第27小説目 ♫ 心のパティシオン
船はゆっくりと岸を離れ始めた。
波が静かに砕け、船体が水面を滑るように進んでいく。
クロウリーはデッキの手すりに寄りかかり、港を見つけた。
小さな港町は徐々に遠ざかり、次第にその輪郭が霞んでいく。
「出発、しちゃいましたね。」
隣に立つユーリが、どこか落ち着かない様子で言う。
「うん。」
クロウリーはふっと苦笑いを浮かべる。
「まあ、後戻りはできない。行くしかないさ。」
少女は自分の足元を見つめる。
彼女の深緑色の長いワンピースの裾には、バッツが翼を広げてしがみついていた。
汽笛の余韻が風に溶けていく。
「それと知っている?」
思い出したかのようにクロウリーが話を変えた。
「心の在り方ってものは、その人が奏でる音楽を大きく変えるってはなし。」
「え?」
ユーリはその声に顔を向けた。
クロウリーは手すりに肘をつき、空を見上げた。
「たとえば、自信のない気持ちでオカリナを吹けば、その音もどこか不安定なものになる。
けれど逆に、前向きな気持ちがあれば、音色も不思議な強さを持つ。
時には何かを変えられる力にもなる…。」
ユーリはじっと聞いていた。
そしてバッツの頭の柔らかい毛を指で撫でてやりながら、静かに考えた。
「だから、どんな時でも希望や明るさを忘れずに…ってね。」
クロウリーは軽やかに笑った。
紫の髪が海の風に揺れる。
「ボクの母上の言葉だよ。」
その言葉に、ユーリは少しだけ肩の力を抜き、波の音を聴きながら小さく頷いた。
「だから、せっかくだしこの状況を楽しもう!」
クロウリーは陽気に小躍りし、ユーリの手を取ってクルリとターンさせた。
「ちょ、ちょっと…!」
オカリナ王国を離れ、ピアノ合衆国へと向かう___。その選択が本当に正しいと言えるのか、今のクロウリーには分からなかった。
だが、彼は自由な音楽の力を信じていた。
音楽が国を分かつのではなく、人々を繋ぐものであると信じていた。
つづく




