第31小節目 ♫ ひとりぼっちのソプラニーノ
「この下手糞が!!」
ガシャーン!
重々しい音が、オカリナ王城の音楽室に響き渡った。
ミケルの手から投げつけられた土のテノールオカリナが大理石の床に叩きつけられ、粉々に砕け散った音だった。
クロウリーがいない。
それだけで、弟の彼の周囲から全ての色が失われたように感じられた。
ユーリとクロウリーが船で旅立った数日後。
そのころのオカリナ王国では、第二王子であったミケルが新たな王位継承者となった。
しかし彼の心はただ、「兄の不在」に支配されていた。
ミケルは兄の転落事故の真相を言い出さないまま、次期国王として様々な公務に追われていた。
そして彼は自身の新たな伴奏者として、クロウリーの代わりに国中の優れたテノールオカリナ奏者たちを呼び寄せるように命じた。
それは兄を失ってできた心の穴を必死に埋めようとしているようでもあった。
誰もみな腕の良い者ばかりであったが、それでもミケルのソプラニーノに完璧に寄り添える者はいなかった。
王子は毎日のように音楽室で伴奏者を迎えては失望し、怒りを爆発させていた。
「またタイミングがズレているじゃないか!」
机を叩き、自分よりもひと回りもふた回りも年の上の奏者を睨みつける。
「兄さんならもっと、ぼくに合わせてくれていた!」
そして、部屋の隅の飾り棚に収められていた黒曜石のテノールオカリナを見つめる。
吹き手を失ったそれは、シャンデリアの明かりを受けてなお、輝きを失っていた。
そしてクロウリーのテノールオカリナの音は、技術はもちろんのこと、隣で吹くミケルの精神安定の
要でもあった。
その響きが、弟の高音の横を共に走るように支え、いつだって安心感を与えてくれた。
それを失った今、完璧だったはずのミケルの演奏も、ぽろぽろと音を外すようになっていった。
国中のテノールオカリナ音楽家を皆追い出し、家臣は困り果てていた。
そこで試しに、テノールよりも低い音域のバスを…。と、家臣がバスオカリナ奏者を連れてきた。
すると、ミケルの表情は凍りついた。
「バスオカリナだと…!?」
そして目の前に連れてこられた奏者の、その大きなオカリナを見て、かつての記憶を重ねる。
それは、あの日川辺で響いたバスオカリナの音色。
兄がそれに魅入られ、目を輝かせていた瞬間___。
その記憶が蘇り、ミケルは今までにないほどに激昂した。
「よりによって、そんなもの!ふざけるな!
もういい、ぼく一人で吹く!」
そう宣言し、彼はひたすら独りでソプラニーノオカリナの練習に没頭することになる。
だが、どれだけ吹いても、兄と共に奏でたあの感覚を取り戻すことはできなかった。
頭の中は自責の念でいっぱいで、今にも押しつぶされそうだった。
孤独の中で吹き続けるミケルのオカリナは、どこか哀しげな音色を奏でていた。
「全部ぼくのせいだ…。」
誰もいない音楽室で、震える声だけが響いた。
つづく




