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女王蜂に育てられた俺~宇宙最難関資格に挑む  作者: 和子


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buzz.44 生態系のアフタヌーン・ティー


 和室に緋色の毛氈もうせんが敷かれ、その上に配されたローテーブル。そこには、およそ純和風の邸宅とは思えないほど色鮮やかで気品溢れる洋菓子が並んでいた。


 琥珀色に(なま)めくマロングラッセ、宝石のように繊細なプティガトー、アイシングが可愛らしいカップケーキに、季節の果実をあしらったタルトレット。和洋折衷の見事な空間は、まるでイギリス王室のアフタヌーンティーの宴席に招かれたかのような錯覚を覚えさせる。


 寺田夫妻のこの上ない温かいもてなしを受けながら、ユキオは上品に小皿にフルーツタルトレットを載せてフォークを動かすミェリナと、お行儀よく小さな口をモグモグ動かすクロ2の姿を見て、密かに胸をなでおろしていた。


(……うん、クロは連れてこなくて本当に正解だったな。あいつがいたら、この高級なプティガトーを3個ぐらいいっぺんに頬張って、一瞬でテーブルを荒らし尽くしてただろうし)


 当のクロは、その時高柳家の居間で、すっかり自分の聖域(テリトリー)となった場所を満喫していた。


 最近のクロは、高柳家のこたつ生活がかなりのお気に入りだ。

一度潜り込んだら最後、そこから一歩たりとも出ようとしない。

今も、こたつに下半身をすっぽりと埋め、お煎餅をバリバリと小気味よい音を立てて食べながら、熱心にページをめくっている。彼女が最近ドハマリしているのは、電話帳のようにぶ厚い月刊の少女マンガ雑誌だった。


「ふぇぇ……この先生、絵柄が可愛いんだよねぇ……。胸がキュンキュンしちゃうなぁ……」


 ツェンドリカのように「稼いでくるぜ!」とスキマバイトに精を出すわけでもなく、毎日こたつでゴロゴロと怠け暮らす日々。さすがに見かねたユキオから「お前、カプセルに入らなくても、もう休息は十分だろ!」とツッコミを入れられた際も、クロはこたつ布団から顔だけをのぞかせて、至福の表情でこう言い放ったものだ。


「もう私は、この『こたつ』という優れた文明の利器と融合したいよぉ。人間はこうやって冬眠して、厳しい冬を生き延びているんだね。賢いなぁ……」

「人間は冬眠しないし、 普通に働いてるわ!」


 そんなやり取りを思い出しながら、ユキオは遠い目をする。

実を言えば、居候たちがやってくる前のユキオは、冬場になるとこのこたつでよく昼寝をしていたものだった。しかし、今の高柳家のこたつは完全に女王蜂たちのサロンと化している。


 うっかりユキオがこたつで横になり、軽く仮眠をとろうものなら、ふと目が覚めたときに、信じられないほど至近距離でクロがぴったりとくっついてこたつに入り込み、丸くなって寝ていたりするのだ。マルハナバチの習性なのか、温かい場所と密着を好む彼女の無防備な寝顔には毎度心臓が跳ね上がる。


 さらにそこへ、バイトから帰ってきたツェンドリカがドカッと座り込み、「ここは俺の縄張りだぜ!」と言わんばかりにこたつの領有権を主張して、こたつの中に長い足をぐいっと容赦なく伸ばしてくる。


 結果、こたつの中はハチたちによる主権乱用となり、元々の持ち主であるユキオが足を滑り込ませる余地など、一寸たりとも残されていないのだった。


「――どうしたの、ユキオくん、ぼうっとして?」


 智恵子の優しい声に引き戻され、ユキオは慌てて首を振った。

「あ、いえ! ケーキと紅茶すごく美味しいです! ちょっと、留守番してる奴らのことを思い出してて……」


 優雅に紅茶を嗜むミェリナの横顔を見ながら、(……すごい気合入れすぎだけど、ミェリナのやつ、何か考えがあるんだろうな)


 横でその完璧すぎる立ち回りを見ていたユキオは、感心を通り越して圧倒されていた。ミェリナが一体どんな目論見でクロ2のIDを手に入れるつもりなのか、今のユキオにはまるで見当もつかず、ただただハラハラしながら心配していた。


「クロツーちゃん、このあと、私の作業の続きを見てみる? こういうの、関心があるんでしょ。

それからね、あなたが回収してきたペットボトルもしっかり活用できるのよ」


 智恵子が優しく微笑みながら、土間にある作業スペースを指差した。


 自分が本能のままに探索し、拾い集めてきたあの透明な器たちが、人間の手によって新たな価値を与えられ、利活用される――。その事実を聞いた瞬間、クロ2は「ハッ」と息を呑み、その(つぶ)らな瞳をいっそう(めくるめ)く輝かせた。


「はい! 是非、拝見させてください。寺田様には、人間の持つ大いなる叡智を、しっかりと教わりたいのです!」


 身を乗り出すようにして、純粋な知識への渇望を露わにするクロ2。その真っ直ぐな眼差しを受け止めた智恵子の胸に、この上もない充実感と満たされた気持ちが、温かい波のように押し寄せてきた。


 それは、かつて大学の教壇に立ち、未来ある若者たちと向き合っていた教授時代の感覚そのものだった。

目の前にいるこの風変わりで、けれど真摯な眼差しの少女。智恵子の心の奥底で、静かな灯火(ともしび)が宿る。


(ああ、この子が、私の人生における『最後の教え子』になるのかもしれないわね)


 それは、単なる思いつきではない。一人の教育者として、そして小さき命と心を通わせた開拓者としての、深い期待と確固たる覚悟の交錯する思いであった。


「おや」と、お茶を一口すすった寺田耕一が、思いついたように言葉を発した。


「クロツーちゃんが蟻の女王なら、ミェリナさんはちょうど、ミツバチの女王といったところかな。どちらも生態系の統率者としての、素晴らしい風格がおありだよ」


 カチャン、とユキオの手の中でフォークが微かに震えた。

ユキオは我が耳を疑った。……全てバレている!!


(どういうことだ!? クロ2が昨日、うっかり喋りすぎたのか? いや、たとえクロ2が何かを話したとしても、普通の人間の大人がそんなSFみたいな話を真に受けるだろうか。それどころか、今会ったばかりのミェリナの正体まで、寸分の狂いもなく『ミツバチの女王』と断じているぞ……!?)


 背中に嫌な汗がどっと噴き出すのを感じながら、ユキオは引きつった笑みを浮かべ、必死に裏返った声を絞り出した。


「ま、まさかー! ははは、おじさん、とってもメルヘンチックな見方をされますねー! ほら、ミェリナは、ただの僕の友達で、ちょっと帰国子女っぽくて態度が堂々としてるだけで……!」


 なんとかその場をごまかそうと、必死に手を振るユキオ。しかし、耕一はそんなユキオの狼狽ぶりを大らかに笑い飛ばすと、穏やかながらも確信に満ちた口調でこう続けた。


「いやいや、私はね、大学でずうっと生物学の研究をしてきたんだよ。主に昆虫や節足動物が専門でね。そのせいか、昔から学生たちを見るときも、無意識に観察癖が出てしまってねえ。『この子はダンゴムシみたいに丸まるな』とか『あの子は獰猛なカマキリのようだ』と、印象をあてはめて楽しんでいたんだ。……だがね、ユキオくん。このお二人は、ただの比喩じゃない。かなり正当に、蟻と蜂の女王そのものだよ」


(終わった――!!!)


 ユキオは心の中で絶叫し、そのまま天を仰いで白目を剥きそうになった。

すべて見抜かれている。完全に、一分の隙もなく見破られている。

生物学の権威の観察眼を、高校生の浅知恵と、女王たちの隠しきれないフェロモンオーラで欺けるはずがなかったのだ。


 絶望のどん底に叩きつけられたユキオだったが、同時に頭の片隅で(……ツェンドリカがいなくて、本当に本当によかった……っ!)と、神に感謝していた。


 今日のシフト表によれば、ツェンドリカは一日「全休」である。今頃はカプセルの中か、あるいは高柳家のこたつで、自分の縄張りを主張しながらぬくぬくと眠りこけているはずだ。

もし、あの狂暴なるキラークィーン・スズメバチの女王が、この「すべてを暴かれた修羅場」に同席していたらどうなっていただろうか。


 ユキオの脳内で、またまた最悪の妄想が一瞬にして暴走を始める。


 静まり返る寺田家の和室。ツェンドリカは冷酷な、(くら)い光を宿した瞳で耕一と智恵子を見下ろし、フッと不敵な笑みを漏らすのだ。

挿絵(By みてみん)

『――お前たちは、少々知りすぎたようだな』


そして、彼女の背後から立ち上る圧倒的な殺気とともに、容赦のない宣告を下す。

『まあ、人間にしては十分に長生きした方だろう? その命をここで終わらせたとしても、今更悔いはあるまい……!』


 次の瞬間、ツェンドリカの懐からギラリと光る特大の毒針(短刀)が抜かれ、驚く老夫婦の前に立ち、目にも留まらぬ速さで首元へと突き立てようとする――!


(……アサシンだ!! 完全に暗殺者の動きになっちゃうところだった!!)


 あまりにも生々しく物騒な妄想に、ユキオは一人でガタガタと震え、顔面を蒼白にしていた。

横を向くと、当の「ミツバチの女王」であるミェリナは、耕一の言葉に動じる風でもなく、ただ優雅に微笑んで紅茶のカップを傾けている。このあまりにも静かな佇まいの女王蜂を前に、ユキオの胃壁はすでにギリギリと悲鳴を上げ、紅茶のお代わりより、即効の胃薬を欲していた。


「ご明察です。さすが人間界の知性の重鎮でいらっしゃいますね。それでは、寺田様に私が今日参りました目的をお話させてください――」


 耕一の言葉を遮ることなく、むしろ完璧なタイミングでミェリナが微笑んだ。ユキオが頭の中で「終わった」と大パニックを起こしているすぐ横で、ミツバチの女王は恐ろしいほどの冷静さと、冷徹なまでの美しさを保ったまま、一歩も引かずに外交の(かじ)を握り直したのだ。


 その眼差しは、ただの「お隣への挨拶」の域を完全に超えていた。


 正体を見抜かれたことを逆手に取り、むしろ「話が早くて助かる」とばかりに寺田夫妻の懐へと飛び込んでいくミェリナ。彼女がこの老夫婦の持つ「人間の叡智」と「生物学の権威」というカードをどう利用し、クロ2に合法的なIDビザをもぎ取るつもりなのか――。


 ユキオの胃の痛みと妄想を置き去りにしたまま、人外の女王による対人間交渉術の幕が、静かに切って落とされたのであった。

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