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女王蜂に育てられた俺~宇宙最難関資格に挑む  作者: 和子


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buzz.32 クロマルハナバチ、晩秋の荒稼ぎ


 10月中旬。

 厨子ずし市の朝は本格的に冷え込み始めていたが、ミェリナとツェンドリカがこたつで丸くなっているのに、クロだけは無駄に元気ハツラツだった。


 ハチ族の中でも、クロマルハナバチは比較的低温に強い。世間のハチが寒さに縮こまる中、彼女は行動範囲をむしろ拡大させていた。


「行ってきまーす!」


 ユキオの家を飛び出したクロは、横須賀線に乗り込み鎌倉へと向かう。

 軽快に各駅停車(ローカル)で走るE235系(通称:厨子ロー)の車内、乗客の誰もが、まさか目の前の少女が「数百匹のハチで構成された群体人間」だとは夢にも思わない。


 のどかな畑の向こうに、白いビニールハウスが、幾つもかたまっているエリアへ到着した。その一棟で、大切に育てた完熟いちごを傷つけないよう、一粒ずつ愛おしそうにパック詰めをしていた女性が、クロの姿を見つけてパッと顔を輝かせた。


「クロちゃん、いちごガーデンにようこそ! 遠いところ、よく来てくれたわねぇ。ほら、ちょうど今朝採れたての一番いいやつ。まずはこれでも食べて一息ついて」


 そう言って差し出されたのは、ピカピカに輝く真っ赤な大粒いちご。一口かじれば、みずみずしい甘さと女性のやさしさが口いっぱいに広がり、クロの(ハチとしての)胸がじんわりと温かくなる。


 女性とリアルで会うのはこれが初めてだったが、SNSでのやり取りはすでに濃厚。きっかけは、クロがインスタで見つけた「いちごガーデン」の"いちご愛"たっぷりな写真に、ハチとしての本能のまま「いいね!」を爆撃したことだった。そこから、お互いのいちご愛が通じ合い、DM、そしてLINEグループへ──。


 クロは元気よく駆け寄った。手には大きなピクニックバスケットをぶら提げている。

「こんにちはー! お約束のモノ、持ってきましたよ〜!」


 こちらの「いちごガーデン」、春先になれば一般のお客さんたちが笑顔で賑わう「いちご狩り・食べ放題コース」も大人気なのだが、今の時期は別だ。ケーキ用いちごの需要が爆発する一大決戦・クリスマスシーズンに向けて、ハウス総出で育成に追われる「超・大忙し」の真っ最中なのである。


「人間ってスマホひとつでお友達になれるのね。超便利!」

クロは人間社会の通信文化に、すっかり文明開化の衝撃を受けていた。


 今日の訪問のきっかけは、まさにSNSで知った「いちごガーデン」のこのシーズンの凄まじい忙しさだった。すべての始まりは、LINEの画面で見つめた女性の切実なメッセージである。


「クリスマス前は受粉作業が大変で……(白目)」


 聞けば、ケーキ用いちごの出荷がピークを迎えるこの時期、ハウスでは家族総出になり、刷毛はけを使って一輪ずつ手作業で受粉させているらしい。もし受粉にムラがあると、きれいに膨らまず、商品にならない「いびつないちご」になってしまうのだという。


 その過酷すぎる労働環境(と、おいしいいちごの危機)を聞いていたその時、クロの脳内に電撃的な閃きが走った。


「(……待って? いちご、受粉、ハチ……。ハチ? ……あ私、ハチじゃん!)」


 点と点が一瞬でつながり、脳内にクリスマス・イルミネーションが花火のように一斉点灯!

クロは「今まさに自分が救世主メシアになる瞬間が来た」と言わんばかりに、勢いよくドンと胸を叩いた。


「私っ! 私、めちゃくちゃお役に立てるかもしれません!!」


 なぜなら、クロマルハナバチはイチゴの受粉におけるプロフェッショナル中のプロフェッショナル。

「私の群体(※自分の体から出るハチ)」を使えば、人間の手作業など比べものにならない爆速&ハイクオリティな成果が出せる、と確信したのだ。 


 ただし、大問題がひとつ。

現地でいきなり自分の体から大量のハチをスクランブル発進させたら、女性がショックで気絶しかねない。


 そこでクロは、ユキオの家の物置から発掘した「竹製のピクニックバスケット」を持参することにした。片側に小さな穴が開いてしまっている。それでも静江が捨てなかったのは、家族の思い出があるからだ。


 クロが使わせてほしいと言ってきたとき、静江は「使ってないからあげる」と言ってくれた代物だ。


 現地に到着すると、女性はバスケットを見て目を丸くした。

「この中にクロマルハナバチが!? こんな重いもの、ここまで持ってくるの大変だったでしょう……!」

「いえいえ、全然!(笑)」

クロはにっこり微笑む。(※中身は空っぽのバスケットである)


「さっそく、いちごハウス見せてもらえますか?」


 案内されたハウスの中は、クロの想像を遥かに超える南国パラダイスだった。

外の寒さが嘘のような暖かさ。そして、季節外れのいちごの白い花が一面に咲き誇っている。

夢のような甘い香りが漂い、クロの(ハチとしての)胸が高鳴った。



【プロの仕業、あるいはホラー】

挿絵(By みてみん)

 クロはバスケットを大事そうにお腹の前に構え、そっと穴の位置を自分の体に合わせた。

そして、蓋をほんの少しだけ、パカッと持ち上げる。


──その瞬間、大量のクロマルハナバチが、ブブーンッと大・発・射!


 女性は恐怖するどころか、キラキラした目で感動の声を上げた。

「すごい……! こんなに元気に飛ぶハチたち、初めて見たわ!」

「フフン」と胸を張るクロ。(※私の分身ですから当然よ。言えないけど)


 ハチたちは白い花の間をブンブンとけたたましく飛び回り、恐ろしい効率で次々と受粉をこなしていく。まるで熟練の職人集団だ。


 その神業を目撃した女性は、思わずハチたち(とクロ)に向かって、拝むように手を合わせた。

「これで……これでクリスマス前の『地獄の刷毛受粉タスク』から解放されるわ……!」


 クロは満足げに、深く深く頷いた。


「ハチは花一厘ごとに丁寧にステップを踏んで、どれも均一に受粉させています。任せて! 私、こう見えて“ゴンドワナ大陸時代”から続くこの奥義の伝承者ですから!」

挿絵(By みてみん)

 クロは、なんかの暗殺拳のようなことを言っているが、ここで少し、いちごのちょっとした専門知識(と、農家の切実な事情)を解説しておこう。


 実はいちごという植物は、ひとつの花の中に雄しべと雌しべが同居している「自家和合性じかわごうせい」の持ち主。つまり、自分の花粉でセルフ受粉して結実できる、本来なら手のかからないお利口さんなのだ。


 ただし、それは「風が吹き、虫が飛び交う大自然」でのお話。

風通しが遮断され、花を飛び渡る蝶の一匹もいないビニールハウス内では、花粉がうまく雌しべに行き渡らない。そうして受粉にムラができると、実がボコボコに凹んだ「奇形果きけいか」になってしまうのである。


 もちろん、このいびつないちご、形がちょっとファンキーなだけで「味にはまったく問題ない(むしろ完熟で超美味しい)」のだ。


 しかし! 相手は聖夜のシンボル、「クリスマスケーキ」。そのデコレーション用いちごである。

生クリームの海に美しく鎮座するためには、芸術品のような「形の良さ」と「均質性」が絶対条件。だからこそ、ハウス内での人工授粉、あるいは受粉昆虫ハチの導入が、農家にとっては文字通りの死活問題になる。


 仮に蝶やミツバチを大量に導入したとしても、丁寧な受粉をしてくれるとは限らない。というのも、いちごにはほとんど”花蜜(はなみつ)”がないからだ。受粉用のハチの費用は、200坪のハウスに対応するとして、1ヶ月2万円~4万円ほどになる。


 だが、クロマルハナバチはいちごの花を飛び回って花粉を集めていく。それは、花粉が巣の幼虫を育てるための重要なタンパク源となるからである。


 その大役を、今まさにクロの群体(クロ自身の一部)が引き受けようとしていた──。


 もちろん、いちごガーデンを経営するこの女性は、知る由もない。

このハウスを救っている超有能なハチたちが、目の前の少女の「身体の一部」だという、ほんのり()()()な真実を。


 ハウスの中では、人間には絶対に理解されないシュールな怪奇現象が、たいへん微笑ましく、平和に進行しているのであった。


 クロの受粉ワークは、まさに“職人”の名にふさわしい伝説を残した。

彼女が飛ばした群体は、白い花の海をミリ単位の正確さで巡り、クリスマスケーキを華やかに彩るための「均一で美しい円錐形のいちご」を次々と実らせていったのだ。


「あそこのハウスのいちご、マジでヤバい品質らしい」


 その神がかった出来栄えは、近隣のいちご農家たちの間で瞬く間に口コミで拡散。依頼は雪だるま式に増えていった。


 気づけばクロは、いちごガーデンのほかに周辺のいちごハウス農家からの受粉作業をハシゴで請け負うハメになり、丸一ヶ月間、いちごの花園を飛び回る超多忙な日々を送ることになった。(それでもカプセルに戻れば完全リフレッシュされる)


 そして──怒涛の“季節労働”を終えたクロの手元には、なんとえげつない現金収入(ご想像にお任せします)が残った。


「ふえぇぇ……! これが労働の成果……!そして、私の仕事のおかげで、お菓子屋さんにはキレイでおいしそうなケーキがならぶのね。」

冬の静けさの中、クロはこれまでにないドヤ顔で、そっと胸を張った。


 が、そんな気の緩みまくったクロに、ミェリナからの鋭いツッコミがブスリと突き刺さる。


勤倹貯蓄(きんけんちょちく)!臨時収入はムダ使いしないで、しっかり"貯蜜(ため)"ておきなさいよ』


 手にしたことのない多額の現金収入に、クロの脳内には一足早い春が訪れていたが、ミェリナがクギを刺してくれなければ、無駄遣いの女王となるところであった。

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