帰れなくなっちゃった!?
時間帯のせいか日にちのせいか市は以前と異なり閑散としていて人通りもまばらだった。
目当ての人に会うのは難しそうだ。市の端まで行ってダメなら屋敷に帰ろうと思いながら歩いていると。
「おう!太助じゃねぇか!」
と、背後から背中を小突かれる。振り返るとひょろっとした少年が立っていた。
「小次郎君!!良かった!会いたかったんだ!」
少年は以前助けてくれた日本刀を背負った少年、小次郎であった。俺はどうしても彼に礼が言いたくてここに来たのだ。
「クンって何だい?コジロウでいいよ!」
小次郎はまた照れくさそうに「へへへ…」と笑う。
「そうかい、じゃあ小次郎。これ、この間のお礼!」
俺はジャケットのポケットに入れていた板チョコを小次郎に差し出す。
「んん?なんだい?これ」
小次郎はそれを受け取るとしげしげと観察して匂いを嗅いだりしている。
「食べ物さ。とっても甘くて美味しいよ。それだけはポケットに入れていたから無事だったんだよ。よかった、君に渡せて」
「ん?太助の言うことはよくわからないけど…まぁ食いもんってことならありがたく貰っておくよ」
小次郎はチョコレートを懐に仕舞う。
…チョコレートは温めると溶けちゃうんだけど面倒だから放っておこう。
「小次郎はこの辺に住んでるの?」
俺は何の気無しに聞いてみる。
「いんや。おいらは武者修行中でね!いろんなところ周ってるのさ!」
小次郎はあっけらかんと言う。
…武者修行って本当にいるんだな。
「そろそろ近江も飽きたからなぁ。どこか違うところに行こうかな。…そうだ、太助、どっかいいとこ知らないか?」
…そんな適当に行き先って決めるもんなのか?
「あぁ…最近行った仙台はよかったなぁ。食べ物も美味しいし」
俺は研修で行った仙台を思い出して言う。
…牛タン。寿司。笹かまぼこ。美味しかったなぁ。
「センダイ?どこだいそりゃ?」
…あ。そうか。この時代だと仙台ってまだあんまり有名じゃないのか?わからん…とりあえず東北…東北…?もあるのか?
「えっと…陸奥?かな陸奥の国」
俺は知ったかぶって言ってみる。
「おぉ!陸奥か!これから暑くなってくるしそっちの方も良いかもな!よし!次は陸奥に行ってみよう!」
小次郎は楽しそうに笑うと道を走り出す。
…えっ!?もしかしてこれから出発するの?
「じゃあな!太助!また会おう!」
小次郎は走りながら振り返ると大きく手を降る。俺は小次郎の背中が見えなくなるまで手を振って、その後ふと街道に立つ立札に気付く。
大坂⇦ ⇨岐阜
小次郎は大坂に向かって走り出していた。
…大丈夫かな。小次郎…。
屋敷に戻る。屋敷内はすっかり落ち着きを取り戻していた。ワンピース姿のひかるさんが俺を待っていた。
「太助様。父上のこと、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げるひかるさん。
「治部少輔様のお元気な顔も見られて安心しました。もう、戻りましょう」
ひかるさんは顔をあげるとすっきりとした表情で言った。
「もういいんですか?大丈夫?」
「はい!もう十分です!暗くなるうちに帰りましょう!」
ひかるさんは本当に思い残しがないようで、明るくはっきりと言った。
今回は誰も見送りに来ない。もしかしたらひかるさんは帰ることを誰にも告げずに出てきたのかもしれない。
ひかるさんは振り返ることなく歩き出す。俺はそれに付いて歩く。ひかるさんの歩く速度がどんどん早くなっている。
…どうしたんだろう。何かから逃げるように…いや…断ち切るように?
俺は必死になってひかるさんを追いかけながらなんだか胸がザワザワした。
「あれ?」
トンネルのところまで戻ってきたところでひかるさんが呟く。
辺りをうろうろするひかるさん。
…何だか嫌な予感がする。
「太助様…申し訳ありません…」
…嫌だ…聞きたくない…。
「洞窟が…」
…絶対無理。ホント無理。
「見当たりません」
…あぁあぁぁぁ!
「本当ですか?場所間違えてるとか…」
俺は一縷の望みをかけて言う。
「いえ…ここで間違いありません。目印に布を木に巻き付けておいたので…」
言われてみると確かに木の根本に目立たないように黄色い布が巻き付けられている。
「いや…マジですか?」
…あれ?俺の人生終わっちゃった??
ひかるさんは明らかに落ち込んでいる。本来なら俺が慰めるべきなんだろうけど俺もそれどころじゃない。
…帰れないのは厳しいって…。どうしよう。あ、会社に連絡しないと。何て言おうか?
「申し訳ございません。今、戦国時代に居まして…はい。はい…。そうです。いえ、どちらかと言うと安土桃山の…はい。あぁ!そうですそうです!まさに!関ヶ原とか…はい。そうです。ちょっと出社は難しそうで。」
…って感じかな?うん!よし。現実逃避は完了と。
2人してトンネルがあった筈のところでへたり込んでいると唐突に辺りに女の子の金切り声が響く。
「あー!!ちょっと!何やってんのよ!?」
そこには17歳くらいの女の子が立っていた。
…え?セーラー服!?




