しく大きな声で話した。
「十九時集合ですので、遅れないようにしてください。それと初さんの分は私たちが出しますのでご安心ください」
「いや、悪いですよ。それぐらいは別に」
「いえいえ、今回の主役は初さんです。初さんのおかげで早く任務を終えることも出来ましたし、その費用を考えてもここは奢らせてください」
そう言ってシロは優しく微笑んでくれた。その顔が初には何だか最初に感じた少しつっけんどんのような印象はもはや霧散していいお姉さんみたいな感じに思えた。それほど彼女にとって良い職場なのだろう。
「そろそろ私も部屋に戻ります。何かあったら私に連絡してください。これが私の連絡先です。登録しておいてください」
「はい。ありがとうございます」
シロは画面に連絡先を表示させる。初はそれを自分の携帯でスキャンしてその連絡先を追加した。
「初様。私からも一つよろしいでしょうか」
「? はい。何でしょう」
「ついでにこちらのQRコードを読み込んで表示されたアプリをインストールしておいていただけないでしょうか」
「……いたずらのアプリですか? マルウェア入ってたりとか」
「まさか! 私はトクマの皆様の害になるようなことは一切いたしませんので、ご安心ください」
とりあえず初はその言葉を信じでモニターに表示されたQRコードを読み込んだ。すぐに別にページに飛び、そこには「madre.exe」とあった。
——なるほど、これでこっちの携帯でもマドレさんが何かしらできるようになるってことか。あのモニターでできるようなことがこっちでもできるようになるのならとても研究が楽になるぞ。……ってかマドレさんが僕の携帯にアクセスできるようになるのか? それってもはやマルウェアでは?
とりあえず入れようとしたがスマホのセキュリティで一度止められたが、その画面をマドレに見せても頷くだけだったのでそのままインストールを続けた。
「では、私は戻ります。マドレ、いたずらは程ほどにしてあげてくださいね」
初がインストールしている間にシロはその言葉を残して出ていき、部屋には初とマドレだけになった。ちなみにマドレはこの言葉には何も答えなかった。




