↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

異世界転生、条件:満腹

龍満楼のチャーハンは、大盛りを頼むとなぜか赤いどんぶりで出てくる。その日も仕事帰りに暖簾をくぐって、カウンターの端でレンゲを動かしていた。七割ほど食べたあたりで手が止まった。正直、もう入らない。でも店主のおばちゃんが厨房からこっちを見ている気がして、残す勇気が出なかった。


意地で底までさらったら、どんぶりの底が光った。


油が照明を反射したんだろうと思って顔を上げると、石造りの天井があった。


「勇者様! 勇者様が召喚されました!」


白いローブの女の子が、俺の顔を見るなり叫んだ。周りでは鎧を着た男たちが拍手している。ネットで百回は読んだ導入だ。俺はレンゲを握ったままだった。




目の前に半透明の板が浮かんで、文字が並んだ。【無限満腹】。腹が減らなくなり、食べた量に応じて能力が上がるらしい。その下に【胃袋拡張EX】、【満腹オーラ】と続いて、スクロールしても終わらない。食べ物関係のスキルしかなく、剣や魔法の項目は一つも見当たらなかった。


さっきまで苦しかった腹は、きれいに楽になっていた。それだけは助かった。


最初の実戦は、王都の外れの森でのゴブリン退治だった。同行した剣士のエルマーは十九歳で、出発してからずっと剣の柄を握りしめていた。茂みが揺れて緑色の小鬼が六、七匹飛び出してきたとき、俺は支給された干し肉を袋から出して噛んだ。他にやれることがなかった。


「え、いま食べます?」


エルマーの声が裏返った。言い返そうとした瞬間、腹の底から何かが膨らんで、俺を中心に生ぬるい風が広がった。焼肉屋を出た直後みたいな匂いがした。ゴブリンたちは棍棒を落とし、腹をさすりながらその場に座り込んだ。一匹は横になって目を閉じた。満腹オーラとは、敵を満腹にして戦う気をなくさせるものらしかった。


「何をしたんですか」


「……間食」


エルマーはしばらく黙っていたが、やがて剣を鞘に戻した。


それからの旅は、ほとんど食事の記録だった。魔獣の丸焼きを半分食べた日は矢が刺さらなかったし、ドラゴンのステーキを食べた翌朝には前の晩の切り傷がふさがっていた。魔王城には正門から入らず、裏の搬入口から厨房に入って、仕込み中のシチューを鍋ごと平らげた。夕飯がないと知った城の兵士は、その夜のうちに半分ほどいなくなった。


玉座の間の魔王は、思っていたより痩せていた。


「勇者よ。貴様の力の源は何だ」


少し考えて、正直に答えた。


「荒川区の町中華と、出されたものを残せない性格です」


魔王は眉間にしわを寄せ、何か言い返そうとして、結局何も言わなかった。勝負はそのあと十分ほどでついた。向こうは朝から何も食べていなかったらしい。


気がつくと、龍満楼のカウンターに座っていた。

どんぶりは空で、レンゲが中に転がっている。壁の時計は七時十二分で、店に入ってから二十分も経っていなかった。


「お兄さん、よく食べたねえ」

おばちゃんが水を注ぎ足しながら言った。


「次も大盛りでいい? サービスするよ」


いや、次は普通で、と言いかけてやめた。腹はまだ、少しも苦しくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。