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女王蜂に育てられた俺~宇宙最難関資格に挑む  作者: 和子


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buzz.17 三女王の盟約


「それじゃあ、本日の営業はこれにて終了!」


クロの軽快な念波と共に、視界がぐにゃりと歪んだ。

ハチの複眼が捉えていた極彩色の世界が遠のき、強烈な落下感のあと――ユキオは「自分の重さ」を取り戻した。


「……はっ!」


 ガバッと頭を持ち上げる。そこは見慣れた厨子市の実家、自分の部屋の床の上だった。

首を回すと、いつものコリと痛みがズシリと響く。どうやら無事に人間の肉体へと帰還できたらしい。


 開け放たれた窓からは初夏の穏やかな風が吹き込み、おにぎりの匂いがほんのりと漂っていた。


(ふぅ……お母さんには気づかれなかったみたいだな)


 ユキオは胸をなでおろしたが、ホッとしたのも束の間、ベッドの上に目をやった瞬間、彼の心臓はドキンと跳ね上がった。


 そこには、セーラー服姿のクロが仰向けになって、いまだにすやすやと眠っている。

ここまではいい。問題は、そのベッドの脇に突っ伏している「自分自身の姿」……ではなく、その二人の状態だった。


「ちょ、ちょっと待て……。なんで僕たち、まだガッチリ手を繋いでるんだ!?」


 ハチの世界へ旅立つ直前、クロに握られたその手は、現実の肉体でも奇跡的なホールド力を維持したまま、指と指を絡めていた。しかも、クロのお腹には、なぜか見覚えのあるタオルケットが優しくかけられている。


(えっ、これ誰がかけたの? 留守中にまさか、お母さんが入ってきた……!?)


 気の小さいユキオの脳内で、一気に最悪のシミュレーションが始まった。彼はいつも、物事を深刻に考えすぎる悪癖があるのだ。


(もし、お母さんに見られていたとしたら、この状況をどう説明すればいいんだ!?)


 脳内言い訳コンテストが、ユキオの頭の中で緊急開催される。


【言い訳案A:たまたま遊びに来た同級生を部屋に入れたら、なんか急に眠くなったというので、親切心からベッドを貸した。で、自分も疲れていたので床で仮眠をとることにした】


「いや、無理があるだろ!!」

ユキオは思わずセルフツッコミを入れた。

百歩譲ってベッドを貸すのはいい。だが、床に丸まった男子高校生が、ベッドの上の女子高生と「恋人繋ぎ」で熟睡している。この一点において、案Aのピュアな言い訳は完全に崩壊する。


(そんなに深い間柄じゃないんだ! 会ったばかりなんだ! いや、会ったばかりの女子を部屋に入れて手を繋いで寝てたら、それこそ大問題じゃないか!?)


 ユキオの顔から血の気が引いていく。

もしこれがお母さんの目に触れていたとしたら、今頃階下では大変な勘違いが進行しているはずだ。


『あらユキオ、彼女さんいるなら、ちゃんとお母さんに紹介しなさいよー!』

『もう、水臭いんだから。今夜はお祝いに、産直のレタスをふんだんに使った特製サラダね!』


 そんな静江の弾んだ声が幻聴となって耳に響く。

ただでさえ「モテないユキオにガールフレンドができた」と喜びそうな両親である。この決定的な現場を見られたら、明日には親戚中に「ユキオに彼女ができた」とラインで一斉送信されかねない。


「違うんだ……彼女じゃないんだ、ハチなんだ……! 中身は二億年前から生きてるマルハナバチの女王様で、僕は糖質ハントのナビゲーターをしてただけなんだ……っ!!」


 実際、真実をそのまま伝えた方が100倍狂っている。どっちに転んでも言い逃れのできないマダミス(マーダー・ミステリー:体験型・殺人事件推理ゲーム)のような状況に、ユキオは頭を抱えてベッドの脇でジタバタとのたうち回った。


「う、うう……とにかく、お母さんが上がってくる前に、この手を離さないと……!」


 決死の覚悟で、クロの小さな手をそっと自らの指から引き抜こうとするユキオ。しかし、夢の中でまだ蜜を吸っているのか、クロは「むにゃ……」と声を漏らし、逆にユキオの手をぎゅっと力強く握り返してくるのだった。


「おい、起きろ、クロ!」


 厨子市の静かな夕暮れ時、難関資格を目指す少年の部屋では、生態系の神秘よりも遥かに過酷な「思春期のパニック」が絶賛大爆発中であった。


「……んぅ……むにゃむにゃ……」


 ベッドの上で口をムニュムニュさせていたクロが、ようやくうっすらと目を覚まし、上体を起こした。寝癖のついた黒髪のまま、気だるげにユキオを見つめる。


「以上で研修終了ー。……あ、キャンディー返して」

「えっ」


 言われてユキオはハッとした。寝る直前、クロによって自分の口に無理やり突っ込まれたはずの、あのイチゴ味のポップキャンディー。気がつけば、自分の口の中には影も形もない。あたりを見回しても、床に落ちている気配すらなかった。


(え~……僕、寝ている間に無意識に舐めきっちゃったのか!? それにしても、プラスチックの棒すら残ってないなんて、どんなミラクルだよ!?)


 自分の胃袋の恐怖のブラックホールっぷりに戦慄しつつも、今はそれどころではない。いつ母親がドアを開けて入ってくるか分からないのだ。


「ク、クロ! 今日のお礼にまた今度、山ほど甘いものを用意するから! とりあえず今日はカプセルに戻ってくれ!」


 ユキオは慌てて『銀色の箱』を操作した。

「ちぇー、ケチ」と言いたげなクロの不満そうな表情が、光の粒子の中に消えていく。カチリと蓋が閉まった、まさにその瞬間――。


「ユキオ、起きたの?」


 ガチャリと、恐れていたドアが開いた。母・静江の登場である。

(セーーーーフ!!!)

ユキオは心の中で安堵の嘆息を漏らした。ギリギリのタイミングで、最大級の修羅場を回避することに成功したのだ。


(……あら? 誰も、いないの?)


 静江は部屋をぐるりと見回し、少し寂しそうに軽くため息をついた。(あのお友達二人、もう帰っちゃったのかしら?)と、完全にミェリナの完璧な外交辞令を信じ切っている様子だ。


 ユキオは心臓のバクバクを隠すように、「あ~あ、よく寝た!」と、大根役者ばりのわざとらしい起きぬけのアクションをカマしてみせた。


「なんだかお腹減っちゃったなぁ。お母さん、久美子おばさんのおにぎり、まだ残ってる?」

「ええ、あるわよ。本当に美味しいかったわ」

「じゃあ早く食べよう!」


 ユキオは静江を部屋から追い立てるように促し、自らもそそくさと階下へ降りていった。


ーーー

 バタン、とドアが閉まり、静まり返った勉強部屋。

あるじがいなくなったその空間に、突如として「カチッ」という硬質な音が響いた。


 なんと、外側からロックされていたはずの『銀色の箱』の蓋が、内側から滑るように開いたのだ。

まばゆく明滅するカプセルの中から、まず姿を現したのはスズメバチの女王・ツェンドリカだった。


「へえ、ホントに内側から開けられるんだ。もう自由に動けるじゃん、俺たち」


 続いて、金髪をなびかせたミツバチの女王・ミェリナが、気品たっぷりに這い出てくる。


「このことは、ユキオには黙っておきましょう。この事を知られたら、思い余って箱の蓋をさらに頑丈にロックしかねませんからね」


「なるほどね! ってことは、俺たちもユキオの目を盗んで、自由に人間界を探検できるわけだ。いいねぇ、血が騒ぐよ!」


 ツェンドリカが不敵に笑うと、ミェリナはフッと妖艶な笑みを浮かべた。


「そうよ。わらしらちも、いざという時のための『切りふら』を用意しれおかないろね……」


……気のせいだろうか。高貴なはずのミェリナの物言いが、なぜか「れろれろ」とひどくもつれている。


 その違和感の正体に、最後に箱から出てきたクロがいち早く気づいた。クロの目がカッと見開かれ、指を指して絶叫する。


「アーッ!!! それ、私のキャンディーじゃないの!?」


 見れば、ミェリナのふっくらとした唇の端から、白いプラスチックの棒がひょっこりと飛び出しているではないか。ユキオの口からキャンディーを抜き取り、自分の口に入れてしまうというドロボウ行為を行ったのは、まさにこの金髪女王であった。


 ミェリナは優雅な仕草で棒を持ち、キャンディーをレロリと口から取り出すと、悪びれもせずに言い放った。


「失礼なことを言わないで頂戴。クロとユキオが仲良く午睡おひるねを楽しんでいる間、ユキオのお母様相手に私がどれだけ苦心して、現状の危機回避に全力を投じていたと思っているの? ……これくらいの報酬、当然だと思わない?」


「ずるい! 私がせしめた糖質なのだから、私が舐めるべきよ!」


 二人の女王が火花を散らした、その刹那。


 ガシッ!!!


「甘いな」


 割り込んできたツェンドリカが、神速の動きでミェリナの手からキャンディーを強奪。そのまま口に放り込むと、容赦なくバリバリ、ボリボリ!!と強靭なスズメバチの顎で、凄まじい音を立てて噛み砕き始めた。


「ああっ!? 噛んじゃダメぇ!!」

「職人の作ったキャンディーを、その頑丈な顎で砕かないで!」


 悲鳴を上げるクロとミェリナを鼻で笑いながら、ツェンドリカはイチゴ味の破片を豪快に飲み込んだ。


「油断したな、ミェリナ。我々の利益は常に平等、山分けといこうじゃないか?」

「噛み砕いたら分け合えないでしょうが!」


 ハチの生態系ビジネスにおける同盟なのだか、単なる糖質を巡る抗争なのだか最早さっぱり分からないが――何はともあれ、この厨子市の小さな部屋で、3人の女王たちの間に「とりあえずの共闘の盟」が、ドタバタの中で結ばれたようであった。


 階下でおにぎりを頬張るユキオが、自分の部屋で「とんでもない秘密基地」が爆誕していることに気づくのは、もう少し先のお話である。

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