竜のお世話係26
次の日、セドリスを含む一部の竜騎士は急遽休暇となった。
今日は簡単な竜のお世話だけでいいと言われていたためリズはルーメロスを軽くブラッシングするだけにした。
「リズー。調子はどう?」
マーシャルが小屋の前で声をかけてきたため、リズは微笑みながら表に出た。
後ろにはウォルフの姿。
「ウォルフ!お疲れ様。大丈夫だった?」
確か彼は今日は休暇メンバーだったはずと思いながら言うと、ウォルフはヒラヒラと手を振る。
「大丈夫よ!ありがとう。今日は簡単な報告をしにきただけなんだけどねぇ。ちょっとあんたたちの顔を見ていこうと思って」
いつも通りのウォルフにリズは微笑んだ。
「ウォルフも大変だったわね」
「まぁねぇ、あの竜は残念だったわね。あんた落ち込むんじゃないかと思ったけど大丈夫そうで安心したわ」
ウォルフにも心配させてしまったのか。
「ありがとう。悲しいけど仕方ないことだものね」
「リズは、あの竜の世話をしてたから、再起不能になるほど落ち込むんじゃないかってセドリスとカジミール隊長達が心配してたのよぉ。本当、大丈夫そうで安心したわ」
そう言って、ウォルフは隣に居たマーシャルと顔を合わせて微笑み合った。
「これなら大丈夫そうね」
「本当ね、明日が楽しみねぇ」
二人はお互い何があるのか、微笑み合ってからリズを見る。
「なにかあるの?明日」
リズが尋ねると二人は意味深に笑って手を振った。
「何にもないわよ。 気にしないで」
と、マーシャル。
ウォルフもニコニコ笑いながら隊服のポケットから小さな袋に包まれたものをリズに渡した。
開けてみると、かわいらしい口紅が入っている。
「プレゼントよ。急いで買ってきたのよ。ここぞというときにつけてね。絶対よ」
「急にこんなの貰う意味が解らないんだけど?」
首をかしげるリズにウォルフはいいからとニコニコ笑いながらリズに口紅を渡す。
「私、今日はもう帰るけど、今日はしっかりお肌の手入れするのよ。よく寝て体力万全にしておいていね」
そう言って去っていく彼を見送って、首をかしげながらマーシャルを見ると、彼女もニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ウォルフといい、マーシャルといいなんか変じゃない?」
「変じゃないわよ。私たちもお世話終わったから帰りましょ。明日お休みいただいているし」
「そうね」
リズは頷いて口紅をポケットに入れた。
崖の上に建っている家に帰ると、すでに会議を終えた父親は帰っておりまだ日は暮れていないのに酒を飲んで少しばかり酔っぱらっているようで陽気な顔をしてリズを迎えてくれる。
「お帰りリズ~。大きくなったなぁ」
グイっと手を取られ、座っている父親が抱きついてきた。
酒臭い父親に顔をしかめ、逃げようとするが熊のように大きな筋肉からは逃れられない。
「ねぇ、なに?暑苦しいんだけど!」
大きくなってからそんなことをしてこなかった父親が今日に限って暑苦しい。
不愉快に思って引きはがそうとするが、ふと竜の最期を看取って指揮を執ったのは父だということを思い出し、寂しいのかと思い小さくため息を吐いて父親の背中に両手を回す。
「ガットのことありがとう」
リズの言葉にカジミールは頷く。
「あの竜は残念だったな。でもお前が気に病むことは何もないよ。お前はよくやったよ」
「ありがとうお父さん」
「あらあら、お父さんったら寂しいのねぇ、子離れが近づいて」
母親が笑いながら夕食を並べていると、カジミールが不機嫌そうに席に着いてお酒を一気に飲み干した。
「子離れって、大げさな」
やっと離してもらったとばかりにリズは席に着きながらいうと、ハンナは微笑んだ。
「私とお父さんが出会ったのも、リズと同じぐらいの年だったわよねぇ。懐かしいわ」
「やめろ、やめろ。そういう話をするな」
急に思い出を語り出した母親と、何かに不機嫌そうな父親に首を傾げつつリズは夕食を摂る。
「なんか今日みんな変じゃない?」
首をかしげるリズに母親はそう?と微笑んでいた。
ベッドに横になりながら考えるのはあの竜のこと。
ベストを尽くしたと思っているが、本当にこれでよかったのだろうか。
セドリスはそれで大丈夫なのだろうか。
父親が乗っていた竜を見送って辛くないのだろうか。
グルグル考えてリズはため息を吐いた。
昨日会ったセドリスはすっきりした顔をしていたなぁ。
いつも何かを抱えていたような雰囲気だったが、昨日は何か吹っ切れたような明るい顔をしていたの思い出す。
「いつにもましてかっこよかった気がする・・」
呟いて、布団の中でバタバタと暴れまわる。
「はぁーだめだ・・寝よ・・」
どれぐらい寝ていただろうか、ふっと目を覚ますとまだ外は暗い。
ベッドの横の窓からは星空が見える。
喉が渇いたため水でも飲むかと起き上がると窓辺に人の気配を感じて目を凝らす。
町を見下ろすことができるベランダに誰かがいる。
泥棒かと思い、気配を消しながらそっと窓辺を見るとよく知った人物が立っていた。
「なんだ起きてたのか、ちょうど良かった」
「セドリス・・・・なんでこんなとこに居るの」
心臓が飛び出るほど驚いたリズがかすれた声で言うとセドリスはいつもと同じ無表情だ。
外は暗いのに、セドリスの白い顔がよく見える。
「迎えに来たから。ちょっと散歩に行こう」
「はぁ?」
セドリスとは気づけば長い付き合いになるが、こんな意味不明なことは初めてだ。
夜にベランダに立っていたことも初めてだ。
「どこに行くの?」
何か事件かと顔色を変えたリズにセドリスが軽く首を振った。
「別に事件とかじゃないから。本当にただの散歩。ルーメロスと一緒」
「え?ルーメロスと?」
竜騎士以外乗ることを許されていない竜に乗れるなんて一瞬喜んだが、これは規則違反なのではとリズが怪しんだ顔をすると何も言っていないのにセドリスが珍しく微笑んだ。
「大丈夫、許可取っているから」
「そ、そうなの?どういう許可?散歩とかって許されるはずないと思うんだけど」
怪しんでいるリズにセドリスは頷く。
「まぁ、普通はそうだ。でも今日は大丈夫。とりあえず、早く行こう」
今すぐにでも行こうと部屋に入ってきてリズの手を掴もうとするセドリスに慌ててストップをかける。
「まってまって、行くから。準備させて。ちょっとベランダで待ってて。着替えるから」
パジャマ姿のリズを眺めてセドリスは頷いた。
「たしかにそれじゃ、寒いかもな。夜明け前で少し冷えるから少し厚着してきてくれ」
「はーい」
リズが頷くと、セドリスはうなずいてベランダに出てそのまま飛び降りた。
「えぇぇ?」
驚いて窓辺へと駆け寄り下を見ると音もなくルーメロスが飛んでおりセドリスを乗せて空へと向かって飛んでいく。
上空で旋回して待ってくれるようだ。
よくわからないけど急ごうとリズはクローゼットを開けて暖かそうな服に着替えて身だしなみを整えた。
ポケットに入っていたウォルフの口紅を思い出して、セドリスと竜に乗るという夢のような出来事。
すこしでもおしゃれをしようと取り出した。
派手過ぎず、かわいらしい赤い口紅を付けてウォルフにもらったお化粧品で薄く化粧をした。
少しだけいつもよりもかわいくなったような自分の姿を鏡で確認をして、ウォルフに初めて心から感謝をした。
「いつもちょっと、口煩いと思っててごめんなさいウォルフ」
自分では買わなかったであろう可愛い化粧品のおかげで、今日セドリスと恥ずかしくない恰好で散歩ができる。
起き立てよりはすこしだけはましになった身だしなみを鏡で確かめて急いでベランダへ出ると、旋回していたセドリスが音もなく降りてきた。
セドリスの手を借りてルーメロスに乗り込む。
セドリスの後ろに行こうとするが、前に座らされて恥ずかしくて居心地の悪さを感じながらもじもじしていると、すぐに竜は空へと舞い上がった。




