3話
「ねぇ、見てアイシャ。棺があるわ」
今は女性キャストだけでの撮影なのでチャールズはどこか遠くまで遊びに行ってしまった。アイシャの案内でスタジオを歩くミランダは、スタジオの中にあった棺を見つけて笑った。ピカピカ光る棺桶なんて初めて見た。
「吸血鬼でもいるのかしら? そんな訳ないわね。ここでは吸血鬼どころかゾンビすらいないんだもの」
「でもここでモスマンを見つけなきゃ」
パカーッと棺が内側から開けられる。出てきたのは日食を見るみたいに分厚いサングラスにセクシーなビキニの女性だ。不機嫌そうに尖った口元、あまりチャールズの好みじゃない。しかしサングラスを外すと、兄が一目ぼれしたあの女性と同じ顔のパーツとその配置だったのだ。
「ナタリア? やっぱり吸血鬼もいないのね。吸血鬼が日焼けマシンに入ってたら本当に死んじゃうもの」
Sarah Thompson as 【Natalia】
1988年、ニューオーリンズ生まれ。出演作には『ブラックローズマリー』(07年)、『ロック・ウィズ・エンジェル』(08年)、『爆笑ポリスユニバーシティ』(09年)、『ブレイキング・トワイライト』(11年)、『モンスタークイーンビー』(12年)。『●REC』(12年)では自撮り系ホラーのスクリームクイーンとして注目された。
「キャー。きゃわいらしいエヴァン・ワイト! あなたはいいわよねぇ」
「えぇとこの世界では……。サラね」
「この世界!? よくもそんなことが言えたわねぇッ!」
「何か知ってるの? サラ」
「知ってるも何も……世間知らずのお子ちゃまはこれだから困るわ。羨ましいぐらい。一昨年のゴールデンラビット賞でのスピーチ、響かなかったの? そう……本当に知らないのね」
「もったいぶらずに教えてよ」
「言えるわけないじゃない。だって誰も言わなかったのよ。誰も声をあげられなかった。あなたみたいな子に言える訳ないわ」
本物のナタリアなら見せることのない強い憂いと怒り、妬みをヒシヒシと感じる。ナタリアもサラも典型的なバカなブロンド女だがバカの種類が違う。
「もちろんあの女王様にもね」
ついているパーソナルアシスタントだけでも特大級のインフルエンサー、そんな家臣を何人も引き連れてスタジオに“女王様”がやってくる。
Emma McAdams as 【Bellatrix Sunderland】
1986年、マンチェスター生まれ。英国を代表する若手演技派女優。両親ともに代々続く英国演劇界の重鎮という家庭で育つ。リッチモンド大学では劇団に所属して演劇を学び、卒業と共にエージェントと契約。『Hollynight』(06年)ではハリー・ダットソン、アリッサ・ウェストウッドらと共演し広く認知されるようになる。『エリザベスのティーカップ』(11年)では主演に抜擢され、世界の映画の賞レースを総ナメにする。ウィリアム・ロジャースが脚本スタッフとして参加したオムニバス映画『プライムミニスカート! -セクシー総理が世界を救う!?-』(13年)では若き日のマーガレット・サッチャーを演じた。本作でアクション初挑戦。
・英国演劇協会 最優秀主演女優賞(06、07、10、11、12、13) 最優秀助演女優賞(05、08、09)、最優秀新人賞(04)
・英国ゴールデンラビット賞 最優秀主演女優賞(11) 最優秀助演女優賞(05、08、09)
・英国演劇アカデミアアワード 最優秀主演女優賞(05~09)、脚本賞(07)
・世界の美しい女性ランキング(2009年-8位、2010年-6位、2011年-3位、2012~2014年-1位)
(受賞歴は一部抜粋)
「ごきげんよう」
「あなたにはわからないでしょうねぇッ!」
「どうしたの、奇麗なサラ。可愛いお顔が台無し。ごきげんよう、エヴァン。お兄さんは?」
自信たっぷり高慢ちきな女王様の威厳にあてられて北米のたたき上げ女優は日焼けマシンという名の棺に戻ってガタガタとヒステリーを起こしている。
「さぁ? 大きなイヌのいるところだと思うわ。兄さんはデカいイヌとレスリングするのが好きだもの」
「彼が女性でなくて心底残念だわ」
「エマはそっち系なの?」
「いいえ。でも彼が女性だったらゴールデンラビット賞の主演女優賞を争えたじゃない。演技ではジェシー・リンカーンぐらいしかライバルはいないのに、性別が違うんじゃ主演女優賞と主演男優賞で階級が別だもの。でもあなたもリスペクトしてるのよ? 最年少のレッドカーペットだもの」
「ありがとう。ねぇ、サラの言ってたこと、わかる?」
「オフコース。一昨年のゴールデンラビット賞のスピーチのことでしょう? まだ口に出すのは難しい問題ね」
「モスマンは関係ある?」
「モスマンってことはあの日本の忍者マン? 彼は関係ないわ。サラが言っていたのはバーボンホース問題のことよ」
「バーボンホース問題?」
「ハリウッドの大物プロデューサー、リクター・バーボンホースが数百人以上の女優にジャパニーズ・マクラエイギョーを強要して、収監されたって話よ。ほら、一昨年のスピーチではプレゼンターが“もうバーボンホースを好きなふりをする必要はありませんね”ってジョークを飛ばして、そこから一気に告発が広がったじゃない。サラも被害者なのよ。わたしは会場にいたからあのジョークも聞いた。サラは……。いなかったわね」
「そうなの? ごめんねサラ」
日焼けマシンに衝撃を与えると出られなくなって死んだり感電死したりするのでそうならない程度にサラの棺をタップし、ミランダはエマ・マクアダムスに向き直った。
「聞いといてあれだけど本当に口にするのも憚れる問題ね。被害者がここにいるってのに言ってしまうあなたもどうにかしてるわエマ。ブラックユーモアにしちゃ悪趣味ね」
「ええ、サラには可哀そうなことをしてしまったわ。でも問題意識を持たなきゃ。ここにも甘い汁をすすった人間はいるかもね。だから許さないし何度でもリマインドしなきゃ。でもわたしとあなたはそういうマクラエイギョーとは無縁でしょう?」
「わたしはね」
「だってわたしに手を出したら英国演劇界を敵に回すことになるもの。父と母が黙っていないし、そうなればマンチェスターシティとマンチェスターユナイテッドのサポーターがその時ばかりは手を組んでこの国を相手に戦うわ」
「すごい自信。嫌味にすら感じないわ」
「それにあなたは十二歳から勉強に十二年。シロのはず。シロでないならリクター・バーボンホースはとんでもないロリコンね。ノブレス・オブリージュよ。ガツンと言える人間は立ち向かっていくべきなの。いい仕事をしましょう。そしてわたしのライバルになって。まだお隣の金星と火星では演劇と映画の存在が確認されていないから、地球にいる相手と競うことしかできないの」
CZK5 18-3-A
「エヴァン! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当にジェシー!? 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK5 18-3-B
「スゲェ馬力だ。何まで運べる?」
「んみゃぁ、少なくともこいつをいじくったせいで日本ではバカなガキが一人鑑別所に運ばれた」
チャールズは公園で大型ドローンにカメラを搭載して空撮ごっこをしていた。これは仕事じゃないからアイシャはついてこられない。遊び相手に選んだのは、この男だ。
Koji Takathuki as 【Dr.Imagawa】
1981年、東京生まれ。18歳で渡米し、スタンダップコメディアンとしてキャリアを開始。学友であるマイケル・マッキントッシュ監督とはインディーズ時代からタッグを組み、多くの作品に共同脚本と出演で参加している。『Agent Vanish』シリーズでは6作目となる『AV6: The domain which can never access』(06年)以降エージェント11、『アムニジア! ~俺誰だっけ!?~』(12年)『アムニジア!! ~俺誰だっけ ここどこだっけ!?~』(13年)にも出演しており、コラムニストや脚本家としても頭角を現す現在注目度が最も上がっている日本人の1人。また、本作では日本由来の小ネタのアイディアマンとしても活躍。
中身は違っても結局見知った顔が一番しっくりくるのだ。
「ところでジェシー。お前のところにも来たかにゃ?」
「何が? トリプルベリーガッシャーズ一ダースならこれからあのドローンでこっちに運ばせようとしてたところだ」
「製作スタッフの立場から言わせてもらうと体形が崩れるから撮影中はトリプルベリーガッシャーズは控えてほしいんだけどにゃぁ。そうじゃなくて宗教の勧誘だよ。サイコ・ピューリタンとかいうの」
「サイコ・ピューリタン? なんだそりゃ」
「なんでもキュンストレーキ役のケイン・キャラウェイが熱心な信者らしくてなぁ。公然の秘密みたいなもんだったけど、例の教団、最近経営が怪しいらしい。ケインがここらで大規模な勧誘活動をするんじゃないかって話だ。エマが入団するとイギリスが落ちるにゃあ」
「へぇ、そう」
「サイコ・ピューリタンの教義は全ては精神と心理に基づくものであり、この世の理は全てジーンという神の精神波の影響を受けているというものなんだにゃ。だから精神科医、カウンセラー、心理士といったメンタルの類の医療従事者は全てジーンを改造しようとする太古からの反逆者で、全ての人間は理に従ってジーンの精神波に同調して精神を病む時は病め、というものなんだにゃあ。全ての精神科医とカウンセラーは五百年後に全ての核兵器と共にイエローストーンの火口に投げ込まれて爆死する運命らしい」
「お前は変わらねぇな、何も」
「闇だらけだにゃあ、ショービジネスの世界は。バーボンホース問題で女性陣は大変だし……」
「バーボンホース問題? なんだそりゃ」
「お前の直近の作品は『ジュラシックパーク』の新作だったっけ? しばらくタイムトラベルしてイスラ・ナントカ島で恐竜とスモー・レスリングでもやってたのか? お前もあの時会場にいただろうが」
そしてチャールズはコージからその映画界最大のスキャンダルを聞いて……。
サイコ・ピューリタンに罰せられるカウンセラーが十人は必要なほど血相を変えて妹のいるスタジオにダッシュした。もし妹……エヴァン・ワイトにもその変態クソ親父の手が及んでいたとしたら、チャールズ……ジェシー・リンカーンは自分の過去の出演作を全て見直して殺し屋役を探し出し、その時の役作りを何が何でも思い出してその変態親父を監獄まで殺しに行くだろう。
「ミランダ!」
「兄さん?」
「今すぐスマホの履歴にリクター・バーボンホースの名前がないかチェックしろ!」
「バーボンホース問題なら今、エマ・マクアダムスに聞いた。わたしは大丈夫よ」
「ならよかったが……」
「ねぇ兄さん。今、殺陣アクションをやっていたの。動きがいいってアクション監督に褒められたわ」
「そうか」
「わたしのやってたことって当たり前だと思っていた。当たり前のようにゾンビを殺すために、持っていて当たり前の技術だったのに、ここでは褒められる。Zがいない世界では、わたしはスーパースターでいる可能性もあったなんて」
ミランダは自分のゾンビ殺しのスキルをチャールズに自慢したことも相談したこともなかった。しかしここでは普通の人には出来ない、褒められることなのだ。ミランダのこんな顔は初めて見た。こんな照れるような笑顔を十七年間共に過ごしたチャールズも観たことがなかったのだ。心が安らいでいく。ミランダに教えた殺しは辛いサバイバルを強いるだけの用途では終わらなかった。
「そうは! いかねぇぜ!」
ジャローン。
カメラもマイクもセキュリティもいるってのに、ミランダの真後ろに立ってギターを鳴らすまで誰にも気づかれない男がいた。
ミランダとチャールズは咄嗟に腰に手を伸ばす。しかしそこに銃はない。ミランダはアクション用のフニャフニャアンブレラ、チャールズは鍛え抜かれた鉄拳を構えて謎の乱入者をサーチする。
「浸るな、溶けるな、忘れるな。目を覚ませ、ミランダ、チャールズ」
「誰だてめーは!」
男はまたジャロンとギターを鳴らす。漆めいた黒髪のオールバック、赤いチェックのネルシャツ、ゴテゴテのゴールドの指輪、無邪気に上がった口角、ヤニまみれの歯にフィルターまで火の辿った加えシケモク。
「フィル・サリバンだ。イッヒッヒ」
「だから誰だてめーは!」
「そっか、まだ俺はお前らと出会ってないんだったな。っていうかチャールズ、俺とお前は会ったことがそもそもなかったな。ミランダに忘れられるのは多少効くぜ……。まぁいい。思い出せミランダ、チャールズ。このままだとお前らは死ぬ」
「死ぬ?」
「ああ。既にお前たちの精神はモスマンの鱗粉でこのおかしな世界に飛ばされ、そこで最高のオモテナシィを受けて精神的安楽死に入りつつある。俺も危なかったぜ。ここではギターを弾けるんだ。ギターを弾けるようになるんだったらこのまま“死んでもいい”なんて思えたね。でもダメだ。ミランダ、君を元の世界に返さなきゃいけない。アイシャ、協力してくれ。もう一人は用心棒が欲しいな。俺、ミランダ、チャールズ、アイシャ、それからもう一人の用心棒。五人いれば勝てる。一緒にモスマンをぶっ飛ばそうぜ!」





