buzz.51 アウトライヤーの混入
「フン、どれどれ? ……何よこれ、なんか冴えない子ばっかりねー!」
上から目線でスマホの王子蟻たちを値踏みする、見慣れぬ少女の声が響いた。
古代エジプト神官風の衣装に身を包んだ、いかにも気が強そうに見える少女が、いつの間にかクロ2の背後に立って画面を覗き込んでいたのである。
その不審な乱入者に対し、武人・丹節の目が一瞬で鋭くなった。懐の短刀(毒針)に手をかけながら、冷徹な声で尋ねる。
「……箕通。なんだ、この無礼なヤツは?」
すると少女は、カタカタと不快そうに顎(人間の姿では綺麗な歯並び)を鳴らし、キッと丹節を睨み付けた。気高く涼やかな声で丹節に申しわたす。
「下郎、無礼は控えよ! 私をどなたと心得る。私は新女王、禰符呈巣なり!」
「あ、あら。うっかり言い忘れていましたわ」
修羅場の一歩手前だというのに、箕通はポンと手を叩いて、まるでお土産を渡し忘れたかのような軽い調子で言った。
「140箇所のうちの一箇所、本家との『共同統治(経営統合)』を申し出てこられた巣がありましてね。こちらの禰符呈巣様も、黒姫様と同じく、秋の結婚飛行に乗り遅れて巣に残っていらっしゃったそうですの」
(※ちなみにネフティス(Nephthys)とは、エジプト神話に登場する葬祭の女神であり、死者の守護神である。名前は古代エジプト語で「神殿の貴婦人」という意味です)
「フン! 乗り遅れたのではないわ!」
禰符呈巣は腕を組み、ふんぞり返って尊大に言い放った。
「我が美貌と格式にふさわしいオスが、あの時の空に見当たらなかっただけじゃ! 妥協して凡百のオスと飛ぶくらいなら、地下の玉座で引きこもっている方がマシだからな!」
どうやら、ツェンドリカとはベクトルの違う「超絶プライドが高いタイプの肉食系メンタルの姫」のようだった。
その様子を呆然と見ていたユキオは、思わず頭を抱えてガックリと膝をついた。
「なんでだよ……。なんで分子共鳴転移装置は、M&Aのついでに、こういう余計なアクの強いキャラまで人間化して連れてきちゃうんだよ……!」
ハチ3派閥(ミツバチ、スズメバチ、マルハナバチ)だけでもキャパオーバー気味の高柳家に、今度は「蟻の冥界の女王(ツンデレ風味)」が正式加入。
業務用3升炊き電気釜の次は、一体何を追加すればいいというのか。ユキオの胃壁に、また新たなピリピリとした痛みの原因が追加された。
「ふん、ついてきちまったものはしょうがない。居候が一人増えようが二人増えようが、我が軍勢の敵ではないわ」
ツェンドリカが歯磨きをしながら豪快に言い放つと、ショックで崩れ落ちていたユキオは髪を掻きむしりながら叫んだ。
「いやっ、しょうがなくない! 全然しょうがなくないから! なにその『通販で頼みすぎちゃった』みたいなノリ! 超絶高飛車な冥界の女王様だぞ!? 注文確定ボタン押してしまったんなら、箕通さん、すぐクーリングオフして! 返品してきて!」
パニックになるユキオに対し、箕通は社会胃の蜜のように甘く、しかし極上の冷徹さを湛えた微笑みを向けた。
「ユキオ様、ご心配には及びませんわ。蟻の世界において、新女王同士の『共同統治』や『経営統合』などよくある話。もしどうしても折り合いがつかず、お役に立たないと判断いたしましたら……」
箕通は営業帰りで乱れた御髪を整えながら、実にあっさりと付け足した。
「──その時は、みんなで美味しく『食べて』しまえばいいだけですわ」
「笑顔でサイコパスなこと言うなーーーっ!!」
これだから蟻系女子は恐ろしい。人類の倫理観とは決して分かり合えないディープ・インシデントを日常会話にサラッと混ぜてくる。ユキオの胃がストレスで悲鳴を上げた、その時だった。
「あの……お姉様が増えたようで、私、とっても嬉しいです」
一歩前に出たのは、当のクロ2だった。彼女はエジプト神官風少女──禰符呈巣に向き合うと、スカートの裾をふわりと持ち上げ、流麗で完璧なカーテシーの礼を示した。先日、高柳家の居候筆頭であるミェリナから直々に叩き込まれた、老舗事業主(ミツバチ種)直伝の最高級マナーである。
「ネフティス様、私、黒津(クロ2)と申します。どうぞお見知りおきを」
「フ、フン! 礼儀だけは弁えているようね。いいわ、当面の間は、冥界の玉座の隣は特別に認めてあげるかしら!」
クロ2のあまりの愛らしさと完璧な作法に毒気を抜かれたのか、禰符呈巣は顔を真っ赤にしてプイッと横を向いた。あからさますぎるツンデレである。
その様子を見ていたツェンドリカが、ニヤリと大顎を鳴らすように笑った。
「気に入ったぞ! よし、お前は今日から『ネフ』だ! これで高柳家のシェアハウスも、蜂が3派閥(ミツバチ、スズメバチ、クロマルハナバチ)に、蟻が2派閥(クロ2、ネフ)か。ふむ、なかなかバランスが良くなってきたな!」
腕を組んで深く納得するツェンドリカに対し、ユキオは全力のツッコミを叩きつける。
「いや、そのバランス感覚、人間世界では絶対に変だから! どこをどう評価したら『ハチ3、アリ2でベストメンバー揃ったな!』ってなるんだよ! 完全に我が家、害虫女王の世紀末博覧会になってしまっているじゃないかーーーっ!!」
「誰が害虫じゃ下郎!!」とネフが吠える。
「明日の朝食はーーそうじゃの、モーニングティーとトーストと半熟ゆで卵などでかまわん。パンは厚切り2枚にオリーブオイルをたっぷり塗ってたもれ」。一食でほぼ半斤をネフが図々しく所望する。
冬休みを目前に控え、頭数だけでなく「胃に痛いトラブルメーカー」の共同統治女王まで爆誕してしまった高柳家。カオスとハイテンションの極致へ向かって突っ走るユキオは頭を抱えた。
「ちょっとちょっと、厚切りパン焼くならさ〜」
マルハナバチのクロが、妙に暢気なトーンで提案してきた。
「今の家にあるバルミューダのトースターもスチームが利いてて最高なんだけど、これだけの頭数を捌くなら、あたし的には『アラジン』もお勧めなんだよね!」
「はあ? アラジン?」
ユキオが呆気にとられる中、クロは夜の通販番組の実演販売士か、あるいは家電量販店のカリスマコンシェルジュのように熱っぽく語り始めた。
「そうなの! アラジンが誇る『遠赤グラファイト』はね、スイッチを入れてからわずか0.2秒で超高温発熱するわけ。この圧倒的な熱量で一気に焼き上げるからさ、食パンの表面はカリッと香ばしく、中は水分をギュッと閉じ込めてモチモチふっくらとした仕上がりになるんだよ〜」
「なんでクロマルハナバチのくせに遠赤外線グラファイトの構造とメリットを完璧に把握してんだよ!――それよりお前、我が家をどこかのビジネスホテルの一角に変えるつもりかよ! うちのブレーカーが落ちるわ!」」
ユキオのツッコミがリビングに木霊する。ツェンドリカが心配性のユキオに呆れたように言う。
「ふん、弱音を吐くなユキオ。火力が足りぬというなら、俺の高速炭火焼きの技でパンを炙ってやろうか?居酒屋の満席の客でもすぐに焼き鳥を提供できるのだからな!」
ツェンドリカが戦闘技術の無駄遣いを提案し、新入りのネフが「冥界の業火で焼いたほうが速かろうが?」と不吉な手段を提示してくる。
「いや…そこは、頼むから普通に家電に頼らせてくれ!! 業務用IH炊飯ジャーの次は、0.2秒で発熱するグラファイトトースターの導入か――、ウチは相撲部屋かよっ!」
もはや一介の高校生の処理能力を遥かに超えた「高柳家・超弩級キッチン家電化計画」の足音が、ずっしりと、そして確実に近づいているのをユキオは確信するのだった。




