buzz.3 鶏団子の暗殺者(アサシン)
「あらあら、にぎやかねぇ。みんな、ゆっくりしていってね。……というか、もう夕飯食べていっちゃいなさいよ」
部屋の入り口に現れた母・静江の、あまりに「聖母」すぎる提案に、ユキオの全細胞が戦慄した。
「ちょ、ちょっと待て母さん! そういうんじゃないんだ! こいつら、今すぐ……いや、三秒後には窓から一斉に飛び立つ予定だから! ほら、みんな帰るぞ、な!?」
ユキオは必死に目配せを送るが、ベッドの上でゴロゴロしているクロが「え〜、お鍋? 食べる食べる!」と即答し、ミェリナに至っては「地域住民との交流は教育課程の一環として有効ね」と、勝手に滞在を正当化し始めた。
「でもねぇユキオ、今さら無理よ」
静江はのんびりと頬に手を当て、爆弾発言を投下した。
「今、台所でツェンドリカさんに鶏団子を作ってもらってるんだから。今日は鶏団子鍋よ」
「……は?」
ユキオの思考が停止した。
あの、殺気と効率の塊のようなツェンドリカが? 姿を消していたと思ったら、よりによって台所に?
(待て……鶏の肉を丸める……肉……団子……)
ユキオの脳裏に、理科の授業で習った「スズメバチの習性」がフラッシュバックする。彼女たちは獲物の肉を噛み砕き、団子状にして巣に持ち帰るスペシャリストだ。
「そんなことさせてんのか!? それ、手伝いっていうか、ただの本能だろ!!」
ユキオは二人と母親を部屋に残し、階段を二段飛ばしで駆け下りた。
台所に飛び込むと、そこには異様な光景が広がっていた。
母静江のエプロンを完璧に着こなし、髪をポニーテールに纏めたツェンドリカが鍋の前に立っている。その手つきは、もはやベテランの板前を超えていた。
「ツェンドリカ! お前、何やって……」
「静かに。……今、重要な工程だ」
彼女はユキオを視線だけで射抜くと、再びボウルの中の肉だねに集中した。
「人間の調理器具と手法は非常に効率がいい。だが、肉だねの温度上昇は鮮度と結合力を損なう致命的なミスだ。体温が伝わる前に、手早く、確実に、球体へと変換せねばならない」
そう呟くや否や、彼女の指が動いた。
左手で肉だねを掴むと、親指と人差し指の間から、正確無比な直径3cmの球体が「ニュッ」と絞り出される。
その瞬間、右手に持ったスプーンが残像を残して閃いた。
シュパッ! ポチャッ。
絞り出された肉団子は、放物線を描いて沸騰する鍋の中へと、一分の狂いもなく吸い込まれていく。
「次だ」
ニュッ、シュパッ、ポチャッ。
ニュッ、シュパッ、ポチャッ。
そのリズムはもはや精密機械。一秒間に一個のペースで、完璧な規格サイズの鶏団子が量産されていく。
「……お前、それ楽しんでないか?」
「失礼な。私はただ、素材を最も効率的な形状に加工しているだけだ。……あと、この『鶏の挽肉』というやつは、実によく馴染む」
ツェンドリカの口元が、ほんのわずかに、獲物を仕留めた時のように(あるいは料理が楽しい時のように)吊り上がった。
ユキオは、鍋の中で美しく整列して踊る大量の鶏団子を見つめながら、遠い目をした。
今夜の夕飯は、きっと美味いだろう。
だが、その団子一つ一つにスズメバチの猛毒級の「暗殺術」が詰まっていると思うと、箸を持つ手が勝手に痙攣して、はたして、まともに食べることができるだろうか……。
ーーー
三人の少女が手伝いをして、夕食の準備が整った頃、ユキオの父、正平が玄関の引き戸をガラリと開けた。そこに見たものは、いつも通りの「ただいま」とは違う、途中で妙な形にねじ曲がった世界があった。
「……ただいま、って、なんだこれは」
視線の先には、見慣れた我が家の食卓――のはずだったが、そこには見慣れない華やかさがあった。息子ユキオの向かいに、三人の少女がちょこんと並んで座っているのである。しかも全員、妙に行儀がいい。
「ユキオのガールフレンド、しかも三人……。こんな日がくるとはな……」
正平は靴も脱ぎ忘れたまま、しみじみと呟いた。
彼は市役所勤め。定時で帰るのが取り柄で、出世もしないが、その代わり家族三人の生活をこよなく愛している。妻の静江は中学時代から付き合い始めた後輩で、早婚。平凡だが穏やかな人生――のはずだった。
だが今日、その平穏はあっさり破られていた。
「お父さん、おかえり」
ユキオはいつになく落ち着いた声で言う。その姿勢は妙にキリッとして見える。夏休み前までは、猫背でぼそぼそ話す大人しい息子だったはずだ。
「夏休み明けに、大人しいヤツがガラリと変わって、大人っぽくなる。高校生あるあるだよな~」
正平は勝手に納得し、にやりと笑った。
「いやあ、父さんは嬉しいぞ」
次の瞬間、彼は勢いよくユキオを羽交い絞めにした。
「おまえ、本命はどのコなんだよ~。さすが父さんの子だ!」
「やめろって! ちょ、やめ――!」
じたばたするユキオの横で、三人の少女はくすくすと笑った。どこか、同時に同じタイミングで笑っているのが、妙に気になる。
やがて静江も加わり、食卓は六人で囲むことになった。高柳家では前代未聞の大人数である。
「さあさあ、遠慮しないで食べてね」
静江が並べた料理は、どれも家庭的で優しい味だ。煮物に焼き魚、そして鶏団子鍋。三人の少女は「いただきます」と声を揃え、きれいな箸使いで料理を口に運ぶ。
「いい子たちねえ」
静江はすっかりご機嫌だ。
「ホント、みんなうちの娘だったらよかったのに。ねえ、これからは毎晩いっしょに食べましょう!」
さらりととんでもない提案が飛び出した。
「ちょっ、母さん! ダメダメ!」
ユキオは慌てて箸を置く。
「こいつら甘やかすと付け上がるから……」
そこまで言って、ぴたりと口をつぐんだ。
(言えるわけないだろ……!)
ユキオの額にじわりと汗がにじむ。
(こいつらの正体が、“甘いものが大好きな蜂”だなんて……!)
三人の少女はにこにこと笑っている。その笑顔は可憐そのものだが、よく見ると、時折ほんの一瞬だけ、目がきらりと光る。まるで獲物を見定めるように。
しかも彼女たちは、食後のデザート――静江特性のカラメルたっぷりのプリンに、異様なほどの執着を見せていた。
「おいしい……♡」
「タンパク質たっぷりでこんなに甘いなんて……」
「カラメル、追加してもいいですか?」
話すタイミングも絶妙の間合いで、不思議なほどぴったり揃っている。
(やっぱりだ……絶対そうだ……!)
ユキオは確信する。
夏休み、叔母の久美子のもとで過ごした里山生活。あのとき出会った“彼女たち”。
「オバサンと呼ばないこと」を条件に受け入れてくれた叔母・久美子の研究施設で――いや、あれは研究というより、ほとんどオーバーテクノロジーの最前線だった。
そして託されたのが彼女たちだったのだ。いや、彼女たちにユキオの未来が託されたとも言える。
昆虫である彼女たちは、ユキオのクラスメートへの"擬態"も完璧であった。
「ユキオくん、明日も来てもいい?」
「放課後、一緒に帰ろう?」
「お弁当、作ってきてもいい?」
三方向から同時に詰め寄られ、ユキオは引きつった笑顔を浮かべる。
「あ、ああ……まあ……ほどほどに……」
その様子を見て、正平は満面の笑みでうなずいた。
「青春だなあ!」
――その夜。蜂たちをカプセルに戻し、銀色の箱を閉めた。
「なんで勝手に開いてしまったのだろう?」
ユキオは布団の中で天井を見つめながら、深いため息をついた。
(邑人さんとの約束とはいえ、俺は1年無事に過ごせるのだろうか。蜂と共同生活って、危険すぎるだろ……)
甘くて華やかで、そしてどこか物騒な人と蜂の同居(同巣)関係。
高柳家の平穏は、どうやってもしばらくは戻ってきそうにない。




