竜のお世話係20
どれぐらい寝てしまっていたのだろうか。
ふと目を覚ますと窓から何やら気配を感じる。
もっとよく見ようと起き上がって窓辺に寄ると蒼い瞳と目が合い悲鳴を上げそうになる。
良く見知った顔がジェスチャーで声を上げるなと指示していたためリズは上げそうになった声を飲み込んだ。
「セドリス、どうして・・・」
小さな声はセドリスに届いたようで、セドリスはしっかりと頷く。
部屋の明かりのおかげでセドリスの整った顔が確認できて久々に見る懐かしい顔に涙が出そうになる。
音もなく、窓についてる鉄格子をセドリスが難なく外した。
手早い作業に驚いていると、外した鉄格子を静かにリズに渡してきた。
「え、これどうするの?」
小さく聞くと、セドリスは眉間に皺を寄せてベッドへと置けと指示を出してくる。
なるほどと静かに鉄格子をベッドの上に置く。
するとセドリスは手を差し伸べてきた。
「え?」
リズが窓から頭を出して下を見ると、セドリスはルーメロスに乗っている。
羽音もなくその場で羽ばたいている竜にリズは驚いているとルーメロスが嬉しそうに鳴こうとしているのをセドリスが止めた。
いつまでも竜に乗ろうとしないリズに、セドリスは無言で腕を掴んで窓から引きずり出した。
落ちると悲鳴を上げそうになるがリズはぐっと耐えて気づけばルーメロスの背の上。
「私だけ逃げられないわ。ここには竜が二匹いるのよ」
小声で訴えるリズにお構いなしにルーメロスは音もなく建物から遠ざかっていく。
セドリスは一切声を出さす、リズを自分の前に乗せるとますますルーメロスの飛ぶ速度を早くしていった。
森に入るとすぐに木々スレスレを音もなく飛ぶルーメロスに背後から、もう一匹の竜が近づいてきた。
「やだ、今日は偵察ってことだったはずなのに奪還に成功したのね」
聞き覚えのあるおねぇな話し声にリズは笑みを浮かべた。
「ウォルフ!」
「元気そうで良かったわ」
ウォルフはにっこりと笑ってルーメロスの後ろを飛んでいる。
二人とも黒い騎士服なので暗闇に紛れて近くに居ないと自分たちの姿は見えないだろう。
「体調に問題はないのか?」
セドリスがリズの全身を確認するように見てくる。
リズは頷いて、セドリスとウォルフに訴えるように二人を交互に見る。
「私と一緒に来たマリアの竜と別にもう一匹竜がいたのよ。かなり前に保護した竜だって言ってたけど
足に名前がついているチェーンがついていたの。ガットっていう竜なんだけど」
リズがそう言うとセドリスは驚いて目を丸くする。
あまりにも珍しいセドリスの驚く顔を眺めていると、セドリスはかすれる声でつぶやいた。
「本当にガットっていうのか?」
「たぶんそうよ。あの国の人は誰も竜に近づこうとしなかったからあの足についていたチェーンはだれも見ていないはずよ。長い事満足にお世話もされて無さそうだったし、すごい弱っていたの。
だから私、ガットから離れられないのよ」
涙ながらに訴えるリズにセドリスは首を振った。
「大丈夫だ。すぐに竜も奪還するようにする。まずは、リズを無事に連れ出すのが先だった」
セドリスの言葉にウォルフもうなずいた。
「そうよぉー。本当は今日は、リズがどこに居るかだけの調査だったんだけど、ルーメロスがここだって勝手に飛んで行ったのよぉ。無事、戻ってこられて良かったわ。みんな心配していたのよ」
ウォルフは泣いているのか目元を人差し指で拭っている。
「ごめんなさい。心配かけて」
自分のせいでまだマリアがお世話していた竜が囚われているのだ、罪悪感で押しつぶされそうになっているリズにセドリスが優しく肩を叩いた。
「大丈夫だ。竜達も生きていれば奪還できる。あんたが落ち込むことなんて何もないんだ」
「でも私、あんなに弱っている竜を置いてきてしまって・・・」
もしかしたら、あの竜はしばらくしたら死んでしまうかもしれない。
竜が酷い扱いを受けてしまうかもしれないと心配で俯いているリズの頭をセドリスは軽く抱き込んだ。
「心配するな。竜は絶対に連れ戻す」
励まそうとしているセドリスの心がわかり、リズは泣きそうな気持を押し込めて頷いた。
「ありがとうセドリス」
「もう、二人とも。素敵よぉ~」
後ろからウォルフがうっとりして声をかけてきた。
「ウォルフもありがとう」
「いいのよぉ。ほら、帰ってきたわよ、ここが国境。もう安心ね」
ウォルフがそういって下を指した。
どこまでも森が続いており、リズには国境であることがわからないが、真っ暗な森の中に明かりが一つ見えた。
その明かりがゆらゆらと揺れると、森の木々が風で音を立てて揺れ間から竜が数十匹飛び立った。
一瞬にして羽ばたいた竜がリズ達を取り囲む。
「リズ!!」
自分を呼ぶ大きな声に振り向くと、カジミールが心配そうな顔をしてすぐ横に竜を寄せてくる。
「お父さん!」
「無事だったか!怪我は?」
「大丈夫」
リズが無事なことを確認してカジミールはセドリスを見た。
「よくやった! 感謝する。ウォルフも、ありがとうな」
カジミールの言葉にウォルフとセドリスも首を振る。
「とんでもない」
「そうよぉ。偶然と、ルーメロスがリズを思う愛のおかげね」
愛の部分をうっとりとして言うウォルフにカジミールはひきつった笑いを浮かべる。
「追跡者は居ないようです」
旋回して戻ってきた部隊が報告すると団長が頷いた。
「よし。任務完了。城に戻るぞ。それと、リズちゃん、お帰り」
「団長、ありがとうございます」
リズが頭を下げると、ザール団長はウッと言葉に詰まってぽろっと涙を流した。
「リズちゃんが無事でよかったよぉぉ。それも俺の息子が救出するなんてなぁ」
「俺は息子じゃないですけど」
セドリスが小さく言うが、誰も聞いていない。
周りを飛んでいる竜騎士たちが一斉に笑いだした。
「団長がこんな所で泣くなんてなぁ。こりゃ明日は嵐だな」
「違いない」
ルーメロスも嬉しそうにクゥと鳴いて背中に乗っているリズを振り返る。
それまで、鳴くことも振り返ることもしなかったルーメロスを思い出してリズは竜の顔を覗き込む。
「あぁ、ルーメロスは敵陣に行くから鳴かないようにと羽音を立てないように命令していたから」
疑問に思ったリズの心がわかったのか、セドリスが後ろから説明をする。
「そんなことできたの?ルーメロスは賢いのね」
初めて聞く竜と竜騎士の関係と、まだ知らなかったことがあるのかと驚くリズにセドリスは珍しく笑った。
「ほら、城が見えてきた。お帰り、リズ」
ルーメロスを操りながら後ろから優しく言うセドリスにリズは頷いた。
「ただいま」
眼下には明かりが照らされた見慣れた城。
竜が飛び立つ広場では多数の竜が外に出ており、騎士たちも待機しているようだった。
リズ達の姿を見ると一斉に手を振っている。
仲間たちのやさしさにリズは涙が出てきて慌てて手の甲で拭った。




