表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女王蜂に育てられた俺~宇宙最難関資格に挑む  作者: 和子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/44

buzz.21 ツェンドリカのロジスティクス改革


 9月の残暑が猛威を振るう中、スズメバチの軍勢はまさに「絶好調(平常運転)」の稼働を見せていた。いや、むしろ太陽の熱をエネルギーに変え、普段にも増して怒涛の狩猟シーズンへと突入している。


 通常、彼らのロジスティクス(物流)は、一見すると「非効率」なスタンドアロン方式だった。

アオムシを捕獲すると、狩猟蜂はその場で解体・肉ダンゴに加工し、自力で巣まで持ち帰る。真社会性生物でありながら「狩猟役」と「輸送役」の分業をしないのには、数億年の進化が導き出した3つの強固な経営戦略(生存戦略)があるからだ。


【従来型ワンストップ・ロジスティクスの優位性】

 鮮度の維持(品質管理)> 幼虫の餌となる昆虫の胸筋は、放置すると一瞬で乾燥し硬化するか、腐敗が進行する。捕獲者がその場で噛み砕き、新鮮なうちに運ぶのが最もロスが少ない。


 重量制限とエネルギー効率(輸送リスク軽減)> 獲物は時に自重を超える。これを空中や地上で別個体に「バトンタッチ」するのは落下リスクが高く、余分なエネルギーを消費する。ガッチリとホールドしたまま、巣を目指して羽ばたくのだ。


 空間記憶の最適化(ルートの最短化)> 「どこで獲物を見つけたか」を知る本人が、処理から搬送まで完結させる方が、情報を活用できるのと同時に、タイムロスという「見えないコスト」を排除できる。


 だが、スズメバチの女王ツェンドリカは、この完成された伝統的ビジネスモデルに、あえて新規の「ロジスティクス改革」を提案した。


「ウーカン、ヒチョウ。よく聞け。今回は新たな物流ネットワークを構築する」


 物々しい鎧をまとったツェンドリカは、二人の精鋭、そしてボーダーシャツ姿でガタガタ震えている見習いバチのユキオを見下ろして不敵に微笑んだ。

挿絵(By みてみん)

「お前たちがアオムシを刈り取ったら、現場ですぐに肉ダンゴに加工し、このユキオがいる『中継キャンプ地』へと納品する。ここでダンゴを受け取った私が、最終拠点(高柳家2階)へとピストン輸送する。そしてユキオ――お前はこのキャンプ地の『物流マネージャー(定点監視役)』として、ダンゴの検品と受け渡しが円滑に完了するよう、管理作業を行うのだ。悪くはあるまい?」


「ええっ!? 俺、ただのデポ(配送拠点)の留守番係!?」

見習いバチのユキオが触角を震わせる。要するに、一番危険な最前線と拠点の間に挟まれ、肉ダンゴの監視をさせられるという、新手のブラックバイトだった。


 しかし、このトップダウンの構造改革に、現場の職人たちは大賛成の声を上げる。


「なるほど……!」

漆黒の三つ編みをなびかせ、青龍刀を構えたウーカンが、きりりとした複眼を輝かせた。

「これならば、我らは巣に戻るまでの輸送コスト(体力消耗)を完全にカットし、100%近くのパワーを『狩猟』というコア業務に投入できる。往復の移動時間がもったいないと常々思っていたのだ。素晴らしい業務効率化です、ツェンドリカ様」


「全くだぜ!」

炎の赤髪を揺らし、三叉の矛を携えたヒチョウが、があははッと大あごを鳴らす。

「このユキオとかいう貧弱な働き蜂は、現場での()()(タスクこなすこと)に全く不向きだし、重量物の長距離輸送なんてハナから無理だからな。おい、ユキオ! お前はせいぜい、ウチらが仕入れてきた特上肉を、他のキイロスズメバチ(競合他社)に横取りされねえよう、目ん玉ひん剥いて見張ってろよ!」


(競合の略奪リスク対策までワンオペでやれってことかよ!?)


 9月の過酷な前線。猛暑のなか、スズメバチ界の革新的ブラックな新ビジネスモデルの歯車が、ユキオの涙とともに回り始めようとしていた。


 とはいえ、この革新的な物流システムをさらに冷徹な、第三者的な視点から観察すれば――そこには「シロウトのユキオにはうってつけの仕事」という言葉だけでは片付けられない、血の凍るような組織の力学が働いていた。


 この中継キャンプ地におけるユキオの役割は、裏社会の隠語で言うところの「受け子」そのものだ。

最前線の()()(ウーカンやヒチョウ)が仕入れてきた「ブツ(肉ダンゴ)」を一時的に預かり、組織の()()(ツェンドリカ)へと横流しするだけの上、最もリスクの高い定点作業員。


 もし、この危険な9月の前線において、他の獰猛な肉食昆虫という名の「ガサ入れ」が入ればどうなるか。


 縄張りを荒らされた競合他社や、獲物を狙う別のキイロスズメバチの軍勢がこの拠点に突入してきたその時、真っ先に血祭りにあげられるのは、戦う術を持たない「受け子」のユキオなのだ。彼一人が現場で始末され、トカゲの尻尾切りとして機能すれば、最前線の精鋭たちとトップの女王には一切の累が及ばない。実によくできた、「ツェンドリカ組」にとってあまりにも都合のいい防壁システムであった。


「おい、ユキオ。なに青い顔してんだよ」


 三叉の矛の刃先をユキオの喉元にピタリと突きつけ、ヒチョウが低く、濁った羽音を鳴らす。その赤い髪の奥にある複眼は、もはや生ゴミを見る目ですらなく、いつ捨てるべきかを計算しているヤクザ者のそれだった。


「お前がブツをロストしたら、どうなるか分かってんだろうな? ガサ入れが来たら、お前が文字通り『肉の壁』になって時間を稼げ。ウチらのビジネスを邪魔する奴は、一匹残らず噛み砕くが……お前の命の保証までは……まあ、期待すんな!」


「……っ」


 ユキオは喉元に冷たい金属の感触を覚え、生唾を飲み込んだ。

ウーカンは青龍刀の刃を静かに指先でなぞりながら、きりりとした眼差しを一切崩さず、その様子を黙認している。


「フッ、そう脅すなヒチョウ。ユキオは我が巣の大切な、使い勝手のいい『資産』だからな」


 ツェンドリカが楽しそうに、だが有無を言わせぬ絶対的な女王の威厳をまとって微笑む。彼女にとって、この新ビジネスモデルは人間社会に馴染むためのただの効率化ではない。絶対的な階級社会を生きるスズメバチの長として、外様であるユキオを完全に支配下に置いたことを意味していた。


(ほんわかした日常小説だと思ってたのに、いつの間にか裏社会の闇バイトに巻き込まれてる……!?)


 残暑の熱気とは裏腹に、ユキオの背筋には冷たい汗が伝う。

一度足を踏み入れてしまったら最後、この「ツェンドリカ組」からの脱退は、死を意味するのかもしれなかった。不穏な重低音を響かせるハチたちの影が、見習いバチ姿のユキオをじわじわと包み込んでいく。


「ただ立って見ているだけの仕事というのもつまらんだろ?」


 ヒチョウは三叉の矛を無造作にユキオの喉元に突きつけていた。そして、怯えきるユキオの華奢な背中を、まるで親しい悪友にでも接するような軽さで、ばんばん! と強烈に叩いた。その衝撃だけで、ユキオの背骨が悲鳴を上げる。


「もしガサ入れがあれば、命がけで、体を張ってブツ(ダンゴ)を守り抜けよ」


 悪びれもしないどころか、まるで『やりがいのある重大任務』を言い渡すかのようなトーンだった。当然、ユキオの顔からは血の気が引いていくが、ヒチョウはさらに顔を近づけ、大顎をカチカチと鳴らしながら、これ以上ないほど「爽やかな悪党の笑顔」を浮かべた。


「おいおい、そんな絶望した顔すんなって! 心配すんな、俺たちかツェンドリカ様が常に現場とここをピストン輸送してるんだからよ。お前がほんの『少しだけ』時間を稼げば、俺たちがすぐに戻ってきて敵を綺麗に蹴散らしてやるよ」


「……少しだけ、って、具体的に何秒だよ」

ユキオが震える声で尋ねる。


「そうだな、お前の頭が噛み砕かれて、バラバラの肉塊に加工されるまでの間くらいさ。まぁ数分もありゃ十分だろ? がはははは!」


 なんの慰めにもなっていない。むしろ、自分が『肉団子奪還までの時間稼ぎ用サンドバッグ』として100%使い捨てられる予定であることを、これ以上なく明確に告げられただけだった。数分も獰猛な肉食昆虫の襲撃に耐えられるわけがない。


 ウーカンは青龍刀の石突きをカツンと鳴らし、たなびく漆黒の三つ編みを軽く払いながら、きりりとした眼差しで淡々と言い添えた。


「効率的なサプライチェーンには、多少の『初期投資』と『現場のリスク』が付き物だ。気にするな、ユキオ。お前が首尾よく肉の壁を果たせば、我が組の今期の業績(晩秋の新女王の羽化)は約束されたも同然。名誉ある殉職だ」


(ハイ、二階級特進、出ました。さらばユキオ、お前の死はムダにはしない。安らかに眠れってか!)


「名誉もクソもあるか! 全然慰めになってないし、ただの死亡フラグじゃねえか!!」


「フッ、頼りにしているぞ、ユキオ」

ツェンドリカの容赦のない甘い微笑みが、ユキオの逃げ道を完全に塞ぐ。


「よし、ウーカン、ヒチョウ、出陣だ! 狩り尽くしてこい!」

「「御意!!」」


 圧倒的な重低音の羽音を残し、二匹の修羅は凄まじい速度で前線へと飛び立っていった。残されたのは、いつ「ガサ入れ」が来るかもわからない恐怖のキャンプ地と、頼りない羽を震わせる、ツェンドリカ組の哀れな「受け子」が一人だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ