5話
1.21ジゴワット。
何の数字かお分かりだろうか。
1.21ジゴワット。
果てしなく大きな電力の単位が1.21分。マーリィはバカなのでジゴワットについてはこれくらいしか知る由もないが、恐らくジゴワットとはいかなるものかを正確に説明できるのはタイムマシンの制作者ルクス・リベットだけだろう。なのでマーリィの知っている数少ないジゴワット情報を挙げていこう。
まず、この1.21ジゴワットの電気をタイムマシンに搭載した時空転移装置に送り込むことでマーリィを乗せたデロリアン改造タイムマシンは時空と時間を超える。
次に、1.21ジゴワットの電力は非常に確保が難しい。ルクスは1.21ジゴワットの電力を発電するためにまずプルトニウムによる核反応を試み、これに成功した。しかしプルトニウムによる核反応は失敗の危険性が大きくコストがかかりすぎるため、代案としてパワースポットで変異したストレンジ・ゾンビを燃料にした。これも成功。タイムマシンの現在の動力源はストレンジ・ゾンビだ。
その他に1.21ジゴワットの電力を得るためにはピンポイントで雷に打たれるしかないらしいが、いつどこに落ちるかもわからない落雷を頼りに時空の旅は出来ない。
要するに1.21ジゴワットの電力は核反応、落雷に匹敵するかそれ以上のパワーがある。
じゃあその1.21ジゴワットの電力を……。弾丸や鞭のような、銃撃や打撃、痛覚に訴える物理攻撃が無効の流体金属にぶつければどうなる? 金属は金属、機械は機械だ。
マーリィはデロリアンのアクセルを踏んでスタジオの壁をブチ破った。E-サウザンドは全く変わらぬ走行フォームでデロリアンを追い、そしてストレンジ・ゾンビを動力に変える装置を掴んで飛び移った。バックミラーでそれを確認したマーリィはスイッチを押した。
次の瞬間、1.21ジゴワットの電力は流体金属の体を通り抜けて大放電し、E-サウザンドは想像を絶する電力で溶け落ちた。
「Yes!」
〇
コウガvsピーゴロ大魔王の戦いは、ピーゴロ大魔王を演じる俳優が特殊メイクを落とすと実はイケメンだったと知ったコウガにより大きくコウガに傾いた! あああああ! こいつもイケメンなおかげで望む職に就き、チヤホヤされている! イケメンでなかったが故に夢を断たれたコウガはイケメンに対し並々ならぬ怒りを燃やす! 忍ぶのが身上の忍者であるコウガは、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた戦士、ウルトラコウガモードに突入し、ピーゴロ大魔王を殺害した。
これだけイケメンが嫌いなコウガが、イケメンセレブだらけの映画業界でイケメンの代わりにスタントやアクションなんて務められるはずがなかった。やはり彼は、怒れるリアル忍者、蛙月光蛾なのだ。
〇
ロー・フォンはヴィジターに苦戦していた。しかしローに残っていたモスマンの鱗粉か、陽気なコメディアンの人望か、この世界で親しくした仲間たちがスタジオに駆け付けた! それは可愛いジャパニーズガール(ハァハァ……)と……。神秘のヘアスタイル、マゲを自毛で作った、身長7フィート、体重も300ポンドもありそうな……筋肉と脂肪の塊のスモウ・レスラーだというのだろうか!?
「ハッキィヨホー!」
「ローサン! 滋養強壮ワカメヌードル食ベテ元気出シテクダサイ!」
ズルリとワカメヌードルをすすったローからまんざらでもない気分が抜けていく。ローは、ローは……。
「早く離れるね! 返り血浴びると死ぬよ!」
「おいどんのことはきにせんでくださいでゴワス」
「……。……ッ! 死ねェイ! ヴィジター! 死ねェイ!」
BLAM! BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!
絶え間なく銃弾を浴びせられたヴィジターはビショップみたいに胴から真っ二つになって死んだ。返り血を浴びたスモウ・レスラーと可愛いジャパニーズガール(ハァハァ……)は毒に侵され死んでいた。ローの流れ弾も食らっている。しかしローはもう何も感じなかった。自分を助けて死んだ? こいつらがいなけりゃヴィジターに殺されていた?
だからどうした? 俺はロー・フォン様だぞ。
〇
ヴォン、ヴォン、バチチとフォトン・セイバー特有の音が風を切り、時折アンブレラと火花を散らす。
「ファッキィ!」
BLAM! BLAM! BLAM!
暗黒武器である赤きフォトン・セイバーは弾丸をとんでくるハエよりも簡単に叩き落す。普段は抵抗もせずイチゲキで死ぬ弱いゾンビが相手なのでミランダにチャンバラなんて出来るはずもない。それでもエヴァン・ワイトとしてこのスタジオで積んだ殺陣アクションの経験が最強の暗黒騎士ダース・ヴェンデッターとの死闘をここまで長引かせ、彼女を守ってくれた。しかし力の差は歴然だ。敵うはずもない。ゾンビ殺しではかいたこともない汗で髪がくしゃくしゃになり、息が上がってアンブレラを振る度に腕の筋肉が痙攣する。
「まさか映画のヴィランと戦う羽目になるなんて」
空想を現実にする、これがモスマンの能力……。
しかしこれはミランダらしくない。ミランダはいつもクールでクレバーだ。そんな自分を思い出す。
モスマンはその鱗粉でミランダたちを化かした。そしてモスマンは何かおかしな能力で、空想上のヴィランたちを召還した……。この二つの能力がどちらも鱗粉を使用したものであるならば、まだ体内に鱗粉が残っているミランダは……。
ミランダが通ってきた現実はいつもハードでヘビーでクソッタレに愉快だ。空想? 想像力? そんなものを武器にしたことはない。ゾンビたちにそんな武器は必要なかった。
しかしダース・ヴェンデッターには防戦一方。何かを変えるなら、使ったことのない武器を使うしかない。
「助けて……。助けて! ニュートマン!」
swish……swish……。Splosh!!
ぬらぬらとした光沢を持つ粘液の塊がダース・ヴェンデッターの兜に着弾! ダース・ヴェンデッターはのけ反って顔を掻きむしった。そして天井に張り付く全身タイツのスーパーヒーローをキッと睨みつけた。
「Ribbit……」
CZK5 18-4-A
「エヴァン! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当にジェシー!? 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK5 18-4-B
“NEWT-MAN”
大人気アメコミシリーズ『UNBELIEVABLE NEWT-MAN』に登場するスーパーヒーロー。放射能実験で生まれた特殊なイモリとサイキックパワーで繋がったオタクの少年マイクは、イモリの能力を身に着けた!
「来てくれたのね! わたしのニュートマン!」
「バ、バカな! 何故!? わたしは呼んでいないわよ!?」
エマ・モスマンが狼狽える。その隙にSMASH! ニュートマンの強烈なキックがダース・ヴェンデッターを蹴り飛ばし、自らのマントを踏んだ暗黒騎士は尻もちをついた。そこを逃すミランダではない!
「Take it!」
STING!
ミランダのアンブレラの突きがダース・ヴェンデッターの事実上の二つ目の心臓にあたるマスクの人工呼吸器を破壊し、呼吸不全に陥ったダース・ヴェンデッターは動きを止めた。
皮肉にも、“主人公の父親”という点ではダース・ヴェンデッターと同じであるミランダとチャールズの父親ロバートも晩年は肺を病み、人工呼吸器を必要としていたがゾンビ現象で調達出来ずこの世を去っていた。
「ありがとう、ニュートマン! いえ、マーク伯父さん!」
大人気ヒーローニュートマン。長年、各地でニュートマンショーが行われてきた。カリフォルニアにあるモヤモヤ遊園地パシフィック・プレイ・ランドで行われていたニュートマンショーでニュートマンの中身、つまりスーツアクターを務めていたのはミランダの伯父のマーク伯父さんだった。よっぽどその仕事が嫌だったのかマーク伯父さんは「マッキンリーが見たい」と常日頃から呟き、ゾンビ現象が起きた時に「もう仕事に行かなくていいぞ!」と歓喜してバイクに跨り、家の近所で事故に遭って死んだ。
そんな経緯があるから、ミランダにとってニュートマンの正体はニューヨークの冴えない高校生マイクではなく、マーク伯父さんだった。
そしてここはモスマンワールド。ミランダが会ったことのある人物は例え死人でもここに存在し、そしてモスマンはこの世界に引き入れた人物を精神的安楽死に陥らせるために現実よりマシな虚構と姿、プロフィールを与える。
マーク伯父さんの理想はまだ幼かったミランダにはわからない。マーク伯父さんは俳優になりたかったのか、それともニュートマンになりたかったのか。でもどちらか、あるいは両方でなければ、長年ニュートマンショーを続けたりはしなかっただろう。
きっとモスマンは“ニュートマン”しか知らない。だがミランダは“ニュートマン”と“ニュートマンを演じる者”つまりマーク伯父さんを知っている。ニュートマンを構成する要素をより多く知るのはミランダなのだから、より情報の密度の高いニュートマンを召喚出来るのはミランダに決まっている!
モスマンの知らない中年太りのニュートマンは大ジャンプで天井に張り付き、そのまま天井を這って姿を消した。
「じゃあね、ニュートマン。そして、モスマン」
BLAM! エマ・モスマンの眉間から想像力の源、即ち脳漿が溢れ出てイギリス最高の美女の姿のUMAは崩れ落ちた。
「アイシャ! フィル! お願い!」
「すまねぇミランダ。アイシャはバグってる」
「どういうこと?」
アイシャはこの世界での役割であるセレブのパーソナルアシスタント兼メイク担当の技術で自らに泣いたようなピエロのメイクを施し、脳内でご機嫌なロックをかけてスタジオの階段を踊りながら下っていた。
「君にジョーカー扱いされたからああなった」
「どうするの? 殺した方がいい?」
「いや、あれはアイシャなりのモスマン対策だ。自分の想像力のメモリーを全部使い切ることでモスマンの鱗粉の“空想”の入る余地をなくしている。さすがアイシャだ。あれではモスマンを倒すことは出来ないが、自分からバグることでモスマンにバグらされることを防いでいる。そしてミランダ。なんだ、その……。モスマンを因数分解することは拒否する」
「……何?」
「……君の前で女に触れたくないのさ」
KABOOM!
照明器具をぶっ壊し、肩にチェロキーのナイフが突き刺さったままの血塗れのチャールズがスタジオに戻ってきた。同時に壁をブチ破り、マーリィのデロリアンも戻ってくる。
「モスマンは?」
「フィルがビビったみたい。でももうこれ以上敵は増えないわ。わたしとニュートマンがダース・ヴェンデッターを、マーリィがE-サウザンドを、コウガがピーゴロ大魔王を、ローがヴィジターを倒したわ。……そういえば兄さんはチェロキーとベニー・ワンズに追われていたわね。やっつけた?」
「俺を誰だと思ってるんだ? 敵じゃあねぇぜ!」
「そう。じゃあ死になさい」
BLAM!
ミランダはチャールズの足、胸、肩を撃ち、血と肉が少し吹っ飛んでチャールズは仰向けに倒れた。
「何をするんだミランダ……。まさかモスマンに憑依されているのか? そうだよな……。フィルはお前の気持ちだけは読もうとしない……。モスマンの宿主になるならお前が最適だ……」
「あなたはジェシー・リンカーンでもないみたいね。彼は名優だって聞いたわ、ラディッシュ・アクターのモスマン。調べが足りなかったわね。兄さんは無敵じゃない。一つだけ、どうしても苦手で苦手でたまらないものがあるのよ。兄さんはピエロ恐怖症よ。ベニー・ワンズに勝てる訳ないわ。ベニー・ワンズに勝てる兄さんなら、それはジェシー・リンカーンかチャールズ・モスマンよ。でもジェシー・リンカーンのままじゃベニーは倒せてもチェロキーには勝てない。チャールズ・ノーマンのままじゃベニーにも勝てない。両方を倒せるのはモスマン憑依チャールズだけよ。さぁ、この世にお別れしなさい、モスマン」
「ま、待てミランダ! 俺は正気に戻った! 俺はチャールズだ! 兄を撃つってのか!?」
「わたしたちは旅を始めた時からこう誓っているの。どちらかがゾンビになってしまったら、その時は迷いなく殺す。これが兄妹愛よ」
BLAM!
アイシャは自らをバグらせることでモスマンの憑依を阻止している。
コウガはウルトラコウガモードに突入したことで怒りしか存在せず、想像力が働かない。
マーリィとフィルは元から鱗粉を吸っていない。
ミランダとローの中に残っていた鱗粉は二人が空想によって助っ人を召喚したことで使い果たされた。
もうモスマンはチャールズの体から移動出来ないし、チャールズは男性なのでフィルも遠慮なく触れられる。
「お前を兄さんと呼びたかったぜ、チャールズ」
「や、やめろCHEERRNT!?」
フィルによる方程式の詠唱が始まった。周囲の風景の解像度が下がり、ポリゴンへ、ポリゴンからドットへ、ドットから数字へと変換され、分解されていく。
モスマンとはいったい何だったのか。考える時間は限られている。ここでのことを忘れてしまい、因数分解によってモスマンが消滅するのなら本当にすべてを忘れる。
モスマン……。それは人間が誰かと共有する空想と想像力に寄生する生物だったのではないだろうか。この世にモスマンが一人しかいないのなら、モスマンが誰かと共有する空想はありえない。そして寄生虫というものは自分に足りないもの、賄えないものを得るために寄生する。
なんと孤独な生き物だろうか。何を考えても全く意味がないなんて。
「マーリィ。ありがとう」
「どうしたの? 若い頃のお母さんらしくないよ」
「今生の別れだからかもね。この世界で出会ったマーリィのことは忘れる。未来で会いましょう。この世界が完全に崩壊する前にこの世界から脱出しないとまずいんじゃない?」
「そうだった! あぶねぇ! でもネタバレをさせて! どうせ忘れてしまうんだから! まずチャールズとミランダ。Z13年にマジにハードでヤバいやつが出現する。名前はアリア・アニマ。やつには気を付けて。次にアイシャに。アイシャ。このタイムマシンを作ったのは、ルクスよ」
アイシャの泣き顔メイクが本物の涙と笑顔で崩れた。
「ルクスが……」
「スゴイでしょ? ルクス・リベットは天才よ。ええ、そりゃあもちろん、ルクスの最高傑作。あんなに誇らしげなルクスは初めて見たわ」
「よかった……。本当によかった、ルクス! そしてわたし!」
誰もが認める最高傑作が出来た時、ルクスはアイシャにプロポーズする予定だった。少なくとも二人が結ばれない歴史は回避されたことになる。
「それから母さん。わたしのお父さんは……」
マーリィはそっとミランダの耳元でささやき、逃げるようにタイムマシンに乗って別れも告げずに時空の彼方へ消え去った。
「フィル」
「へへっ、俺ぁいい男だろう? 三千。何の数字かわかるか?」
「いいえ」
「決して分解することの出来ない数字だ。俺が君のことを好きだと思った回数だよ。三千回愛してる。まずい、時間がねぇ。このことは忘れてくれ。Z13年の未来で会おうぜ」
フィルの黄色い歯が、ミランダがモスマンワールドで見た最後の色だった。
〇
「エーラッシェー!」
「いらっしゃいませー」
「ドシタンス?」
「どうしたんすかー?」
「マタオシャッセー!」
「またおこしくださいませー」
「ゴツモンオウカイガイサス!」
「お注文お伺いしますー」
「イヨロコンデ!」
「喜んでー」
北のリトル・シン・シティの用心棒を退職したコウガ・アヅキは、ラスベガスのカワイイ・カブキ・キッサ2号店に再就職し、朝礼で挨拶の復唱をしていた。何か凄まじい怒りと安らぎ、同時に味わったような不思議な夢を見た朝だった。
〇
「你好」
入れ墨だらけの男たちがタバコを吸う部屋。そこに、フルフェイスのガスマスクで顔を隠し、高級ブランドの白いダブルのスーツを着た男がやってきた。入れ墨たちが敬礼し、ドヴォルザークの『新世界』のレコードに針を落とす。ボスが来た時はこの曲を流す決まりなのだ。
「お前たちの天職は何ね?」
「偉大なるロー・フォン様に仕えることであります!」
「こういうコトワザがある。“羽をもがれた鳳凰なら殴れる”。でもお前たちはロー・フォンという鳳凰の羽じゃないね。お前たちをもがれても殴れるロー・フォンじゃないよ。最強のチャイニーズ・マフィア。これがロー・フォンの天職ね」
〇
気が付くとチャールズとミランダは廃村インファントの廃屋のベッドの上に転がっていた。
「……何が起きた?」
「わからない」
起きると何故か、ミランダは泣いていた。嬉しさだったのか寂しさだったのかはわからない。
〇
「そういう訳で、残念ながら僕とホセでモスマンを発見することは出来なかった。次のビデオに期待してくれ!」
ここでマイケル・マッキントッシュの最新作は終わった。
Next『CZK』19-1-A&B
『The Scavengers -Towering in Blonde–』





