第32小節目 ♫ 船上の攻防【第I楽章 最終回】
「兄ちゃん、本当にすごい腕前だよな!」
陽気な乗客の男がクロウリーの肩を叩きながら言った。
オカリナ王国の港を出てから一日。船のデッキには心地よい潮風が吹いていた。
クロウリーは顔をマントで隠しつつ、デュエットの後に親しくなった乗客の男たちとの会話を楽しんでいた。
「ありがとう。まあね。」
クロウリーは余裕を装った笑みを浮かべる。
だがその一方で、自分が王子だとバレないように内心は警戒心でいっぱいだった。
「いやぁ、ソプラニーノオカリナの天才といえば…。そう、ミケル王子みたいだな!」
男が指を鳴らして言うと、連れの男も頷いた。
「たしかにな!あとそのオカリナ、あの王子の持ってるのと瓜二つじゃないか?」ソプラニーノオカリナを持つクロウリーの左手が僅かに震えた。
瓜二つも何も、そのクリスタルのオカリナは弟の使っていたそれである。
焦りを悟られないように、クロウリーはまたニッコリと人好きのする笑みを作る。
「はは…。実はボク、ミケル王子のファンでね。似たデザインのオカリナを手に入れたんだ。」
「なるほど、ファンってわけか!」
男たちは納得した様子だったが、次の言葉にさすがのクロウリーも心臓が飛び跳ねた。
「いやでもあんたの演奏、どちらかと言うと昔のクロウリー王子にそっくりかもしれん。」
「そう言われればそうだ!
知っているか兄ちゃん。クロウリー王子ってのは少年の頃、テノールじゃなくてソプラニーノを吹いていたんだぜ?それで、神童って呼ばれてた!」
当の本人である彼は、何とか平静を保ち、愛想笑いを続ける。
「そ、そう?そんなことないと思うけど…。」
だが男たちは止まらない。
「本当似てるんだよ。あの自由奔放な演奏スタイル!」
「ミケル王子は楽譜に忠実でいかなる時も完璧!
対してクロウリー王子は楽譜通りに吹いているのをこれまで聴いたことがない、毎回予測不能の即興演奏だもんな!」
さらに男はクロウリーにずい、と近寄ると、今度はまじまじと顔を見はじめた。
「それに目とかも似てるよな。緑色の瞳で三白眼…。」
クロウリーはさすがに焦った様子で、咄嗟にマントを深く被り顔を伏せた。
「おっと、気を悪くしたらすまない。似てるって言われても、あんなことがあったからな…。」
男たちは、クロウリーの転落事故や噂を知っているようだった。
やはりフルート皇国の刺客が流した噂は広まってしまっているのか。クロウリーは思った。
「だがよ、俺はクロウリー王子が死んだなんて思っちゃいない。
あの王子がそう簡単にくたばるもんか。」
「俺もそう思う。それに、国家転覆を企てていたなんてのは嘘だ。
都じゃ噂はみんな知ってるだろうが、それを信じて騒いでる奴なんてごく僅かなんじゃないか?」
「クロウリー王子がそんなことするわけないからな!」
それを聞いてクロウリーは、マントの下で思わず口元を緩めた。
自分を信じてくれる人は思いのほかいるのかもしれない。男たちの言葉が、彼を励ましてくれた。
男たちは気を取り直したように言った。
「何はともあれ、あんたみたいな若者がこれからのオカリナ国を支えるんだ。頑張れよ!」
クロウリーはぎこちなく礼を言い、去っていく男たちを見送った。
「…というわけで、危なかったんだよ。」
ユーリたちがいる客室に戻り、被っていたマントを取るなりクロウリーは先ほどのことを話した。
「キィキィ!」
左の気難しい方のバッツが彼の肩に乗ってきて、何かを訴えた。
「王子ってばれたらどうするつもりだったんだ、だって?ちゃんと誤魔化しただろう?」
「本当にギリギリでしたね…。
でも国には思ったよりも味方がいそうで、そこは安心しました。」
ユーリは苦笑いで言った。
「それと、このオカリナは弟のミケル王子のものだったんですね。」
そしてふと気になったように、ユーリは話を変えた。
「うん。これは元々ボクが子どもの頃に使ってたものだけど、ミケルに譲ってね。
その時からテノールを吹くことにしたんだ。
まあ、あの時塔からこの子も落ちてきちゃって、また一緒にいるわけなんだけどね。」
クロウリーは懐かしそうに微笑みながら、手元のソプラニーノオカリナを見つめた。
「そうなん、ですね。」
ユーリの言葉にはどこか思いが込められていたが、クロウリーはそれに気づかなかった。
彼女は丸い窓から差し込む夕陽が水平線に吸い込まれていくのを眺めながら、小さく呟いた。
「まさか、ね。」
【第I楽章 オカリナ王国〜自由と優しさ〜 完】
第II楽章へ続く
次回、第II楽章スタート!
オカリナ王国を出たクロウリーとユーリ。
訪れたのは、幾多の州により成り立つ巨大な国、ピアノ合衆国。
そこにはかつてのクロウリーの母校と恩師がおり…。
自由を求める冒険の旅が始まります!




