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勇者、糖質制限を迫られる

二度目の召喚は、龍満楼で餃子を待っている間に起きた。


まだ皿も来ていないのに、テーブルの醤油差しの影が妙に光った。瞬きしたら、見覚えのある石造りの天井だった。


「勇者様、お久しぶりです」


エルマーが頭を下げた。前より少し背が伸びている。こっちではあれから一年経っているらしい。今回呼ばれた理由は、戦いではなく再検査だと言われた。前の召喚のとき、祝勝会の途中で神官長に指を刺された記憶がうっすらある。あれが健康診断だったらしい。


神殿の奥で、また神官長に水晶へ指先を押し当てられた。チクッとした。

翌朝、神官長は羊皮紙を一枚持って現れた。顔色が悪かった。

体力も魔力もSSSで、その下に一行だけ見慣れない欄があった。血糖値、神域。


「神域って何ですか」


「数値が測定範囲を超えまして。昨夜、天界で会議が開かれたそうです」


会社の再検査なら、医者が首をかしげて「経過観察にしましょう」と言って終わりだ。毎年それで終わっている。こっちでは、神様が会議を開くらしい。


その夜、宿の窓が勝手に開いて、天井のあたりから声が降ってきた。年配の男の声で、少し疲れているように聞こえた。


『勇者よ。今日より、米と麦を口にすることを禁ずる』


「麦って、パンも麺もですか」


『全部だ』


「餃子の皮は」


『あれも麦だ』


「とんかつの衣は」


『それも麦だ』


「魔王の衣は」


『それは米だ』


え……そうなの? 米粉だったのか、あれ。どうりでネバつくと思った。


言い返す言葉を探したが、神様相手に営業トークは通じそうになかった。異世界に糖質制限なんて概念を持ち込まないでほしかった。肉と卵と野菜とチーズなら好きなだけ食べてよいと、妙に具体的な献立を言い残して、声は消えた。窓は開いたままだった。


翌朝の食卓には、厚切りのドラゴンベーコンと、グリフォンの卵のオムレツが並んだ。パンかごは空だった。宿のおかみさんが、神殿から通達が来ていると申し訳なさそうに言った。


ベーコンは確かにうまかった。ただ、三口目あたりで手が止まった。白いものが恋しい。体の奥から力が抜けていく気がして、これは戦えないかもしれないと思った。


昼過ぎ、目の前にまた半透明の板が出た。【無限満腹】の文字が一度消えて、【脂質変換炉】に書き換わる。糖の代わりに、脂と肉から魔力を作れるようになったらしい。


「……進化しないで……」


試しに裏庭で薪を殴ってみたら、薪割り台ごと割れた。前より強い。願いは届かなかった。


食事以上に困ったのは、敵のほうだった。


勇者が米を断たれたという噂は、三日で魔王軍の残党に伝わったらしい。次に街道に現れたのは、焼きたてのパンでできたゴーレムだった。後ろには太いうどんの束がうねるスライムと、砂糖細工の羽を生やした小悪魔が続いていた。どれもいい匂いがした。


「勇者様、食べたら負けです!」


エルマーが叫んだ。言われなくてもわかっている。わかっているけれど、パンゴーレムが一歩近づくたびに、焦げ目からバターの匂いが流れてくる。


落ち着こうと深呼吸したのが失敗だった。肺いっぱいにパンの匂いが入ってきて、膝が少し震えた。


結局、一口も食べなかった。匂いを嗅ぎながら殴り、うどんを踏まないように避け、砂糖菓子は目をつぶって払い落とした。戦闘のあと板を見ると【誘惑耐性】というスキルが増えていて、横に小さく(中年)と注記がついていた。いらない。


魔王と戦ったときより、よほど疲れた。


数日後、神官長を間に立てて神様との話し合いが持たれた。今まで仕事でもやったことがないほど粘った交渉の末、普段は控えめにする代わりに、月に一日だけ好きなものを食べていい日をもらえることになった。今度は俺が、異世界にチートデーを持ち込んでしまった。


その日の朝、宿の食卓には白米が山のように盛られていた。おかみさんがどこからか取り寄せてくれたらしい。


手を合わせて、一口目を噛んだ。甘かった。


エルマーが何か言いかけて、黙って水を差し出してくれた。俺は泣いていた。気がついたら、二杯目をよそっていた。

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