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異世界第六迷宮~深淵からの新生は螺旋を描く黄金の進化~  作者: マリエッティ
陽昇

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第86話 前夜

夕食も終わりに近づいた頃、

自分たちは小屋の前で焚き火を囲んでいた。


「明日は、オーガプリンセスと戦います」


自分が発した言葉に、カーリナが食べる手を止め、背筋を伸ばした。

レオノールの兎耳もぴんと立ち、そのまま動かなくなる。


二人には、砂時計を使うことをすでに伝えてある。

食事の手と兎耳が同時に止まったところを見ると、

一度きりの戦いではないことを思い出し、緊張したのだろう。


昨日のカーネイジアイ戦は、望んで始めたものではなかったが、明日は違う。

今度は自分たちから、Sランクのオーガプリンセスへ挑むことになる。

それぞれ取り繕ってみせてはいるが、二人から緊張感が伝わってくる。


ボニーは残っていたパンを急いで口へ押し込んだ。

話を聞くために食べ終えようとしたのだろうが、一度に詰め込みすぎたらしい。

目を見開き、胸を二度叩いた後、慌てて木製のコップの水を流し込んでいる。


リーザもコップを置こうとした手が止まっている。

コップの底が地面に付くかつかないかのギリギリの状態を器用に保っている。

すぐに普段の落ち着いた動きへ戻ったが、深刻な表情で顔に力が入っている。


「ヒデキさん、いよいよですのね」

「ええ」

「おいヒデキ、今日のオーガキングより強いんだよな?」


ようやくパンを飲み込んだボニーが尋ねてくる。


「はい。Sランクですから。

 以前、三人で一度倒せてはいますが、余裕のある戦いではありませんでした」

「それでも倒したんだろ?

 今度は五人なんだから、前より楽なんじゃねえか?」

「一度だけなら、そうかもしれません」


ボニーが眉を寄せた。


「一度だけなら?」

「明日の戦いについて、二人に説明しておくものがあります」

「レオノールちゃん、砂時計を出してくれるか?」


レオノールへ顔を向ける。


「うん」


レオノールがマジックバッグを開き、布に包まれた砂時計を取り出した。


手のひらよりひと回り大きな砂時計を、

焚き火から離れた平らな地面へ慎重に置く。


そこにボニーが顔を近づけた。


「なんだこれ?」

「砂時計だよ」

「砂時計?」


聞き慣れない言葉を確かめるように、ボニーが繰り返した。

リーザは砂時計を見たまま、ゆっくりと身を乗り出す。


「なるほど。これが砂時計でしたのね」

「えっ、リーザさんは砂時計を知っているんですか?」

「ええ。祖父から話だけは聞いたことがありますわ。

 でも実物を見るのは初めてですけれど」


リーザが砂時計の枠へ指を近づけた。


「砂時計には、大型、中型、小型を見分ける手掛かりとなる印があるそうですの。

 こちらは線が一本ですから、大型ですわ」


リーザの色白な指先の辺りへ目を凝らす。

んー、言われてみれば、細い線が一本あるようにも見える。

だが、見分けるための印というより、枠についた浅い擦り傷としか思えない。


光学顕微鏡、できればレーザー顕微鏡で表面の深さを測り、

本当に凹形状なのか確かめたくなる程度の印である。

ギルマスのアンダースに鑑定してもらった時はそんな説明はなかった。

あの時は、木型に通して判定していた。

木型以外にも判別方法があるのか?


疑いの眼差しでリーザを一瞥すると、自信ありげな表情を見せていた。

鑑定結果と齟齬がないのでよしとしよう。


その傷モノの砂時計から一度視線を外してしまうと、

もうどれがその線だったのか、分からなくなった。


ギルドで受けた鑑定でも大型だったのだから、

リーザの知識とも結論は一致している。

もっとも、これを自力で見分けろと言われたら、喜んで鑑定料を支払うだろう。


「リーザ、その大型ってのだと、何が違うんだ?」


ボニーの問いに、リーザが姿勢を戻した。


「砂時計の効果が繰り返される回数が違いますの。大型なら十二回ですわ」


「繰り返し? 十二回?」


「ええ、砂時計に魔力を注ぐと、中の砂が落ち始めます。

 砂が落ちきるたびに、対象となった魔物の体力が、

 砂時計を起動した時点へ戻りますの」


リーザがボニーへ説明するように、ゆっくりと言葉を続ける。


「すでに倒していれば、同じ魔物が再び現れますわ。

 まだ倒せていなければ、それまでに負わせた傷が消え、

 体力も元へ戻りますの」

「倒せなくても終わらないのか?」

「ええ。一度起動すると、規定された回数を終えるまで、

 途中で止めることはできませんわ」


一度目で倒しきれなければ、魔物に与えた傷は消える。

あと一撃というところまで追い込んでも、砂が落ちきれば最初からやり直しだ。


「ねえ、リーザお姉ちゃん。砂が落ちきるまで、どのくらいあるの?」


レオノールが砂時計をのぞき込む。


「お茶を淹れて、少し冷ますくらいと祖父から聞かされましたわ」


命のかかった制限時間を、お茶で説明されてしまった。

この世界で砂時計を使いこなすには、戦闘能力だけでなく、

正確な茶の時間まで身につける必要があるらしい。

探してみるか……お茶の教室。


「ヒデキ、なんでまたそんなに戦って……ああ、そうか。

 指輪がドロップするまでってことか。でも十二回しかないんだろ?

 たった十二回そこらでドロップするか、怪しいとこだぞ」

「この砂時計だけなら最大で十二回です。

 ですが、明日はそれだけではありません」

「え?」

「レオノールちゃん、ウロボロスも頼む」

「うん」


レオノールが再びマジックバッグへ手を入れ、

今度は蛇が自分の尾を噛んだ輪を取り出した。

砂時計の隣へ置かれたウロボロスが、焚き火の光を鈍く反射する。


「ヴァサ西で手に入れたアイテムです。

 これはほかのアイテムの使用回数を五回か六回、増やします」


ボニーが指を折り始めた。


「十二回に五回を足して、十七回か。六回なら十八回だな」


リーザが砂時計とウロボロスを交互に見比べ、少し考えた後、首を傾けた。


「本当に、単純な足し算でしょうか?」

「違うのか?」


ボニーの指が止まった。


「あの、ヒデキさん。ウロボロスは、砂時計の十二回分を、

 五回か六回繰り返すのではありませんの?」

「そこなんですが、正直なところ私もわかっていません。

 それもこれも含めて、明日確認できればと思います」

「十二回を、五回……?」


カーリナも自分の指を見ながら計算している。

やがて答えが出たらしく、顔を上げた。


「じゃあ……師匠、五十回ですか?」

「六十回だ」


カーリナがもう一度指を折り始めた。


「明日の戦いは、砂時計の効果だけでも最低十二回。

 ウロボロスによって六十回か七十二回になると心づもりしておいてください」


焚き火の薪が弾け、乾いた音が響いた。


ボニーは口を半開きにしたまま、砂時計を見つめている。

リーザもコップへ手を伸ばしかけ、そのまま動きを止めていた。


「Sランクの魔物を相手に六十回って……

 ヒデキ、それはもう恩返しの範囲を超えてないか?」


言われてみれば、確かにそうだ。

命を助けた礼として、Sランクとの戦闘、

それも六十回以上になるかもしれない連戦に付き合わせる。

言葉だけ並べれば、恩を返してもらうどころか、

利子まで取り立てているように聞こえる。


「無理に最後まで続ける必要はありません。

 砂時計は途中で止まりませんが、私たちは逃げられます」

「逃げても、こいつは動き続けるのか?」


ボニーが砂時計を指す。


「はい。私たちがその場を離れても、規定回数までは効果を繰り返すはずです。

 それでも、危険だと判断したら迷わず退きます」


指輪を手に入れるためとはいえ、全滅しては意味がない。

何度戦えるかを競うのではなく、

どこまでなら生きて戦えるかを見極めなければならない。


「明日の役割を確認します」


四人の視線がこちらへ集まる。


「カーリナとボニーさんが前衛です。

 二人で攻撃を分け、片方だけに負担が集中しないよう、

 連携を心がけてください」

「はい、師匠!」

「任せろ、ヒデキ。ウチとカーリナでバッチリやってやるって」

「私とリーザさんは後方から魔法で援護します。

 前衛を巻き込まない位置から攻撃しましょう」

「承知しましたわ」

「レオノールちゃんはクロスボウでの援護に加えて、

 砂時計のそばで効果が何回発動したか数えてくれるか?」

「うん。ひっくり返った数を数えればいいんでしょう?

 あたしが数えるね」


今日覚えたアクア・ラミナなら、

水球よりも速い水刃でオーガプリンセスを狙える。

今日の戦いで切れ味も確認できた。

攻撃手段としては、十分に期待できるだろう。


一方、アクア・カウェアは相手を檻の外へ出にくくするだけで、

攻撃の足しにならない。

限られた時間内に倒すのだから、戦略は火力重視一択で間違いないだろう。

水の刃を火力と表現するのも不思議なものだが。


「いつでも逃げられるよう、中間部屋へ戻る通路を背にして戦います。

 退く時は全員一緒。同じ通路へ向かってください」


四人がそれぞれ頷いた。


「ところで、回復や休憩はどうする? 長いこと戦うんだろ?」


ボニーが尋ねる。


「オーガプリンセスを倒した後、砂が落ちきるまでの間しかありませんね。

 水を飲んだり、傷を確認するくらいの時間なら確保できるかもしれません。

 ただ、倒しきれなかった場合は……休む余裕もないでしょう」

「うげっ、ウチらはちょっとしか休めないってのに、

 魔物だけはちゃっかり回復しやがるのかよ」

「一日中戦うようなものですわね」


リーザが砂時計へ視線を落とした。


「わたくし、魔力を使い切らないよう注意しますわ」


重みのある言葉だ。

今日覚えた二つの中級魔法も、使えば当然、魔力を消費するだろう。

調子に乗って連発すれば、昨日のリーザと同じように、

迷宮内で動けなくなる可能性もある。


「もう一度確認します。指輪よりも、全員が生きて戻ることを優先します。

 危険だと感じたら、誰でも構いません。すぐに声を上げてください」

「はい、師匠」

「うん」

「分かった」

「承知しております」


四人の返事が、焚き火を囲む輪の中で重なった。


三人だったパーティーが五人になり、前衛も後衛も増えた。

新しい魔法を覚え、砂時計とウロボロスも揃っている。

準備だけを見れば、これまでで最も充実している。

それでも、地面へ置かれた砂時計を見ていると、胸の奥に重いものが残る。


砂はまだ、一粒も動いていない。


明日、この砂が落ち始めれば、長い一日が始まる。

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