第24小節目 ♫ 出立
「ピアノ合衆国…?」
クロウリーは、海の向こうに広がる巨大な国、『ピアノ合衆国』を思い浮かべた。
その国はいくつもの州が集まり形成された連邦国家であり、それぞれの州が個性豊かな文化と伝統を持っている。
象徴する楽器はもちろんピアノ。
州ごとに特徴のあるピアノを扱う人々が暮らしており、その多様性は計り知れない。
その首都は、国の東海岸部に位置する『グランドピアノ州』。
そこにはクロウリーがかつて音楽を学んでいた学校ら『国際オーケストラ音楽学院』があった。
「ボクの恩師がいるんだ。彼女なら何か力になってくれるかもしれない。」
クロウリーとユーリは、王都とは反対方向へと森を抜け、その先の小さな村にたどり着いた。
そこから港までは半日ほどの道のりだという。
「この川沿いを下っていけば、小さいけれど港があります。」
「ありがとうユーリ。君には本当に世話になったね。
でももう、これ以上は付き合わせられない。」
彼が背負った袋には、ソプラニーノオカリナ、そしてユーリから貰ったパンや水、果物などが収められていた。
その量がこの旅が長いものになることを示している。
ユーリは俯き、小さく微笑んだ。
「分かっています。私がいても、お役に立てることはもう…。」
「違うよ。」
クロウリーは優しく、だが強く遮った。
森の木々はざわめき、葉がこすれ合う音だけが二人の間に響いていた。
クロウリーは港へと向かう道を歩き出した。
頬に当たる風は冷たくはないが、どこか物悲しいものだった。
それは彼の背中を押しているようで、同時に引き止めようとしているようにも感じられた。
ユーリはそこに立ち尽くしていた。
その右手には、肩掛け鞄の布越しに、バスオカリナを握りしめていた。
肩に止まっていた左のバッツが、ちらりと小さくなっていくクロウリーの背中を見たあと、彼女の頬に顔を寄せた。
まるで「本当にこれでいいのか?」と問いかけているようでもあった。
クロウリーは一度振り返った。
少女の表情は、もう遠すぎてはっきりと見えない。
「君のバスオカリナの音色が好きだ。」
クロウリーの言葉が、風に乗ってユーリのもとへ届いた。
「君の音は、とても優しいよ。」
そう話す彼のエメラルドの瞳は、穏やかだった。
最後の言葉がユーリの胸に染み込んでいく。
彼女は何も答えなかった。
ただ静かに、クロウリーの姿が見えなくなるまでそこに立っていた…___。
風はさらに強くなった。
どのくらい時間が経っただろう。
随分と歩いた気もするが、まだ全然なのかもしれない。
クロウリーは一歩一歩ただ歩みを進め、あたりには土を踏みしめる音だけがあった。
彼は歩きながら静かに思いを巡らせた。
それは自分のことよりも、国や家族を心配する気持ちであった。
「父上や母上は大丈夫だろうか。家臣たちは…。
そして、ミケル…。」
特に、弟のことが頭によぎる。
クロウリーはミケルの最後の顔を思い出した。そして、彼がどうしても自分を追い詰めてしまうことを理解していた。
あんなことがあってなお、当たり前のようにクロウリーは兄弟としての絆を変わらず感じていた。
「どうか無事でいてくれ…。」
その小さな呟きのようなものは、風にかき消されるように散っていった。
冷静でいるつもりでも、焦りがクロウリーの中に積もっていった。
すると、背後でかすかに足音と、羽音のようなものが聞こえてきた。
足を止めると、それは軽く小さくパタパタと近づいてきて、彼の少し後ろまで来たところで止まった。
クロウリーはゆっくりと振り返った。
「私も行きます…!」
ユーリの声が、はっきりと響く。
つづく




