初任務 ③
「とりあえずこれから本番を想定して二時間このボックスを飛ばしてみるのでこのハンカチがあるところに入らないようにしてください」
「あ、はい」
「分かりましたっす」
初がそう言うとやはりまだ心ここにあらずの様子で二人が答える。
「いや、そうじゃなーい!」
突然そんな声が部屋に響く。その声と同時に勢いよく歩いてくる音が聞こえ始めて、初が顔を上げるともはや胸倉でも掴みそうな勢いで胸の真ん前までみなみが迫ってきていた。
「あれなんすか! 魔法ってそんな便利なものじゃないんすよ! 発動にはくそほど時間がかかりますし、制御なんて難しいどころじゃないっす!」
「いや、ちょっとまっ……」
「いいや、待たないっす。いいですか? そんな気軽に使えちゃ武力のバランスが崩れるんですよ! 指を鳴らすだけで発動できるなんて。いや聞いてましたよ。もちろん『無詠唱の配達員』とかいう人がくるって。でも配達員ですよ? あんますごくなさそうじゃないですか! それがあんな……。初さん、研究資料とかあの部屋に置いてるんすよね?」
昨日のシロにも負けないほどのすごい形相でみなみは問う。
「え、あ、うん。けどシロさんが来た時に大体駄目にしちゃったけど」
「でも、これからあの部屋で研究しいくんですよね? あのセキュリティのセの字もないくそみたいな部屋で」
「さすがに言い過ぎじゃない? セぐらいはあるんじゃ……」
「黙ってください。初さん、いますぐ引っ越しますよ。それはもうセキュリティがん積みの部屋に」
「いや、そんな金ないし」
「大丈夫です」
「いやほんとに」
「大丈夫です」
まくしたてる勢いそのままにみなみはシロの方を向く。その行為に驚いたようにシロはビクッと肩を震わせた。
「シロさん、いいですよね?」
「はい? えっと何が……」
しかし全くピンと来ていないのかシロは首を傾げた。
「あそこ、まだいくつか空き部屋ありましたよね?」
「ああ、はい。ありますね。じゃあそこへ?」
「はい。流石にあんなところに住まわせられないですって。というかよくシロさんこんな化け物みたいなことする人を本部まで連れていけましたね」
「あの時は意表を付けましたし。それに、その私にはあの魔法もありますし」
「ああ、確かにシロさんにはあの魔法がありましたね! 私も前に使ってみようとしたらしいんですけど、そこら辺の記憶がないんすよねー」
「それは仕方ないですよ。そういう魔法ですので」
「それは分かってるんですけど……。ってそうじゃないっす! 今は初さんの事です! もう今日引っ越しでもいいですか?」
その言葉は初に問いかける内容であったが、みなみは全く初の方を向いておらず、その意思はもう関係ないのだと暗に言っていた。
「はい。問題ないと思いますよ。マドレには私から言っておきます」
「ありがとうございます。私、あれ苦手なんっすよね」
「そんなこと言うと悲しんじゃいますよ」
「いやー、そう言われても……。そもそもあれに感情なんてあるんすか?」
「それは……、私はあると思っていますよ?」
何やら不満げなことを言っている南に、自信がなさそうというより気をつかってそうなシロを横目に、初は自分の事だと言うのにまったく話についていけないでいた。
——僕の話だよな? こんな立場になって研究の成果が盗まれる心配があるからどこかへ引っ越すのは分かった。でもそっからの話はまったく分からん。誰だマドレって。話的に大家さんみたいな立場なんだろうけど、あれ呼ばわりされている大家さんなんているのか? けど僕が入らないともっと会話が変な方向へ行ってしまいそうな気もする。でも自分でもあれだけれど、なによりさっき言ってた魔法の方が気になって仕方がない。聞けば教えてくれるだろうか。
「あの……。結局僕はどうしたらいいんですかね」
その質問したい衝動を抑えて何とか二人の会話に入る。
「あ。すみません。えっと、初さんにはとあるマンションに移ってもらいたくてですね」
「なるほど」
「安心してください! シロさんと一緒のマンションなんで!」
「それは安心していい要素なの?」
「良いに決まってるじゃないっすか! シロさんはトクマの憧れの的なんすよ? シロさんと一緒の部隊になりたいという人がどれだけいることか!」
グイッとみなみが近寄り、初はそれに押されて上半身をのけぞる。
「そ、そうなんだ」
「二つ名持ちってだけでも憧れの的なのにさらにこの美貌!」
一息で初のもとから離れてシロの前まで行き突然片膝をついたと思ったら、次に両腕をシロの方に伸ばしてまるでシロの存在を引き立たせるように手をひらひらとさせている。当人のシロはというと何を考えているのか、薄っすらと微笑みを浮かべたままでピシッと固まっていて動いていない。
「このさらっとした儚げな白髪に大きな目、さらにこのぷっくりとした唇! そしてそして! このバランスの取れたプロモーション!」
「あ、あの……」
お構いなしにみなみは続ける。シロは先ほどの表情から変わってはいないが、なぜか肩がプルプルしだした。
「分かってます。分かってますよ、初さん。初さんも一目見て惚れ惚れしてしまったんすよね? 大丈夫っす。人類みんなそうなんすから」
「いや、別に……」
「初さん! いいっすか? シロさんに心を奪われない人類なんていないんすよ。いるとしたらそれが人類じゃないだけなんす」
「そ、そっか……」
その狂気とも思える暴論に初は自身の主張を通すことを諦めた。
「そんな初さんに朗報です! 今ならなんとシロさんファンクラ、ぶあっ!」
そして堪えられなくなったのかシロがみなみの頭を容赦なくぶん殴った。みなみは頭を両手で押さえながらその場にうずくまり悶え始めた。相当痛かったのだろう。初はその様子を確認しようとしゃがんでみるが、そこから少し見えたみなみの口角は上がっていて、すぐにちょっとでも心配したことを後悔した。
「とりあえず、初さんは今から帰って荷物をまとめてください。終わったら連絡ください。そしたらみなみが手伝いに行くので」
「え! 私だけっすか!?」
「はい」
「えー、シロさんは一緒じゃないんですか?」
「私はマドレに話をするので。それともみなみがしますか?」
「初さん! 私に任せてくださいっす! 段ボールなんていくつでも私が運びます!」
みなみは下げていた頭を勢いよくあげて文句を言ったと思うと、すぐに立ち上がって力こぶを見せてきた。
——そこまで嫌なのか。いったいどんな人なんだ、マドレさん。あまりにも不穏すぎる。
「ということなので、さっそく行きましょー!」
「いや、待って待って」
初の腕を掴んで引っ張ろうとするみなみをどうにか止める。
「シロさん、いいんですか? 僕が言うのもなんですけど、この後作戦会議というか色々詰めなくても」
「改めてあなたの魔法を見て、安全性も効率も、あなたの魔法の方が良いと判断しました。それに今もその安全性を検証しているんですよね?」
「一応ですけど。ここまで長距離かつ長時間の行使はしたことないので、せめて時間だけでもと」
「なら問題ありません。それが出来るのなら私たちにとって素晴らしいことです。ぜひよろしくお願いします」
ペコリとシロは頭を下げた。初はなんだか変な気分だった。そもそも初はここ数年、ろくに人と関わっていない。大学に通っていた時ですら、話すのは美鶴教授ぐらいのものだった。それゆえに感謝されるのも幾年ぶりで、どう返したらいいかが分からなかった。
「い、いや、こちらこそです。期待に沿えるように頑張ります」
「では私はマドレに話を通しておきますね」
「はい。ありがとうございます」
「いえいえ、全然気になさらないでください。組織の情報が漏れるのを防ぐことに繋がりますから。では……」
またペコリと頭を下げてから入ってきた扉を開けてシロは部屋から出ていった。
「ほら初さん! 私たちも行くっすよ!」
みなみが初を先導する形で二人とも部屋を後にした。
「でもこの駐在所、人いなくなっても大丈夫なの?」
「大丈夫っすよ。ふふふ、見せてあげましょう。指パッチンで魔法が使えるのが初さんだけじゃないということを!」
そう言いながら変にもったいづけてみなみは指を鳴らした。すると、二三秒してから警官が正面から二人やってきて、二人の前で止まった。
「というわけでこの二人が留守を守ってくれます」
「え! みなみこれって魔法なのか? なに、人形を操るとか? それとも彼らが自立して動けるようになってるとか? どうやってるか教えてくれないか!」
初はみなみのしていたのと同じようにグイッと近づく。
「触ってもいいか? もっとよく見ていいか? これは自分で作ったのか? こんな精巧な人形どうやったら作れるんだ?」
「初さん……」
掴まれたままのみなみがすごく言いずらそうに口を開ける。
「彼ら人間です」
「へ?」
「魔法とか関係なくて、普通に指パッチンして私の直属の部下を呼んだだけです。カッコつけです。言わせないでください」
「そ、そうなんだ」
視線を下に落としながらいらないカミングアウトまでするみなみに、初は気まずそうに眼を逸らす。そのままの状態で静寂が二人を包んだ。
「……とりあえず行きましょうか」
「……だね」
そして一二分経ったところでみなみが先に口を割り、再びパトカーで家に帰った。




