4話
「HAHAHA~」
「キキキケエェー!?」
「グワッハッハッハ!」
「キャハハハハ」
「ヒーハー!」
耳を澄まさずとも、ありとあらゆる嘲笑が流れ込んでくる。シスター・グレイシャを包んで……。
ラリってるんじゃない。正気の人間も含め、全員がシスター・グレイシャを嘲笑う。ヤクブツの副流煙に吸い寄せられた脳内のイルカも直視に耐えないほど醜悪な顔でシスターを愚弄する。
しかし見ろ。読者の方々は目撃している!
一人の女性が、イルカに人間性と正気と若さをキャトルミューティレーションされて『ナチュラル・ボーン・キラーズ』のノックス夫妻みたいに逃避行と罪を重ねているクソ野郎共の巣窟にやってきて、彼らを救うべくアビゲイル・クエストを持ちかけて救済の手を差し伸べたのだ。ヤクブツから立ち直ったか弱い女性が、ハゲワシのように自力でエサを貪ることも出来ないゴミと悪質なサディストの元ジョックスに囲まれて嘲笑される。ピューリッツァー賞の価値があるぞ。
――「ちゃんとしてるじゃないです。あなたは紛れもなく、シスターですよ。そして……善人です。僕がそうなりたい、と思うようなね」
こう思い返せば、ジェネリック・モルドールの連中よりあのロイド・ロールスロイスがいかにマトモだったかわかるだろう。
盲目で一方的な善意と贖罪はともすれば狂人のそれと同義であるが、シスター・グレイシャのアビゲイル・クエストはヴィクター・ヴァレンタインに生きる目的を、ロイド・ロールスロイスに再起と更生のチャンスを与えた。ロイドが再び光の道を歩めるのならば、同じく罪人であるミランダも立ち直れる……。そして自分も。
「わたしはこの話をするために来ました。ヤクブツはやりません。あなたたちにはヤクブツをやめることをお勧めしますが、ヤクブツがないと乗り切れない辛い時期も人生にはあります。あなたたちは今、そうなのでしょう。しかし、もしも……」
「ファッキィッ!」
THUNK!
ピーター(仮)のホラ話に出てきた暗黒格闘技でも通用するくらいの威力で元ジョックスのレゴラスがシスター・グレイシャの顔面をブン殴った。
「もういい。果たしてここでの正気の定義は何かな? ここでは! ヤクブツをやって! Fする女がいくらブスでもスカーレット・ヨハンソンの顔だってことに脳にフェイクをかけてFする。これが正気なんだ。ここでの正気はそれなんだ。マトモでいようとするやつの方が、ここではかえってラリってるって言うんだよぉ! お前は『サウスパーク』の脚本家か? もしも答えがYesなら俺をバカにしてるってわかるがそうじゃないなら本物のバカなんだろうな。『ファイトクラブ』のタイラーも言っていた。お前たちはそれぞれが違う形の“雪の結晶”だからそれでいい、なんて言い訳にならねぇと。お前たちなんてここでは、イマジナリー・スカーレット・ヨハンソンを脳内に召還するための物理的依り代に過ぎない。……ハァ。もういい。では今からお前をファックする」
真正のサディストであるレゴラスは正気を保っている女性にFを強いて泣かせるのが最高の快楽だ。しかしシスター・グレイシャは泣きそうにもない。それにみんなこれはハードなギャグだと思っているので笑っているだけだ。ビックゥーン……。レゴラスの息子はパンツから出てこなかった。
「……ニックス?」
シスター・グレイシャの隣に座っていたフードの女性、ニックスがドス黒い血を吐いて空き缶ドラムに突っ伏し、痙攣してから動かなくなったのだ。
「クソ! クソクソ!」
まるでハイスクール時代に強制Fした女が卒倒して救急車で運ばれた時だ!
レゴラスは急いでヤクブツを集め、チャーリー・シーンやRDJよりも強烈で一回で廃人どころか死人にしてしまう“ゾンビウイルス”がキまってしまったヤク中たちをかき分けて屋上から劇場内に入る。ここにも死臭、悲鳴、流血がたちこめているが、それは劇場内の人間たちに同期されていない。同じ建物内でゾンビ化が始まっているのにヤクのやりすぎで全然気付かず、楽器の演奏やダンスを続けている。
ステージではポンポンを持ったチアリーダーたちが何かを隠すように集合している。こいつらもラリっているのか?
「逃げ……」
逃げろと言ってはいけない。劇場の出入り口は狭いのだ。こいつら全員が逃げようとするとレゴラスはクソのように詰まってしまい、その他大勢と一瞬にして同じ運命を辿るだろう。レゴラスはまだあまりヤクブツに脳を犯されておらず判断力が残されているのだ。
コロニーでクソまみれになって鳴くだけのサギのヒナみたいだった楽器の音色がマトモなセッションになっていく。
ピアノ、ハーモニカ、ドラム、ギター、ベース、空き缶、壁、シンセサイザー……。
そこからレゴラスを襲った光景は脳を直接ファックされるよりも刺激的な出来事だった。
チアリーダーたちがポンポンを振りながらステージに展開。ステージの最深部にスタンバっている、レゴラスに背を向けた人物たちの姿が見えてくる。
ミュージックが盛り上がる。血が逆流するようだ。それはある意味で正気でないと不可能で、見方を変えればラリっていないと不可能なほどのセッションだ。
プァーン! と大きなラッパの音。ステージの人物たちが振り返り、陽気なステップを踏みながら、チアリーダーの間を歩いて姿を現す。
「テ、テ、テイカー大爆殺~」
“Mickey |Laurinaitis”
センターを歩くグラサンハゲは間違いない、ゾンビキリングのキングだ!
「殺してください今日もまたぁ~」
“Azuki Koga”
右で刀を片手にステップするのは、日本での若手時代のゴージャスな勝負服と赤いウィッグのリアル忍者だ!
「誰にもエンリョはいりませぬ~」
“Samuel Spiegel Stewart |Seveneleven Sawneybean”
左でショットガンをコッキングするのは真っ白な歯でサイコな笑みを浮かべる天才料理人だ!
「揃ったところで始めるぞ。くたばれ!」
〇
その頃。阿鼻叫喚と化したジェネリック・モルドールの屋上でシスター・グレイシャは武器を探していた。もう助からない人もいる。だが自分の頑張りで助かる人もいる! ただし状況は絶望的だ。ゾンビになってしまったとかじゃなく、この状況で絶望しきって、まだリハビリが可能なのにハートアタックを誘発するほどのヤクブツ接種で死んでしまう者もいた。こいつらの衝動の理由はある意味で理に適っているケミカルな反応だった。
……ミランダが言っていたっけ。無垢な修道女の自己犠牲による殉教は無駄な程美しく、そして泣けるって。
「……誰か! 武器を!」
CLANG! シスターの声に応えるように、意識外から現れた流星が何人かのゾンビを貫いて床に突き刺さった。ナギナタだ。ナギナタの飛んできた方向を縁まで辿って下を見ると……。
「待ってろシスター。君のことは後で殴る。もしからしたらベラトリクスも君のことを殴るかもしれない。だからそれまでそこで持ちこたえろ。Scavengersだョ! 全員集合!!」
ナギナタを屋上までぶん投げるオリンピックレアアースメダル級の強肩のミセスと……。クギバットのチャールズ、アンブレラのミランダ、応急処置パックのドク、インディウィップのマーリィ、そして……。
「ごめんなさいベラトリクス!」
「あなたのことは後で殴る」
「ええ! 叱ってね!」
シスター・グレイシャの背後にアイザイア・ハモンド(享年19歳 ゾンビ年齢0歳)が迫る。彼はプロムでは誰とも踊れなかった。まだハーバード大学があれば逆転チャンスがあったかもしれないくらい頭が良かったのに彼はヤクブツを吸った。彼の人生はいったい何だったのだろうか。
しかし彼のファーストキッスは今訪れた。グリーンのフードの女性ニックスがアイザイアの唇に口を……。いや、これはキスか!? もっと狂暴、面妖、怪奇……。
「ニックス!? 死んだんじゃ!?」
「ごめんね。わたし、本当はニックスじゃないの」
アイザイアの顔面を食いちぎったニックスが肉片を吐き捨て、フードを上げるとブロンドにグリーンのメッシュ、アイザイアの血で隠れた真っ赤なルージュ、漆黒のネイルにグリーンのシャツ、オレンジのベストにレッドのスーツ。そして息を呑む程の白皙!
「本当は“Aria Anima”なの」
“NIX” → “THIS IS FUCKING ARIA ANIMA”
「アリア・アニマ……」
「君、かっこいいね。君の奮闘をもっと見ていたかったけど、このままじゃ死んでしまうから手を貸すわ」
CZK5 17-4-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK5 17-4-B
「ようこそ! ここへ」
遊ぼうよ。はしゃごうよ。ここはレゴラスの言った通りパラダイスだ。
アンソニー・マクドナルド(享年20歳 ゾンビ年齢0歳)は、ボストンのマッハピザ三十二号店の配達担当。イタズラでサクラメントから「熱々のペパロニのピッツァを届けてくれ!」と電話してきたドアホウにブチギレ、スーパーカブで大陸を横断して本当にボストンのマッハピザ三十二号店からペパロニのピッツァをサクラメントまで届けた。ただし熱々ではなかったしピッツァも腐っていたので店の決まりでは代金はもらえないけど、サクラメントのバカ野郎はピッツァを届けに来たアンソニーの形相を見て金を払った。しかしアンソニーは手遅れだった。六〇〇〇キロのピザ宅配で、セントラルタイムゾーンに入った辺りで疲労と怒りを抑えるため、ヤクブツを吸ってしまったのだ。
「白皙優位!」
額にほら、風が抜ける。
レゴラスが置いていったギターでアリアがアンソニーをぶん殴ると鼻から上がジャパニーズ・ダルマオトシになって吹っ飛び、MRIみたいに頭の断面がむき出しになった。
「この人は生前、結構デカかったみたいね。いや、身長とかガタイの話」
アリアがアンソニーの背骨をキョートの一流ハシ・アーティストが魚をバラすように取り出して、椎間板のしなりを利用したムチにしてブライアント・ウォーカー(享年18歳 ゾンビ年齢0歳)を目覚めのカフェイン接種ぐらい当たり前に殺害する。アンソニーの背骨はショックで願いを叶えた後のドラゴンボールみたいに四方八方へ散ってしまった。
「まだ使えそう。次に使えそうな骨は……。大腿骨!」
SMACK!
ハンク・トーマス(享年29歳 ゾンビ年齢0歳)の父親はバグっていた。自宅のガレージで人型のスーパーロボットを作り、それで敵(ここでは、彼の父が何に備えていたかはわからない)を迎え撃つつもりだった。しかし父はZの時にこの世を去ってしまった。ヤクブツでバグったハンクはそのロボットに乗ってゾンビを倒すつもりで、マニュアルを読んだら少し動いたのでずっとコクピットに座っていたら出られなくなって死んだ。アリアの振り抜いた大腿骨の棍棒で殴られて、こいつ、動かないぞ。
「白皙優位!」
アリアの殺しはシスター・グレイシャにとって革命的だった。……無敵! ミセス、チャールズ、ミランダ、もちろん自分もゾンビに殺されることはまずないだろう。でもアリアは本当に死なないのだ。無敵という概念が生まれた。ああ、確かにマーフィ警部が言ったように、アリア・アニマは神がデバッグのために作ったチートキャラだ。でもこの殺しは魅力的だ。見ているだけでチャーリー・シーンやRDJに侵されていなくても、自然に発生する各種脳内麻薬物質だけで人を狂わせる危険なレシピのカクテルが出来てしまう。ハートを掴まれてしまう。
「白皙優位!」
ベン・ヒラー(享年22歳 ゾンビ年齢0歳)は直接、心臓をアリアにキャッチされ、握り潰されて死んだ。このお見事なアクロ・ゾンビキリングを実現するのは、特異体質“マンカインド”以上に非凡と言わざるを得ない殺しのセンスだ。
「That's life! フゥ。君の名前は確かグレイシャ。何歳?」
「十九歳」
「じゃあまだ君もわたしもガラスの十代ね。レゴラスが隠していたバドワイザーはまだ飲めない年齢」
「全然、想像もつかなかったわニックス。いや、アリア。あなたの人間像が。あなたは狂っているの? それとも正気なの? 本当のあなたは狂気を演じているだけでとても真面目に見える」
「真面目よ。ステージではクラックやマリファナを吸ったふりをしたけど一回もやったことはない。アリア・アニマという人間は正常……。そのはず。でもわたしが送るはずの人生のシナリオは狂っている。こう表現しなければ、わたしは本当に発狂してしまう。わたしは正常。でもわたしの人生は悲劇で喜劇。つい最近、わたしの人生には共演者が増えて、観客を入れたシットコムになったけどね。“アリア・アニマ”を演じる本当のわたしは、久々にかぶりついたロブスターの脱皮に備えて体内に蓄えておいたカルシウムの塊の石を噛んで歯が欠けても全然怒らない温厚な人間。君は不思議な人だ。君以外は誰もわたしの人間性のことを考えなかった。ミッキーもコウガもスチュワートも……。君はスカベンジャーズのメンバーでしょ? ベラトリクス・サンダーランドのサイドキックでしょう? わたしが憎くないの? 君たちは、まだ今までに食べたパンの枚数を覚えているような新人ゾンビキラーに負けたんだよ?」
「何故あなたを憎まねばならないのです?」
「わかった。友達になってよ」
「ええ、いいわ。友達を作るのを試みたことは、わたしもまだ数えるほどしかないの。上手く出来るかわからないけど、スカベンジャーズとジ・アンダーテイカーが仲良くしてもいいもの」
「わぁ。じゃあ住所と電話番号教えるね! ファンレターは床が抜ける程届いたけど友達からのお手紙はまだ来たことがないの。このゾンビを殺してからだけどね」
「ええ」
その頃、レゴラスは怖がって泣きながら犬みたいに逃げていた。アメフトクラブにいた頃のディフェンスラインのタックルに比べりゃゾンビのタックルなんてくすぐられるのより軽いが……。ここにいるのはジ・アンダーテイカー。劇場内のゾンビを殺しつくしてくれるだろう。逃げればどうにかなる。そしてなんとか劇場の非常ドアから脱出した。そこはもうスカベンジャーズによる殺戮で外はゾンビ製の赤い湿原となっていた。内はジ・アンダーテイカー! 外はスカベンジャーズ! しかも上にはアリア・アニマとシスター・グレイシャ! 下に逃げられるグラボイズみたいなゾンビはまだ確認されていないからゾンビが生き延びることは不可能だ。
「助けてくれ! 俺は人間だ」
「アラ? 生きてる人間?」
ベラトリクスがレゴラスに麻酔銃を向ける。ベラトリクス・サンダーランド……。シスター・グレイシャを勧誘したのが自分だとバレると何が起きるか。殺される!?
「ああ! 噛まれていない! 俺はまだ助かる人間だ!」
「ファッキィ!」
THUNK!
「グッフ、何故俺を殴る……」
「ここにいる人間は全員殴る。レゴラスとかいうクズはまだ生きてる?」
「グッワ……。レゴラスの生死を知ってどうする? 彼を殺すのか?」
「いいえ、彼は殺さない」
「そうか。実は俺がレゴラスだ」
「ファッキィ!」
THUNK!
「グッフ、OKOK、わかった、俺がレゴラスだ! 俺は殺さないんだろ!? 気は済んだか?」
「グレイシャを連れて行ったのはお前?」
「いいや、違う」
「ファッキィ!」
THUNK!
「ウソツキは、ドロボウの始まり。この場合は盗難届じゃなくて捜索願だけどね」
「OK、本当のことを言う。俺がグレイシャをここに連れてきた」
「ファッキィ!」
THUNK!
「グレイシャはここには自分の意思で?」
「そうだ」
「ファッキィ!」
THUNK!
「あの子がそんなことするはずない。あの子は二度とヤクはやらない」
「いや、彼女が勧誘に乗って自分の意思でここに来たのは本当のことだ! 嘘じゃない! あいつはおかしいよ」
「ファッキィ!」
THUNK!
「クズめ。お前は殺さないと言ったけど、そう長く生きていられると思わないことね。ルールその一。ウソをつくな。ここに来てからお前はグレイシャに何かした?」
「何もしていない!」
「ファッキィ!」
THUNK!
「何故ウソとわかった……」
「今、お前を殴ったことに理由はない。殴りたかっただけ。ルールを破ったわね? ウソなの?」
「ウソだ。すまない。彼女を殴った」
「ファッキィ!」
THUNK!
「まだ隠していることはある? ないなら用済みね」
「ある! 彼女に強制Fをしようとした」
「ファファファッキィ!」
THUNK!
「クソッタレ……。訴えてやる。訴えてやるぞベラトリクス・サンダーランド!」
「受けて立つわ。こっちには“大陸最高の弁護士”がついている。あの子が救った“大陸最高の弁護士”がね」
〇
20XX SEATTLE
ドクもベラトリクスもシスター・グレイシャを殴らなかった。レゴラスに殴られた跡はかなり腫れてあまりにも痛々しかったし、シスターは本当にスカベンジャーズが屋上に来るまで持ちこたえていた。そこにあのアリア・アニマがいたことは想定外だったが、ヤクブツを吸っていたのなら、たとえアリアがいようとあのゾンビから助かるはずがない。彼女は“正しい行い”をしにジェネリック・モルドールに行ったのだ。
理由は大体察しがついた。言い訳は聞かない。ただしベラトリクスの車を盗んだことは重罪だし、シスター・グレイシャはまだいろいろと若すぎて甘すぎた。そこを咎め、ベラトリクスはシスター・グレイシャに罰金と反省文を課した。この国では悪いことをした子供に外出禁止を命ずるのは定番だが、今はシアトルにはミランダとマーリィもいる。なのに外出禁止は酷すぎだ。ベラトリクスもなんだかんだで甘い。ベラトリクスはシスターに、ミランダとマーリィにシアトル案内をするように命令した。
「このゲームセンターは日本人が経営してて、ボタンを押すとヤキトリを運んできて貰えるの」
「お金がいっぱいかかるんじゃない?」
「ヤキトリは無料。筐体の横のボタンは押し放題で、長く遊んでねって意味なの」
マーリィが『ストリートファイターⅡ』の横のボタンを押した。
イヨォ~、ポン! ボンジリ!
本当にボンジリがやってきた。日本人ってすごいこと考えるな。
ボンジリ! ボンジリ! ハツ! ハツ! ボンジリ!
「マーリィ! 押しすぎ!」
「うふふ、いっぱい来ちゃうよぉ」
罪悪感は消えない。イルカの尾ひれはまだ見えている。盲目のアビゲイル・クエストは贖罪になっているのだろうか? 今回の事件は、罪悪感から逃れたい一心のアビゲイル・クエストが起こしてしまった出来事だ。果たして今のアビゲイル・クエストは、ミランダとチャールズのためなのだろうか? それをもう一度見つめ直さなきゃいけない。自分のためのアビゲイル・クエストではいけないのだ。でもミランダに会うとアビゲイル・クエストを続けようと思える。よく考え、よく悔い、過去と向き合いながら受け入れることが贖罪なのだ。過去から逃げるためではない。アビゲイル・クエストは救済へのタクシーではないのだ。
ミランダとシスターは友達。それぞれの贖罪を支えあう友人がいるというのはいいことだ。
それにシスターの愚直な想いは意外な人物に伝わった。アリア・アニマだ。ラジオやテレビで知ることが出来る姿がその人の全てではない。アリア・アニマは意外といいヤツだった。
ベラトリクスだってそうだ。ラジオで紹介される冷徹な女王様は彼女の全てではない。
チャールズとベラトリクスはフォードとシボレーを並べて洗車し、路上喫煙していた。
「面倒かけてすまなかったわね」
「いいや、お互い様だ。ミランダがウェイワードパインに行っちまった時はお前が同じことをしてくれた。『ザ・ファースト・アンド・フューリオス』って映画シリーズが俺は嫌いでね」
「日本でのタイトルは『ワイルドスピード』だっけ? 『FF』の時点であれはダサい映画ね。知能がガキのチンピラごときが軽い気持ちでファミリー、ファミリーと慣れあっている。わたしたちはまだ自分たちをファミリー呼ばわりしていないから幾分マシ」
「あの映画に出てくる車は盗もうって気にならねぇ。お前のマスタングは、ガキからしたらさぞかし魅力的だったんだろうよ。でもシスターがお前の車を盗むことはもうない」
「なんで?」
「あの子もこの件で少し大人になったからだ。お前が育てた。運転出来るようになったのなら自分で車を買うさ」





