4話
「だからテメーは誰なんだよ」
「フィル・サリバンだ。あー……。何から説明しようか? まずは信頼を買うべきか、それとも俺が全知全能だって理解してもらうべきか。同時にやろう。チャールズ。お前のヴェスパの後部シートに収まる小さなお尻の“小枝ちゃん”。残念だった。お前は“小枝ちゃん”とは違うタイプの女性と結婚して娘のクララをもうける。お前のお気に入りのナンバーはこれ」
ジャギィーン。ギュルギュルギュルッバァーン! フィルはスタジオの隅に転がっていたエレキギターをかき鳴らした。それはチャールズが好むメタリカやアイアンメイデンを彷彿とさせるレトロなヘヴィメタル。でもこの曲はメタリカでもアイアンメイデンでもない。聴いたことのない曲。でもチャールズは一発でこれに惚れた。
「全知全能でしかもギターが弾けるからお前の求める曲を一瞬で演奏出来る。ミランダにはこれ」
ニルヴァーナやパール・ジャムが教えを乞うようなグランジのハードロック。これもミランダの心を一瞬で掴んだ。
「全知全能ってのは信じてくれたか?」
「つまりここは……。マジのモスマンワールドってことか? 何故お前は正気だ? 何故ここをモスマンワールドと認識し、俺たちを助けようとする?」
「んああ。簡単な話さ。ああ。どうせここを抜け出したらここでのことは忘れっちまう。俺のこともな。ここを出た後、大体二年後にミランダは俺と出会う。恋に落ちたよ。ミランダが俺をどう思っていたかは“知らねぇ”がな。さらにもっと先の未来、Z33年からミランダの娘、マーリィが来る。マーリィのタイムマシンはZ暦と西暦、異次元を超越して移動出来る。好きな女の子の娘を助けてやりたいって訳さ。おっとそこをどいたほうがいい。来るぜ」
Screech! シルバーのガルウイング……ボンネットに霜の降りたデロリアンが炎の轍を作ってスタジオの中で急ブレーキィ! どこの扉も開けていないってのに! 答えは簡単だ! このデロリアンはどこかから時空を超え、このスタジオ内にリープしてきたのだ!
左のウィングがゆっくりと上がり、ミランダと同じくらいの身長でダウンジャケットを着たブラウンのショートボブの少女がサイバーなサングラスを右手で押し上げ、左の腕時計を見た。
「よぉ、マーリィ」
「フィル! 会えてよかった。ここはモスマンワールドであっている?」
「ああ。いいタイミングだ。お前のママとアンクルはもうモスマンの鱗粉を大分吸っている」
「ハードね」
「硬さは今は関係ない。どうだ? ミランダ、チャールズ。これもトリックに見えるか?」
チャールズは腕組みをしたまま目を見開き、ミランダは未来の娘のほっぺ、肩にペタペタと触れた。そして主に平坦な上半身の前の方を見て、悲しい表情で何かを悟った。
「……本当にわたしの娘みたい。でももう一押し、何か信じられるものが欲しい」
「お母さん、これがあなたの愛用のアンブレラよ。チャールズにはこっち」
マーリィが助手席を探り、ストラップの付いた握りがジャパニーズサムライソードのアンブレラを渡した。そしてチャールズにはドス黒い染みで一面を飾る偽物スマイルの合衆国大統領の顔が黒塗りになった新聞紙に包まれたクギバット……。チャールズは子犬のように飛びついて新聞紙を剥がし、映画『CALIFORNIA ZOMBIE KILLERS』の主演ジェシー・リンカーンの衣装マネキンの頭部に試しのフルスイングを見舞ってみた。
SMASH!
憐れマネキンはギロチンめいて首を刎ねられ、頭部は壁に激突して木っ端みじんに砕け散った。モスマンの鱗粉でジェシー・リンカーンになりかけているせいで本調子ではないがクギバットは本物だ! 安全性を重視したビニールの小道具でこんな威力はありえない! 合衆国大統領が混じりっけなしの本物のスマイルを浮かべるほうがよっぽどありえるだろう。
「あぁ~、俺の愛しいハァニィ~。思い出したよ。俺はチャールズ・ディーン・ノーマンだ。1988年カリフォルニア州オレンジ生まれのチャールズだ」
「チャールズは正気に戻ったな。ミランダは?」
ミランダは科学捜査班のエキスパートではないが、このアンブレラは握っただけでわかる。このジャパニーズサムライソードのハンドルは、母のアビゲイルの指紋と体温がまだ残っている。
「わたしも1998年生まれのミランダ・レイチェル・ノーマンよ。アビゲイルの娘」
「ああ。よかった。そんなミランダに残念なお知らせがある」
「何?」
「一つは不確実なこと、もう一つは確実なことだ。まず不確実なこと。もし君が俺のことを好きだったのなら、君は好きになった男の心臓を撃ち抜いて殺す。これはモスマンワールドでは重要じゃない。君とはZの暦で出会うからな」
「全知全能なのに、わたしがあなたを好きになったかわからないの?」
「そういうことに使うもんじゃねぇんだよ、全知全能は。人生がつまんなくなるだろ。もう一つ。モスマンワールドに迷い込んだミランダにとって最も重要で残念なお知らせは、ここにアビゲイルはいない。本物も、モスマンが作った偽物も。それでもミランダはこのモスマンワールドにいる意味を見出せるか? ハリウッドスターとしてチヤホヤされるより、厳しい日差しや凍える寒さの北米の荒野を駆けまわって、ハワイの千坪の別荘のキングサイズのベッドじゃなくて野宿しながらいるかいないかもわからないアビゲイルを探す方が価値のある人生だろう?」
「……そうね。それとも、わたしがこのモスマンワールドから出ないと、本来の世界の未来であなたがわたしに出会えなくて寂しいからかしら? 多分惚れてないわよ。あなたはカート・コバーンにもハリソン・フォードにも似てないし」
「手厳シー」
「モスマンを倒さないとここから出られないなら、倒しましょう」
「そこで、俺の出番だ。お前たちの武器……。つまり筋肉と火薬を用いた物理攻撃ではモスマンを弱らせることは出来ても、倒すことが出来ない」
「じゃあどうするの?」
「俺の全知全能を使う。俺が直接モスマンに触れ、モスマンを構成するありとあらゆる数字を因数分解することでモスマンの形象と存在を最小化することで、限りなく0に近い数字……。事実上の消滅に近い状態まで分解と最小化し、機能を停止させる。そのためには俺がモスマンに触れて方程式をマントラめいて唱える必要がある。ただ俺は見ての通りヒョロヒョロ。減量が終わったばかりのクリスチャン・ベールですら食わねぇほど細くて貧弱だ。そこで、俺がモスマンに直接触れて安全に因数分解出来るまでやつを弱らせてくれ。それなら筋肉と火薬で可能だ」
「OK」
Fizz! 爽やかな音がスタジオに響く。チャールズ、ミランダ、フィル、アイシャ、マーリィはカチンコが鳴った役者みたいに一気に気持ちが切り替わり、音の源へ十の目のフォーカスが定まる。
「素晴らしいスピーチね、フィル・サリバン。わたしの因数分解? そんな手段でわたしを倒せるなんて、わたしも想像もしなかったわ」
「聞いていたのか? エマ・マクアダムス。いや、モスマン」
「今この体に入ったけど、この体、いいわね。何よりエロいわ。いくらでも稼げそう」
モスマンはエマ・マクアダムスの姿でエロティックに舌を出し、両のボインを掴んでコネコネして英国が誇る正統派若手女優のエースにして将来のレジェンドにあるまじき下品なポーズをとった。チャールズは嫌悪感をむき出しにして指の関節を鳴らし、クギバットを握りなおした。
「このバケモノめ。テメーに訊きてぇことが二つある」
「何? スリーサイズ? それとも経験人数? それともわたしを一発でベッドに連れて行ける口説き文句?」
「UMAの世界で今一番ホットな女はやっぱりパメラ・アンダーソンか? いや、あれは化け物でもUMAじゃなくてサイエンスの結晶か。次に、パスポートは持ったか? イギリス女。そのケツを蹴り飛ばしてファッキンガム宮殿に送り返してやるぜ」
「わたしの世界でどこかへ行くのにパスポートが必要? それにわたしをキック出来るかしら? あなたたちはわたしの鱗粉を吸っていて、まだ体内に残っている。証明してあげるわ」
ポンポンとエマ・モスマンがショルダーバックから缶を投げる。一流のクォーターバックのパスのようにミランダとチャールズの手の中に納まったのは……。クラウン・コーラの缶だ!
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね! ……って何よこれ!」
「おいフィル! 今、俺たちはどうなってた!? 一瞬意識が飛んだか……。精神が!? おかしくなった!?」
フィルはヤニで黄ばんだ歯を見せて顔をしかめ、ため息をついた。
「CMだ。お前たちの中に残ったモスマンの鱗粉が勝手にCMを開始した」
「ファックオフ!」
「だからお前たちだけじゃダメなんだ。鱗粉を吸ってねぇマーリィがいないとお前たちはクラウン・コーラの缶を投げられる度にCMをやっちまう」
「マジで使えねぇよこの体!」
CZK5 18-4-A
「エヴァン! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当にジェシー!? 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK5 18-4-B
Flick!
空気を切り裂く超マッハの音がミランダとチャールズに落ち着きを与えた。マーリィの手から伸びる皮の鞭……。インディ・ウィップがエマ・モスマンのショルダーバックと最短距離で一直線で繋がれ、マーリィの慣れた手つきでバックが宙を舞い、寂しがり屋の子猫のようにマーリィの手の中に納まる。そしてマーリィはバックの中のコーラの賞味期限を確かめてからデロリアンの助手席にしまった。
「そういえばわたしには意味ないんだった、暦も賞味期限も。どうせ次の時代へ行くんだもん。早めに飲んでおこう」
「あらあらウフフ。でもモスマンワールドの怖さはここからよ」
KO……FO……。KO……FO……。KO、FO……。ミランダの背後から規則的に空気が漏れる音。後頭部にかかる生温かい息に振り返ると、そこには頭部の全てを覆う漆黒の兜に漆黒の鎧、漆黒のマントの暗黒の騎士。
「ダース・ヴェンデッター!?」
“Darth Vendetta”
世界一有名な映画シリーズ『スター・ウォリアー』の悪役。その正体は主人公の父親で、超常と光の剣フォトン・セイバーを使う暗黒の騎士。映画界の悪役のアイコン。
「コォーフォー!」
ダース・ヴェンデッターの赤いフォトン・セイバーが振り下ろされる! ミランダは咄嗟にアンブレラを上げ……。その強力な太刀筋を防いだ! セイバーとアンブレラがバチチと激しく火花を散らす。
「ミランダ!」
「妹の心配をしている余裕があって?」
「あぁ!?」
Zi……zi……zing……zing! Zing!
遥か前方から、全く上体をぶらさず、やや前傾姿勢の短髪の警官が口を真一文字に結んだ冷徹な無表情でダッシュしてくる。見覚えのある姿、走行フォームだ。チャールズの背中に冷や汗が溢れた。だが怯む男ではない! マーリィから受け取った銃で一発二発! しかし、二発もあれば無駄だとわかるには十分だった。走ってくる警官の弾痕からは血も流れず、鈍色の穴が浅く空くだけで歯牙にもかけず真っすぐに向かってくる。
「ファック! E‐サウザンドか!」
“E- Thousand”
タイムトラベルSFアクションの金字塔『エリミネーター』の第2作で登場した最新機体の殺人アンドロイド。全身が流体金属で構成されており体が高速で再生し、さらには流体ならではの変身能力も有する。
Flick!
E-サウザンドの腕を頼れる姪の鞭が捉える。姪は少し引きずられたようだが、スタジオの床にブレーキ痕を残して綱引きで一時的に止めることに成功した。
「マーリィ!」
「チャールズ! E-サウザンドならわたしにいいアイディアがある! 任せて! かわりにこいつらをお願い!」
“Cherokee”
全米を震撼させたホラー映画『キッズ・プレイ』の主役を務める呪いの人形。凶悪な殺人鬼の魂が子供用の人形に憑依した姿で、ナイフで無差別にメッタ刺し!
“Visitor”
モンスター映画と言ったらこれ! 『Visitor』に登場する宇宙から来訪した凶悪な生命体。エクレアのように伸びた後頭部、堅牢な甲殻、発達した筋肉と強靭な尻尾を持つ宇宙最強の捕食者。強酸性の体液を持ち、迂闊に攻撃すると返り血を浴びるだけで致命傷になるのはこっちの方だ!
“Benny Wands”
『キッズ・プレイ』と双璧をなす恐怖映画『THAT』のメインを飾る恐ろしき殺人ピエロ。
「おいおい……。おいおいおい! 次はT-レックスか!? マシュマロマンか!? それともゴジラか!?」
「そいつらはスタジオに収まりきらないわね。じゃあ彼なんてどう?」
エマ・モスマンがパチンと指を鳴らすとパワードスーツに似たプロテクターに全身グリーンの肌のハゲが召喚される。チャールズはこれにも見覚えがあった。こいつは手に負えないぞ……。
「ピーゴロ大魔王……」
“Lord Pi-Goro”
日本のレジェンドマンガ『ドラゴンボーイ』をハリウッドでリメイクした『ドラゴンボーイ レボリューション』のメインヴィラン。原作との共通項は肌の色と宇宙人であることだけ。
チェロキー、ヴィジター。ベニー・ワンズだけでもチャールズの手には負えない。全力で逃走しなければならないのに、ここに来てピーゴロ大魔王まで来てしまうと……
「シェアッ!」
四人のモンスターに背を向けて戦略的逃走を始めたチャールズの目の前を緑の腕と紫の血液が舞う。驚いたチャールズが振り向くと、そこにいたのは逆立って荒ぶった黒髪に派手な色の道着のアジア人の男性。
「コウガ!」
「チャールズ・ディーン・ノーマン。ツブラヤには恨みがあるが、貴様にはない。イケメンは嫌いだから貴様は嫌いだが、ここは加勢しよう。話は聞かせてもらった。ここを出たらここでの記憶を失ってしまうというのなら、俺に助けられたなんて話をツブラヤにせずに済むだろう。……ッ! それに何よりッ! 日本の恥はッ! 日本人が殺すッ!」
怒れるリアル忍者はニンジャソードをピーゴロ大魔王に向け、パシフィック・プレイ・ランドの忍者ショーとは違う本気の殺しの構えに入る。
「いや、あのピーゴロ大魔王を産んだのは北米の責任だ」
「かもな。だがピーゴロ大魔王をあんなにされてハラワタ煮えくり返ってるのは日本人なんだよォォォ!!」
SLASH!
「じゃあ俺が相手だバケモノ。まずはテメーからブッ殺してやるぜ、ヴィジター。と言いたいところだが……」
「撃っChinaヨ」
「ロー・フォン!?」
「お前がビビっちゃってるならこのロー・フォンが撃つよ」
BLAM! ガスマスクに白アルマーニのチャイニーズ・マフィアも陽気なコメディアンの幻覚から覚め、持ち前の凶暴性でヴィジターに向けて発砲! そして返り血を浴びる。ああ、そうだ。このクズマフィアがポート・エグゼビアでユキコをリンチした時のように、マスクとアルマーニに返り血を……。しかし少しでも加勢が欲しく、どうせモスマンワールドから出れば互いに記憶を失ってしまうなら……。
「おいロォー!」
「問題ないね。ローのマスクとアルマーニ、特別製の耐毒ね。残念。ロー・フォンに強酸性血液効かないよ。こんなコトワザがある。“羽をもがれた鳳凰なら殴れる”。ヴィジター? 所詮生き物ね。皮の中に肉。なら殺すのなんか、小籠包の中身だけを食べるのより簡単~」
「任せた! 俺はチェロキーとベニーをどうにかする!」
ミランダvsダース・ヴェンデッター!
マーリィvs E-サウザンド!
コウガvsピーゴロ大魔王!
ローvsヴィジター!
チャールズvsチェロキー&ベニー!
モスマンワールドの決戦の火ぶたは切って落とされた!





