第85話 五人パーティー
三人で入った8階層を、帰りは五人で歩いていた。
迷宮を出る頃になっても、リーザの足取りはまだ少し頼りない。
「リーザさん、大丈夫ですか?」
「ええ、ご心配なく。このくらい平気ですわ」
迷宮から出た後、そう答えるリーザの足取りは、まだ少し頼りない。
すぐ横へボニーが寄り、肘を支える。
「無理すんなって。まだ顔色悪いぞ」
「ボニーこそ、お疲れでしょう」
「ウチは平気だ」
そう言いながらも、ボニーの肩も少し下がっている。
二人とも平気と言い張るには、今日一日が濃すぎた。
小屋へ戻ると、カーリナが振り返った。
「ボニーさんとリーザさんも、今夜はここへ泊まりませんか?」
ボニーが小屋を見上げる。
「助かるけど、ここは騎士団の小屋だろ? ウチらが使っても大丈夫なのか?」
「問題ありません。師匠は騎士の鍵を持っていますから」
カーリナが実に誇らしげに胸を張る。
その勢いだと、鍵を見せるだけで小屋が一軒増えそうだ。
「騎士の鍵?」
ボニーとリーザが顔を見合わせた。
二人の反応を見る限り、その名前は知られていないらしい。
騎士の鍵を持つ者など、どこへ行っても当たり前にいるものではない。
自分も最初は、騎士団施設の合鍵でも渡されたのかと思ったくらいだ。
「騎士団から、この小屋を使うことを認められています。
二人が一緒でも問題ありません」
「なんだ、そういうことか。それなら、ありがたく使わせてもらうわ」
ボニーはあっさり納得したが、リーザはまだ少し考えるように自分を見ている。
「ヒデキさんは、騎士団の方なのですか?」
「いいえ、冒険者です」
「ですが、騎士の鍵をお持ちなのでしょう?」
「少し事情がありまして」
詳しく説明すると、授与式から騎士団との関係まで話が広がってしまう。
今はリーザを休ませる方が先だ。
「まあまあ、とにかく入りましょう。立ったまま話すことでもありませんし」
小屋へ入り、荷物を壁際へ置く。
三人で使っても手狭だったが、五人で入るとやはり狭い。
だが、狭さそのものより重大な問題がある。
寝台が二つしかないのだ。
普段は、一つの寝台をカーリナとレオノールが使い、
残った一つを自分がひとりで使っている。
となれば、ボニーはカーリナたちと一緒に寝てもらい、
リーザには自分と一緒の寝台で――
「リーザさんは、ここを使ってください」
自分が使っている寝台をカーリナが指した。
理解ある弟子を持って、師匠はうれしいぞ。
希望という名の光が差した――断じて、欲望という光ではない。
「ですが、わたくし一人で占領するわけには……」
「ボニーお姉ちゃんと一緒に使ってね」
レオノールが隣のボニーを見上げる。
んー、まあ、三人だと少し狭いが、その方がより密着度も上がるというもの。
レオノールもお兄ちゃん心をよく理解しているではないか。
「いや、ウチは床でいいぞ。ここなら、迷宮の中間部屋で寝るより快適だ」
「駄目です。ボニーさんも怪我をしています」
「これくらい、怪我のうちに入らねえって」
「剣を鞘へ戻すのも大変そうでした」
「見てたのかよ」
「見てました」
カーリナが真っ直ぐ答えると、ボニーは反論を諦めたように肩を落とした。
「では、ボニーさんとリーザさんがこっちを使ってください。
ボクとノーラちゃんはあっちを使います」
「ああ、わかった」
「ありがとうございます」
どうやら、話がまとまったらしい。
――ん?
四人の視線が、なぜかこちらへ集まっている。
いや、正確には、自分を一度見た後、ゆっくりと床へ下がっていった。
「えーっと……」
尋ねるまでもない気がしたが、確認というものは大切である。
「ヒデキもウチらの寝台で寝ればいいんじゃねえか?」
「それはだめです。師匠は、床でお願いします」
「お兄ちゃん、床でごめんね」
「そうか……」
唯一の支援者であるボニーと目が合う。
頼む、この状況を打開できるのはボニーだけなのだ。
「わかった、そうするか。ヒデキは床な」
「えっ……はい……床で寝ます」
リーザが寝台へ腰を下ろし、丁寧に頭を下げた。
「お心遣い、感謝いたします」
「気にしないでください」
ボニーも寝台に腰掛け、かかとで床を二度叩いた。
「んー、意外と硬いんだな」
「はい、そうですね。見れば分かりますよ」
「夜は冷えそうだな」
「ええ、そうですね。触らなくても分かります」
「背中が痛くなりそうだ」
「……もう十分です」
ボニーが声を上げて笑った。
リーザは口元へ手を添え、カーリナも堪えきれないように肩を震わせている。
レオノールだけは心配そうに、厚手の毛布を一枚持ってきてくれた。
***
五人で過ごす最初の夜。
人数が増えれば、戦力も増える。
話し声も増える。
笑い声も増える。
――そして、床で寝る者も生まれる。
冒険者のパーティーとは、どうやら平等にはできていないらしい。
***
翌朝、全身に残る床の硬さを確かめながら目を覚ました。
毛布を二枚敷いたところで、床が柔らかくなるわけでもなく、
寝返りを打つたびに、何度も目を覚ました気がする。
寝台から起き上がった四人の顔は、揃って自分よりもすっきりしていた。
世の中は平等ではない。
簡単に朝食を済ませ、五人で迷宮へ入る――今日の探索は11階層だ。
オーガプリンセスが現れるのは明日の見込みだが、
事前に周辺を確認し、五人での戦い方を合わせておこう。
「ボニーさんとリーザさんは、11階層へ来るのは初めてでしたよね?」
「ああ。ウチらは二人だけだから、潜っても10階層までだな」
「ボニー、11階層では魔物は三体で現れるそうです。気を引き締めませんと」
「わかってるって、リーザ」
ボニーが鞘に収めた剣の柄を軽く叩いた。
昨日の疲労は残っているはずだが、歩き方に乱れはない。
リーザの顔色も戻っており、杖を握る手にも力が入っていた。
最初に現れたのは、青い巨体を横一列に並べ、
棍棒を振り上げながら迫ってくる三体のブルーオーガだった。
「カーリナは正面に出て、ボニーさんは右側へ回り込んでください」
「はい、師匠!」
「任せろ!」
カーリナの槍が正面のブルーオーガを牽制し、ボニーが右側から剣を叩き込む。
レオノールは二人の間を抜ける魔物へ狙いを定め、
クロスボウの引き金を引いた。
弦音とともに放たれた矢が、左側のブルーオーガの腿へ突き刺さる。
動きが鈍ったところへワンドを向けた。
「アクア・スパエラ!」
水球がブルーオーガの胸元で弾ける。
巨体が後ろへよろめいたが、倒れるには至らない。
その横から、火球が飛んできた。
リーザの放った火球がブルーオーガの肩に当たり、身体がさらに傾く。
そこへレオノールが二本目の矢を放ち、喉元を射抜くと、黒い霧が立ち上がる。
残る二体も、カーリナとボニーが正面を押さえている間に、
自分とリーザが後方から魔法を重ねて倒した。
「初めてにしては、悪くなかったな」
「ボニーさんが入ると、ボクも動きやすいです」
「ウチも同じだ。カーリナが正面を受けてくれるなら、横から入りやすい」
二人の前衛は、昨日よりも互いの動きを意識できているようだ。
まだ細かな呼吸までは合っていないが、
片方が攻撃を受ければ、もう片方が横へ回り込む形はできている。
後衛も同じだ。
自分が水魔法を放ち、リーザが続けて火球を重ねる。
レオノールは前衛の隙間を見ながら、動きの止まった魔物を狙う。
三人の時にはなかった厚みが出てきたようだ。
「ヒデキさん、少しよろしいですか?」
ブルーオーガのドロップをレオノールが回収している様子を眺めていると、
リーザが声をかけてきた。
「はい、何でしょう?」
「先ほどの水魔法についてですけれど」
魔力の扱いについて助言できると言っていたが、
具体的に何を指摘されるのかは気になっていた。
「何かおかしなところがありましたか?」
「おかしいというほどではありませんわ。
ただ、魔力をワンドの先へ集めてから、押し出すように放っていますわね」
「ええ、そうしています」
水を作り、それを相手へぶつける。
これまで、その感覚で魔法を使ってきた。
「その方法ですと、ワンドの先で一度流れが止まってしまいますわ」
リーザが自分の杖を持ち上げる。
「ワンドを、単なる道具として考えるのではなく、
ご自身の腕の続きとして意識してみてください」
「腕の続き……ですか……?」
「身体の中の魔力をワンドへ移すのではなく、
最初から一つにつながっていると考えるとよろしいですわ」
言いたいことは、なんとなくだが分かる。
分かる気がするのだが、説明だけ聞くと少し怪しげな修行にも思える。
身体とワンドは一つ。
空気中の魔力とも一体になる。
このまま続けば、最後には自然へ感謝するよう言われそうである。
しまいには、お金を燻製にすると言い出すのではないだろうか?
「師匠、眉間にしわが寄ってます」
「んー、理解しようとしているところなんだよ」
「ヒデキさん、そんなに考えすぎなくてよろしいと思いますわ」
リーザが小さく首を傾ける。
「水を作るのではなく、すでに水はそこにありますの。
そこにある水の流れを形にするようにしてみてください」
存在しない水が、そこに存在するだと?
そのうち、全身白装束の着用を強要し、
有害なスカラー電磁波を防ぐのだと言い出すんじゃないか?
しかし、魔法というもの自体が、理屈だけで使えるものではないのだろう。
何せ、非科学の極みなのだから。
言われたとおり、ワンドを腕の一部として意識してみる。
身体の内側からワンドの先まで、最初から一本の流れが通った……
ような……感覚が……いや、実のところよくわからん。
しかし、リーザが言う『魔力を通す』という感覚が、
属性に関係ないとすれば、土魔法も発動できるかもしれない。
あの情けない、豆粒ほどの小さな土くれ、それもすぐ落ちてしまう。
魔力を通せれば、せめて拳ぐらいの大きさの塊を常に生み出せるかもしれない。
ステータス画面を開いたところ、魔法使いのジョブLvが上がっていた。
おお、Lv16か、さっそく良い兆候ではないか。
と言っても、最近ステータス画面を確認していなかったもので、
本当に上がって16なのかが定かではないが。
さてさて、土魔法はどんな感じになっているかな……
土魔法の欄に変化はなかった。
その代わりに、中級水魔法の欄に表示されていた灰色が消えている。
アクア・ラミナ
アクア・カウェア
あれ? なんか、中級魔法が使えるようになっているぞ。
リーザの助言がきっかけなのか、それともジョブLvが上がった影響なのか?
いずれにせよ、使えるようになったのなら試してみるしかない。
少し進んだ先で、三体のブルーオーガが現れた。
「新しい魔法を試します。カーリナとボニーさんは、左右へ広がってください」
「はい!」
「分かった!」
二人が通路の端へ散ると、ブルーオーガたちがこちらへ向かってきた。
身体の続きだと意識しながら、ワンドを横へ振る。
「アクア・ラミナ!」
薄く伸びた三枚の水刃が、ブルーオーガへ向かって飛ぶ。
水弾よりも幅が広く、水球よりも速い。
青い身体を斜めに斬り付けると、三体の動きが同時に止まった。
髭剃りと同じく、三枚刃の切れ味はなかなかのようだ。
「すごい、全部に当たった!」
振り返ると、レオノールが兎耳を真っ直ぐ立てていた。
一体ごとの威力はアクア・スパエラほどではない。
それでも、複数の相手を同時に攻撃できるのは大きい。
カーリナとボニーが傷を負った二体へ飛び込み、
残る一体をレオノールとリーザが後方から攻撃する。
短い戦闘で三体を倒しきった。
次は、もう一つを試してみるか。
アクア・カウェア……魔法名だけでは、効果はチンプンカンプンだ。
次に現れた三体へワンドを向ける。
「アクア・カウェア!」
石床から複数の水柱が立ち上がると、
水柱はブルーオーガを囲み、天井近くまで伸びて檻を作る。
ブルーオーガが棍棒を振り回すたびに水が弾けるが、
崩れた部分はすぐに流れ込んだ水で塞がった。
檻の外へ簡単には出られないようだ。
攻撃ではなく足止めの魔法だったか。
「カーリナ、右側から!」
「はい、師匠!」
カーリナの槍が水柱の隙間を抜け、オーガの胸を貫く。
反対側からボニーの剣が入り、もう一体の脚を切りつけた。
レオノールの矢とリーザの魔法も続き、三体が黒い霧へ変わった。
「ヒデキ、最初のは、オーガプリンセスにも使えるんじゃねえか?」
ボニーの言う通り、水の刃ならオーガプリンセスへの攻撃に使えるだろう。
水の檻の方は、外へ出るのを防げても、直接の攻撃にはならないな。
***
11階層奥へ進むと、重い足音が通路の向こうから響いてきた。
現れたのは、二本の刀を持つ黒いオーガ。
通常のオーガよりも一回り大きく、左右の刀を低く構えている。
Aランク魔物、オーガキングだ。
奴には苦い思い出しかない。
こちらに気づいていないようなので、ここは触らぬ神に祟りなし。
戦えば、明日の前に消耗してしまうだろう。
それに、今日の目的は五人での連携確認なのだから、
オーガキングの討伐はまた別の機会ということで……
そんな機会は設けるつもりは、さらさらないのだが。
「皆さん、目的はオーガプリンセスです。
ここは無理に戦わず、避けて進みましょう」
「いや、今のうちに倒した方がいい」
ボニーが剣を抜いた。
「昨日みたいに、オーガプリンセスと戦ってる時、
こいつが出てきたら面倒だろ」
この辺鄙な小迷宮では、他の冒険者が倒してくれる可能性はまずない。
それに、明日の戦闘中に現れないとも限らない。
目の前の脅威をみすみす放置するわけにはいかないか。
「わかりました。カーリナとボニーさんは、左右から前へ。
レオノールちゃんは刀を持つ腕を狙ってくれ」
「うん!」
「リーザさんはレオノールちゃんの援護をお願いします」
「承知しましたわ」
オーガキングが二本の刀を振り上げる。
カーリナとボニーが左右へ散り、刀の軌道を分けると、
二人とも寸でのところで刀を避ける。
あの一撃は、先ほどまでのオーガとは比べものにならない。
ただ、大振りの後には次の一撃まで間ができる。
次の一撃までに全員で畳みかければ、倒せるかもしれない。
「アクア・ラミナ!」
水の刃がオーガキングの体を斬り付ける。
レオノールの矢が右腕へ突き刺さる。
リーザの火球が左肩で弾け、二本の刀がわずかに下がった。
「カーリナ!」
「はい!」
カーリナが槍を腹部へ突き込むと同時に、
ボニーが膝裏へ剣を叩き込み、オーガキングの巨体が傾いた。
ワンドを振り抜く。
「アクア・ラミナ!」
水の刃が首元を横切ると、
刀を振り上げようとしたオーガキングの身体はそのまま黒い霧へ変わった。
「倒せた……」
リーザが小さく息を吐く。
「五人なら、Aランクも何とかなりそうだな」
ボニーが振り返りながら剣を鞘へ戻した。
何とかなったのは確かだ。
ただし、明日の相手はその上のSランクである。
オーガキングを倒せたからといって、
オーガプリンセスにも同じように勝てるとは限らない。
まして、その相手と何度も戦おうというのだ、楽な戦いではないだろう。
それでも、五人での戦い方は見えてきた。
二人の前衛に、後衛が三人。
明日へ向けた準備は、少しずつ整っている。




