第41小説目 ♫ 練習曲エリーゼ
クロウリーが萎縮したような声で呟く。
『エリーゼ・クラヴィア』。
国際オーケストラ音楽学院の名高いピアノ教授にして、厳格な指導で知られる人物。
セピアカラーの髪には幾筋か白髪が混じっている。きっちりと束ねられたその姿には、隙がない。
白い磨り硝子ような質感の肌には、目元や口元には年齢相応の皺が刻まれているものの、それすらも上品な陰影となり、彼女の表情に深みを与えていた。
黒色の長袖のドレスは首元すら露出を許さず、厳格な印象を与えた。
そしてきつく締め上げられたコルセットは彼女の腰をさらに細く見せ、スカートは丸く優雅に広がり、ドレスとしての完璧なシルエットを保っていた。
その端正な顔に浮かぶのは、冷ややかで毅然とした眼差し。
彼女の佇まいには、年齢を重ねた女性特有の落ち着きと、洗練された気品があった。
ユーリが圧倒されている間にも、エリーゼの視線はクロウリーに据えられたままだった。
彼女の声は低く、静かで、しかしそれだけで空気が張り詰めるような存在感があった。
「強弱記号すら守れないなんて。
四年前、貴方の卒業証書に印を押したのは間違いだったのでしょうか、クロウリー。」
クロウリーの肩が、ピクリと震えた。
彼はは成人男性としては決して小柄でないはずだが、今は猫背になり、すっかり小さくなっている。
二人が並んだ姿は、高いヒールを履いたエリーゼの方が大きく見えるほどだ。
ユーリは、目の前で縮こまる王子を見て混乱した。
彼がこんなにも分かりやすく怯える姿を見せるなんて__。
するとエリーゼの視線は、隣に座るユーリに向けられた。
クロウリーは相変わらず沈黙している。
彼が何も言わないせいで、ユーリはますます焦り、咄嗟に立ち上がった。
(何か言わなくちゃ…!)
「初めまして、ユーリ・ブランシュソルシエールと申します。
講義中お騒がせして申し訳ありませんでした。
エリーゼ先生にお願いがあり、クロウリー様とオカリナ王国から参りました。」
そして少々勢いが良すぎるお辞儀をした。
背筋の凍るような静寂。
その間ほんの数秒だったはずだが、ユーリにはまるで永遠のように感じられた。
やがてエリーゼは口を開いた。
「規律を守ることは音楽の基礎中の基礎。
その点で言えば、彼女は貴方よりも見込みがあるようだけれど。」
「えっと…。」
ちょうどその時ホールのドアが開き、中から制服姿の生徒たちがぞろぞろと出てきた。
チャイムは鳴らないものの、どうやら講義は終わる時間だったようだ。
「まあ良いでしょう。話は研究室で。」
そう言うと彼女は踵を返し、二人をホールの中へと案内した。
つづく




