第35小節目 ♫ オクターブと田舎者
船がグランドピアノ州の港に到着すると、ユーリは初めて目にする景色に息を呑んだ。
「わぁ…。すごいですね。」
その呟きにクロウリーも軽く頷く。
目の前に広がる街並みは、どこまでも整然としていた。
白黒が基調の建物は直線的で、どれも寸分の狂いもなく揃っていた。
「学院を出てから来ていなかったけど、相変わらずきっちりしているなぁ。」
クロウリーが辺りを見渡し、関心しているのかしていないのか、声を漏らす。
港の先の道路には、黒く滑らかなアスファルトに、白い線で鍵盤模様の横断歩道が敷かれていた。
近年この国で『音気自動車』が開発されたことに合わせ、作られたものだ。
信号のランプが青に光ると、街中に『ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド』の軽やかな音階が響き渡った。
この音が流れている間だけ渡って良いきまりだ。
「この音、信号なんですね。」
ユーリは興味深そうに音を聴いている。
「面白いだろう?ああ、この音を聴くと胃が痛くなってくる。
…学院の持久走テストの時の音に似てるからか?」
彼らは横断歩道まで歩いていき、再び信号が変わるのを待った。
「ちなみに、赤信号の時に渡ってしまうと…。」
クロウリーが言いかけたその時、ユーリの肩に止まっていた右のバッツが信号の仕組みが分からず、浮かれてふらふらと飛んでいった。
すると、あたりに甲高い不協和音が鳴り響いた。
「ギィーーーッ!」
不意に鳴り響く不快な音に、バッツは羽を空中でばたつかせて、驚いたように宙返りした。
そしてユーリの肩へと戻ったバッツは、まるで「今のは何だ!?」と言いたげに震えながらクロウリーを睨んだ。
「ははっ、赤なのに信号を渡ろうとした罰だね。」
「すみません、バッツは田舎者なので…。」
やがて話しているうちに、信号は再び青を灯した。
横を歩く人々は誰もがきちんとした身なりで、背筋を伸ばして歩いていた。
すれ違う人たちは、互いに軽く会釈しながら通っていき、その動きは無駄がなかった。
「随分と規律が行き届いているんですね。」
ユーリの言葉に、クロウリーは前を向いて言った。
「そう。ここがピアノ合衆国の”規律の州”、グランドピアノ州だ。」
二人は横断歩道に描かれた鍵盤を、リズムよく踏み鳴らしながら歩いていった。
つづく




