表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

3.俺の名前はファンザらしい。同人サイトかよ



 翌朝、ナツに連れられて街へ出た。


 リューネは思ったより大きな街だった。石畳の大通りに露店が並び、空には見たことのない形の鳥が舞っている。魔道具屋の看板が光っていて、鎧姿の衛兵が欠伸をしながら歩いている。絵に描いたようなファンタジー都市だ。


「おにい、ぼーっとしない。はぐれたら置いてくから」


「置いてくな」


 ナツはすたすたと歩く。俺はその半歩後ろをついていく。なんか保護者と子どもが逆転している気がするが、今は文句を言える立場じゃない。


 露店のおばさんが俺に気づいて手を振った。


「あら、ファンザじゃないか! 生きてたのかい!」


 ——ファンザ。


「……ファンザ」


 思わず繰り返した。心の中で全力でツッコんだ。同人サイトかよ。


「なに呟いてるの」ナツが振り返る。


「いや、なんでも」


 どうやらこの世界での俺の名前はファンザというらしい。山田健二として二十年生きてきた人間に今さら「ファンザです」と名乗れというのか。無理がある。当面、心の中では自分をケンジと呼ぶことにしよう。



◆ ◆ ◆



 街の人々の反応は、おおむね似たり寄ったりだった。


「よかった、無事だったか」「心配したぞ」「また無茶したんじゃないだろうな」——そういう声をかけてくる人間が、多い。


 つまりこの世界のファンザは、わりと顔が広かったらしい。そして、わりと無茶をする人間だったらしい。


「なあ、ナツ」


「なに」


「俺って、街でどういう立場だったんだ?」


 ナツがちらっと横目で見てきた。


「……冒険者。Bランク。一応、それなりに有名」


「一応って」


「実力はあるのに、使ってる魔法が変すぎて、ギルドの評価が伸び悩んでた」


「変すぎる魔法」


「そう」ナツは歩きながら、少し間を置いた。「おにいの魔法、《写し》って言うんだけど——自分や相手の記憶・感覚・状態を、一時的に別の人や物体に『写す』魔法。攻撃もできないし、防御にも使いにくい。何が強いのか、あたしにも正直よくわからない」


 《写し》。


 記憶を写す、感覚を写す、状態を写す。


「……なんか、地味だな」


「だから評価が伸び悩んでたって言ってるんでしょ」


 辛辣だ。でも否定できない。



◆ ◆ ◆



 ギルドに着いたとき、受付の女性が目を丸くした後、盛大にため息をついた。「生きてたんですね、ファンザさん」という声には、心配と呆れが五分五分で混ざっていた。


 ギルドの掲示板を眺めていると、後ろから声がかかった。


「……生きてたか」


 低い、静かな声だった。


 振り返ると、壁にもたれた男がいた。長身で、黒っぽいローブを羽織っている。前髪が目にかかるくらい長くて、表情がよく読めない。年は俺と同じくらいか、少し上か。


 俺のことを見ているが、特に嬉しそうでも悲しそうでもない。ただ、静かに、確認するように見ている。


「……えっと」


「ヤノミソ!」


 ナツが男の名前を呼んだ。声が、さっきより二割くらい明るい。


「ヤノさん、やっぱりここにいた。おにいが戻ってきたんだよ、記憶がちょっとおかしいけど」


 男——ヤノミソは、ナツの方をちらと見た。短く、小さく、頷いた。それだけだ。


 それからまた俺に目を戻して、


「……記憶は」


「ない。街に来る前のやつが全部」


「そうか」


 それだけ言って、ヤノミソは視線を外した。会話終了、という空気だ。


「ヤノさんは口数少ないから気にしないで」ナツが補足してくれた。「でも信用できる人だから。おにいの数少ない友達の一人」


「数少ない、って」


「事実でしょ」


 ヤノミソは否定しなかった。俺も否定できなかった。


 しばらくして、ヤノミソがぼそりと言った。


「……《写し》、使えるか」


「試してない」


「試せ。記憶より先に、体が覚えてることがある」


 それだけ言って、ヤノミソはローブをひるがえして歩いていった。ナツが「ヤノさーん、また今度ね!」と声をかけると、振り返りもせず片手だけ軽く上げた。


 俺は去っていく背中を見ながら、右手を見た。


 《写し》。攻撃にも防御にも使いにくい、地味な魔法。


 ——でも、なぜだろう。


 その名前を聞いたとき、体の奥の何かが、微かに反応した気がした。


「おにい」


 ナツが俺の袖を引いた。


「帰ろ。夕飯、また作ってあげるから」


「……ああ」


 俺は右手を握って、開いて、それからナツの後に続いた。


 記憶より先に、体が覚えている——か。


 ヤノミソの言葉が、夕暮れの石畳に静かに溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ