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女王蜂に育てられた俺~宇宙最難関資格に挑む  作者: 和子


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29/42

buzz.29 冬に挑む女王蜂


 10月は、まだ暖かさが残るが、秋の光は、どこか遠い星のように冷たく澄んでいた。

厨子駅前のアーケードを、クロとミェリナが並んで歩く。

アスファルトに落ちる影は細く長く、風に揺れている。

挿絵(By みてみん)

 クロは静江のお下がりのカーディガンを羽織っていた。

毛糸の柔らかさが、彼女の丸い肩にしっくり馴染んでいる。

挿絵(By みてみん)

ミェリナはダウンジャケットに厚手のロングストッキング。

人間の冬を完全装備で迎える姿だ。


「飛んだらすぐなんだけどねぇ…」


 クロは空を見上げた。

秋の空は高く、どこか乾いている。

羽音を立てれば、ほんの数秒で駅前を越えられる。


 だが今日は、寒さに弱いミェリナの歩幅に合わせて歩いていた。

「歩くのも悪くないわよ」


 ミェリナはスマホを見つめながら言った。

画面にはバスの到着時刻が表示されている。


「ほら、もうすぐ来る。バスに乗っていきましょう」


 そのスマホは、彼女が買ったものではない。

邑人英二が三匹の女王蜂ために用意したものだ。


 それは三匹がユキオについていく日の直前、8月の30日のことであった。

――人間界で生活するためには必要なのでな。


 そう言って、ミェリナ、ツェンドリカ、クロの三匹に手渡した。マイナンバーカードまでセットされており、彼女たちは邑人の"養子"として登録されている。


「英二さん、帰ってくるって言ってたよね」


 クロがぽつりと言う。


「一年のうちには戻るって。……約束したもの」


 ミェリナはスマホをスワイプして邑人に電話してみた。

「…おかけになった電話は、電波の届かない場所か、電源が入っていないためかかりません」


 その自動音声は、予想したとおりの物寂しいものであった。

9月の頭ぐらいまでは、「おう、どうした?元気にやっているか」という返事があったものだ。


 アーケードの下を歩くと、衣料品店のショーウィンドウが光を反射していた。

マネキンが着ている冬物のコートが、どこか別世界の衣装のように見える。


「ねぇクロ。あなた、寒くないの?」


「こんなのまだまだ寒くはないよ、でも……静江さんのカーディガン着てるから暖かいのかな?」


 そういうクロの笑顔に、ミェリナは吐く息を白くしながら笑顔で返した。

その横顔は、秋の空気の中でどこか落ち着いた大人の女性のように見えた。


 クロはふと気づく。

――ああ、もうすぐ"人間の冬"を過ごすんだ。


 飛べば一瞬で通り過ぎてしまう季節を、歩くことで、彼女たちはゆっくり味わっている。


 バスが到着し、二匹は乗り込んだ。暖房の効いた車内は、外の冷気とは別世界のように暖かい。


 ミェリナは窓の外を眺めた。

冬の街がゆっくりと流れていく。


「英二さん、早く帰ってくるといいね」

クロがつぶやくと、ミェリナは小さく頷いた。


「……うん。元気な声がまた聞きたいわ……」


 バスの窓に映る二人の姿は、どこか家族のようで、どこか旅人のようだった。


 冬の街を走るバスは、女王たちがそれぞれの冬を迎えるための、静かな序章を運んでいた。



【厨子周辺のショッピングガイド】


 厨子駅前のロータリーは、冬の午後らしい薄い光に包まれていた。

駅前には小さな衣料品店や古着屋が点在しているが、若者が群がるような大型チェーン店――たとえばユニクロのような店は見当たらない。


 この街の若者たちは、輸入古着店を巡って自分のセンスで着回せる服を探す。

値段はお小遣いの範囲、工夫しながら楽しむのがこの街の流儀だ。


「今日は、あたしがミェリナをお供に連れ出したんだよ!」


 クロは胸を張って言った。

静江のお下がりのカーディガンを羽織り、冬の空気の中でも元気そうだ。

ミェリナはダウンジャケットにサングラス、厚手のロングストッキング。

二人はどう見ても普通の女子高生にしか見えない。


「かわいい服、買うんでしょ?」

ミェリナが笑う。


「うん! ミェリナからもらったお小遣いでね!」


 クロは嬉しそうにに背中の羽を小さく震わせた(ように見えた)。


 ミェリナのハチミツビジネスは順調だった。

ネット銀行に口座を開き、通販にも手を広げている。

クロは梱包や発送を手伝い、その"バイト代"としてお小遣いをもらっていたのだ。


「働いた分はちゃんと払わないとね。クロは優秀なスタッフなんだから」


「えへへ、そう言われると照れるよ」


 駅前にも店はあるが、今日は少し遠出をすることにした。

ミェリナがスマホを取り出し、時刻表アプリを確認する。


「JRに乗って、辻堂(つじどう)のショッピングモールに行きましょう。品数も多いし、値段も手ごろだし」


「わーい! あそこ広いし、かわいい服いっぱいあるもんね!」


 クロは両手を上げて喜んだ。以前遠出をした時に、ハチの姿で観察していたのだ

「いろんな色の服がお店の外にまで吊るされていて、まるで何かのお花畑みたいだったよ。ホント、蜜や花粉も採れそうな感じの」


 そう言って涎を出しそうな笑顔がほころんだ。その姿は、冬空の下で跳ねる小さな太陽のようだった。

挿絵(By みてみん)

 二人は厨子の改札へ向かって歩き出す。

冬の駅前を抜け、電車に揺られ、辻堂の大きなショッピングモールへ――。


 その背中は、まるで新しい季節へ向かうように軽やかだった。

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