知ったかぶり医療
トンネルを抜けるとそこには前と同じ田園風景が広がっている。
…本当にここは1599年の日本なんだな…なんだか簡単に行き来できて不思議な感じだ。
ひかるさんの実家に向けて歩いていると少し大きな地震が起こる。歩いていても揺れを感じるくらいだからまぁまぁの震度だろう。
「最近多いみたいです。弟も言っていました。4年前も大きな地震がありました。何も無いと良いのですが…」
ひかるさんは心配そうに辺りを見渡す。揺れもおさまったので再び歩き出すと道の脇に人だかりができている。
「殿!殿ー!しっかりなされませ!殿ー!」
男の叫び声が聞こえる。
それを聞いたひかるさんが走り出す。俺は慌ててそれを追う。
近付いてみると誰か倒れている…それに縋り付いているのは…
「じい!?じい!何があったの!?えっ!?父上!?」
ひかるさんは倒れている人に近付いて顔を覗き込む。俺もひかるさんの肩越しに覗き込んだ。
…あ。熊男と老人だ。
そう。ひかるさんの父親である熊男が仰向けに倒れている。側にひかえる老人は狼狽して熊男を揺すっている。
近くには絵に描いたような村人が呆然とへたり込んでいる。その村人に12、3歳の娘が寄り添っている。熊男と村人の間には一抱えもありそうな大きな岩が落ちていた。
「あ…あっしが落ちてきた岩に潰されそうになったときに、この旦那が庇ってくれたんです。けど旦那が胸に岩を受けて…あぁ…申し訳ねぇ」
村人が俺達に状況を説明してくれる。
…なるほど。さっきの地震で落石が起きたんだな。たまたま居合わせた熊男が巻き込まれたと。
「父上!しっかりしてください!父上!」
ひかるさんが必死に呼びかけるが熊男は返事をしない。その顔色は蒼白で唇も真青になっている。
「チアノーゼか…マズイな…」
俺は医療ドラマで培った知識を披露して悦に入る。
「太助様!どうにか…どうにかなりませんか!?」
ひかるさんは俺を涙目で振り返る。
俺はカッコつけて熊男の頭の横に腰を降ろす。胸の動きを見る。
…呼吸をしようとしているが胸が上下しない。肺に空気が入っていってないな…ということはおそらく気胸か血胸…。
そんなことをしている間にも熊男の顔色はどんどん悪くなっていく。
「助けて…お願いします…」
ひかるさんが俺の腕にしがみついてくる。
…いや、無理だろ。テレビで見ただけで何の勉強もしてない俺がそんな…人を助けるだなんて。無理無理無理無理!絶対無理!…でも…。
俺はちらっとひかるさんを見る。ひかるさんは美しい顔を歪ませて俺を見つめて来る。熊男の顔色はもう死人のようだ。
「もう。どうなっても知りませんからね!」
俺は胸ポケットに入っているボールペンを取り出すと後のキャップを外して芯を抜く。再度後ろのキャップを閉めるとそのまま芯の無いボールペンを熊男の右胸に突き刺……刺さらない。当たり前だ。テレビドラマのようにはいかない。
「くっ…!」
俺はもう一度勢いをつけて突き刺そうとするが上手く入らない。
「これをここに刺せばいいんですか?」
見かねたひかるさんが俺の手からボールペンを奪い取る。
『ザクッ』
ひかるさんは俺が頷くのと同時に思い切りボールペンを熊男の右胸に突き刺した。
ボールペンの前端が熊男の胸に入り込んでいる。
「よし!」
俺はすぐにボールペンの後ろのキャップを取り外す。
『ふしゅーーーーー』
ボールペンのプラスチックの筒が少し曇り空気の抜ける音がする。
ドラマで見てた通りだ。…血胸じゃなくてよかった。血苦手なんだよな。
「おぉ!殿のお顔の色が」
老人が大きな声を上げる。見ると熊男の紫色だった唇が赤みを取り戻していき顔色もそれに釣られて赤みを取り戻す。
「む…ひかるか…」
熊男が目を覚ました。どうやら上手く行ったようだ。
「こんなこと現代でやったらただの犯罪行為だし、熊男みたいに身体が大きく頑丈な人だからこの後の細菌感染等もどうにか乗り越えるだろうけど、絶対に、絶対に!真似してはいけませんよ。同じ状況になったら心臓マッサージを継続しながら救急車を呼びましょう」
俺が誰に向けてかわからない注意喚起をしている間にひかるさんは熊男に抱きつく。
「父上!良かった!!」
その後歩いて帰ろうとする熊男を全員で必死に止める。老人が呼んできた家来達に戸板に載せられ熊男は屋敷まで運びこまれた。
村人と娘は屋敷まで来て何度も礼を言って帰って行った。
「はい。強い焼酎とかありますか?はい。それで良いです。あ、そうですね。刀傷と一緒です。はい」
ひかるさんのお母さんに手当ての仕方を説明するが、この時代の人の方がよっぽど傷への対処法を知っていて出る幕がなかった。
「はぁー。ヤレヤレ疲れた」
屋敷の庭にへたり込むと目の前に柄杓が差し出される。目線をあげるとそこには老人がむっつりとした顔で立っていた。
「殿のこと。助かった。礼を言う」
ぶっきらぼうにいう老人から柄杓を受け取るとそれを一気に飲み干す。
…美味い!この時代は水も美味いなぁ。
「いえ。実際にやったのはひかるさんですから」
…本当にそうだ。ひかるさんの勇気と行動力には頭が下がる。
「左近!左近!大事ないか!?」
突然門の外から走り込んで来たのは身なりのいい侍だった。色白の顔はキリリとしていわゆるイケメンという部類に入るだろう。随分と慌てている。
「治部少輔様!?」
老人が素っ頓狂な声を上げて慌てて平伏する。
…治部少輔だと!?ではこれが石田三成!?確かこの頃40前後のはずだが…随分と若く見える。
「よい!よい!よいから!左近は無事か!?大怪我をしたと聞いた!」
三成さんは老人の肩に掴みかからんばかりの勢いで問い詰める。
「これは!治部少輔様!わざわざのお越し痛み入ります」
後ろからひかるさんの声がする。ひかるさんは和服に着替えて丁寧にお辞儀をしていた。
「おお!ひかるか!久しいな!無事だったそうで何よりじゃ!…ところで、お父上は?」
三成さんはひかるさんの様子を見て少し落ち着いたようで先ほどより幾分か冷静に問いかける。
「はい。命に別条はありません。ご案内いたします。どうぞこちらへ…」
ひかるに案内されて三成さんは屋敷の中に入って行った。
…あー。びっくりした。びっくりしすぎて棒立ちしちゃったよ。いきなり石田三成と会っちゃうなんて。意外とイケメンで優しそうだったな。家臣の怪我であんなに慌てちゃって。もしかして三成さんていい奴なのかな?小説とかだとすげぇ嫌な奴で描かれてたけど…。
老人は片付けやらなんやらで忙しいらしい。俺が何か手伝うと言うと「邪魔だからどっか行ってろ」と言われた。
…それならば仕方ない、市に行くことにしよう。会いたい人がいるのだ。




