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女王蜂に育てられた俺~宇宙最難関資格に挑む  作者: 和子


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buzz.31 ユキオの冬空


 11月の風は、厨子市の住宅街を静かに撫でていく。

温暖な土地とはいえ、昆虫たちの姿はほとんど消えた。

庭の隅では、コガネグモが季節外れの希望を糸に託して巣を張っているが、晴れた日の午後に、ハナアブやミツバチが数匹ふらりと飛ぶ程度。


 冬の入口は、自然界に容赦なく訪れる。


 そんな外の静けさとは対照的に、

高柳家の居間では、こたつを中心に“冬の生態系会議”が開かれていた。


「冬場に入ってしまった。俺たちは本来不活動期間だ」


 ツェンドリカが、こたつ布団に半身を沈めたまま、仰向けで天井を見ていた。そして、スズメバチ女王らしからぬ巨大なあくびをした。


「ユキオに生態系を教えることもできない。いっそ、冬休みにするか。 俺、冬眠したいんだけど」


 その横で、ミェリナがティーカップを両手で包みながら、人類文明の“受験制度”についての最新情報を読み上げる。


「ダメよ。ユキオには来年、お受験という人類の試験があるの。 生態系の勉強もそんなに引き伸ばすわけにはいかないわ」


「試験って、あれか。人類が群れの中で序列を決めるための儀式だろ」

ツェンドリカが眉をひそめる。


「そう。それにはまだ1年以上あるけど、"恒星域観測士試験"は来年8月下旬。あと300日くらいしかないのよ。―――宇宙人の試験なんてさっさと合格キメてもらって、人間大学のお受験勉強に集中してもらわなければならないの」


 ミェリナは、昨夜家計簿を見ながらため息をつく静江の姿を思い出していた。


ーーー


「来年は、ユキオの受験費用と、合格したら入学金やらでいっぱいかかるのね……ユキオにはがんばってもらって、一発で合格してもらいたいけど」


 そう言って、静江は貯金通帳の残高を確認していた。その姿を思い出し、ミェリナは深刻な顔になる。


ーーー


「……静江さん、貴重な貯蜜(ストック)を引き出すつもりのようよ。

わかったかしら?これが、人間が私たちのように子供をたくさん作れない理由よ。1万匹も子供を持ったら、高柳家は絶滅してしまうわ」


「なにっ」

ツェンドリカはこたつから跳ね起きた。スズメバチ女王の威厳はどこへやら、完全に慌てている。


「俺、バイトがんばるよ。少しでも足しになるかもしれないし…」


「あなたがバイトで"時給"を稼いだくらいじゃ追いつかないわ。私のネット通販でも焼け石に水」

ミェリナがため息をつく。


 ふと、こたつの向こう側を見ると── いつもなら丸くなって寝ているクロの姿がない。


「……そういえば、クロは?」

クロは全休でも好きな時に現れ、こたつに入っていることもある。


「今日は全休よ。"冬は働く季節じゃないから"って言って、今日は朝からどこかへ消えたわ」

ミェリナは肩をすくめる。


「……あいつ、完全にマルハナバチの本能に戻ってるな。大事な話をしているときに、居やぁしねぇ」

ツェンドリカは呆れたように言った。


 ミェリナはこたつの中心に座り直し、静かに宣言した。

挿絵(By みてみん)

「とにかく、私たちに今できることは、ユキオの生態系学習を少しでも進めること。―――私にいい考えがあるの」


 その目は、ミツバチ女王としての威厳と、"家族を守る者"としての決意に満ちていた。


 クロがいないこたつは少し寒い。

だが、冬の厨子市に、小さな“作戦会議”の火が再び灯った。


【叡智の結集】

 こたつの熱が、部屋の空気をゆっくりと撫でていた。

外では、冬の入口を告げる風が、枯れ葉をさらさらと転がしている。


 昆虫たちの活動はほぼ止まり、細い希望を糸に託していたコガネグモも、いよいよ諦めて閉店を決断しようとしていた。


 そんな静寂の中、ミェリナがふいに顔を上げた。


「幸い、スペアのカプセルが三つあるわ」


 ツェンドリカが瞬きをする。

分子共鳴転移装置レゾナンセス・コンバータ──彼女たちが人類形態になるための装置。

その中に収められたカプセルと同じものが、予備として三つ保管されている。


「……まさか、使うつもりか?」

こたつに両腕を入れたまま、ツェンドリカの声が、小声で低く響く。


 ミェリナは静かに頷く。

その仕草は、ミツバチ女王としての威厳と、"高柳家を守る"覚悟を同時に帯びていた。

そして静かに告げた。


「この際、外部から講師を招こうと思います」


「講師……? 家庭教師をつけるというのか?」

ツェンドリカは、スズメバチの女王らしからぬ驚きの表情を見せる。


 ミェリナはティーカップを置き、こたつのテーブルに身を乗り出した。


「限られた時間でユキオに全地球の生態系を学んでもらうには、私たちだけでは知見が足りないわ。

私たちが"狩猟・採集型群体昆虫"だとすれば──新たな叡智とは、"掃除屋(スカベンジャー)群体昆虫"」


 ツェンドリカは息を呑む。

その単語が意味するものを、彼女はよく知っていた。


「……あいつらを呼ぶつもりか?…地球の分解者、腐食者、死の循環を司る連中を!」


「ええ。彼女らの知識は、私たちとはまったく異なる。生態系の“終わり”と“再生”を理解している。だからこそ、ユキオにとって、必ず大きな力になると思うの」


 ミェリナの声は静かだが、こたつの空気が震えるほどの迫力があった。


 ツェンドリカは腕を組み、しばらく黙り込んだ。

やがて、深く息を吐く。


「……ユキオのためなら、仕方ない。だが、あいつらを家庭教師にするなんて、前代未聞だぞ?」


「前代未聞でいいのよ。ユキオは、地球人類で初の“恒星域観測士”になる子なんだから」


 その瞬間、冬の静寂が破れた。

こたつの中で、二人の女王が新たな決意を共有する。


 スペアのカプセル三つ。そこに宿ることになるのは、地球の“影の叡智”。


 ユキオの未来のために──冬の厨子市で、密やかな革命が始まろうとしていた。

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