2話
(銅鑼)
♪(Theme song『東方的英雄』)
“続・CZK ~中国僵尸殺手~”
“~霊歳拳墓~ 櫻桃道士 和 病嬌殭屍” #3
昼に赤飯を食べた後、櫻は昼寝を始めてしまったので、蘋は洗濯物を外に干しながら手鏡をのぞき込んで笑ってみた。絶対にあのアバズレ燕より自分の方が可愛い! 最新のお化粧品とか買っちゃおうかな。流行りにあった技術で武装すれば今の若い子にも負けないし、キョンシーでさえなければ櫻との甘い生活があっただろうか。それとももう死んでることにメソメソして詩でも書けば気は収まるのか? 自分以外のキョンシーとは話したことがないが、自分の享年って確か20歳かそこらだったが、今の自分の精神年齢って250歳? それとも270歳? 20歳? 15代も桃家の母であり、姉であり、妹であり、娘であり、召使であったがここにきて心が生娘だ。恋煩いの生娘の吐息は自分には青すぎて恥ずかしくなる。
「櫻は眠っている。妖狐の手先がなんの用?」
「貴様を始末しに来た」
妲己に顔を近づけられて色欲の遠近感が狂ってしまったキエンをはじめ、傾国砦で自ら望んで妲己の下僕になっている男たちが約20人、桃家の庭に現れた。それぞれに血の入った筒、もち米、赤豆、鏡なんかを持って、そんなものでこのキョンシーに勝てるつもりでいるらしい。
「貴様を殺すぞ、最強のキョンシー」
「やってごらん」
250年! それはキョンシーがカンフーを極めるのには十分すぎるほどの時間だ。蘋の手首はしなやかに揺れ、その動きは襲撃者たちに鎌首をもたげるヘビを連想させる。かつて出会った拳法家から習った“白蛇拳”だ。不撓不屈……敵の攻撃を飲み込み小さな力で最小化し、電光石火……敵を討つ。
その完成された站椿だけで「キョンシーは体が硬い」なんて絵本レベルの知識は否定され、このキョンシーが一筋縄ではいかないことを確信させる。何しろ相手は全身が関節のヘビの象形拳で現実異常にリアルなヘビの虚像を浮かばせるのだ。
「貴様はおおよそすべてのキョンシーの弱点を克服しているようだな」
「おかげさまで」
「だがこれを知っていたか? キョンシーは桃の木で作った剣と、童貞の体液に弱い」
「……」
その弱点は知っている。桃の木で作った剣による攻撃を受けたことがあったが、あれは確かにキョンシーの防御力を貫通して蘋にダメージを与えた。童貞の体液は試したことがない。
「そして今ここにいるのが、桃の木で作った剣を装備した20人の童貞というわけだ!」
20人の童貞が桃剣を振り回し、威嚇する。こいつらは全員、女性に縁がない。女性に縁がないから逆に妲己に……。ここまで残してしまった自分の純潔はせっかくなら妲己に奪ってほしいし、逆に妲己レベルじゃないと捧げられない。つまり一生無理だ。
「グヘヘ、もうキョンシーでもいいんじゃないかな」
「生身の女は無理だ」
「角の大きいカブトムシは羽化に時間がかかる。俺は角の大きいカブトムシ! 満を持してやってくる!」
「妲己様に近づける……。触れてもらえる」
220歳の時なら全然動じなかっただろう。でも今の蘋は、250年ぶりに恋する乙女なのだ! 男たちの色欲や劣等感、自分の恋心を区別して自分は高尚であると櫻に説明する言葉を持たない。だって230年も年下で、おしめを替えてあげたころから見守っている相手に恋をしているのだ。花も恥じらう生娘に男たちの汚い欲望は鋭く突き刺さる。
「アイーッ!」
手下Aが蘋に襲い掛かるが、ヘビの一撃が人体の急所の一つ、夜光を打つ。手下Aも女性に触れてもらったのは生まれた時に母に抱いてもらった時以来だから28年ぶりだ。
多少動揺したが、蘋のカンフーを崩すには至らなかった。桃の剣も当たらなければ意味がない。つまりこうだ。こんな歳までなって女の子一人にも相手にされなかったこの20人では、キョンシーに効くアイテムや桃の剣でも蘋を倒すことは出来ない。
「蘋~? 晩飯は中華まんを作……。何? こいつら」
寝起きで下着姿の櫻がお腹をかきながら庭に出てきた。道士のくせに、キョンシーである蘋の気が高まっていることにも20人の刺客が来ていることにも気づかないのだ。
「ヘタレ道士は後回しだ。キョンシーを殺せ!」
キエンの合図で手下Bが奇声をあげ、桃の剣を振り上げる……。
「?」
桃の剣を振り上げたァ~? 手下Bの脳が腕に「剣を振り上げろ」と命令した直後には、手下Bの脳は痛みと恐怖に支配され、逃亡を命じていた。その命令ももう遅い。意識の緊急停止機能が作動し、手下Bは吐血しながらあおむけに倒れて失神していた。
「何が起きた?」
ヘタレ道士の手には磨き抜かれた桃の剣……。その先端から鮮血が滴っている。
束の間の静寂。それは20人の襲撃者たちに死を予感させる。
「アイーッ!」
「疾ッ!」
桃の剣を持っただけでヘタレ道士の発する気が全く違う。20人の刺客たちは桃の剣を「持つ」「振る」ことができるだけなのだ。ヘタレ道士は全く違う。ヘタレ道士はだらしないままなのに、そいつの佇まいは周囲を変える。妲己の誘惑がヘタレ道士への恐怖に上書きされていく。そのひきつった表情はこの襲撃の末路を不気味なほど正確に予言していた。失敗するという末路に!
「蘋を倒せるつもりでいるってことは君たち童貞か。童貞ごときを倒したところで自慢にもならないなぁ。童貞の一人や二人でガタガタ言うなよ。今すぐ全員ぶっ飛ばしてやる」
「フン、たかが童貞を一人倒したぐらいでいい気になるなよ」
「なってないじゃんかボケ。蘋、ここは任せろ」
蘋の背筋がぞくぞくする。もう死んでいるのに!
櫻の桃の剣は手下Cの剣を下からかち上げて胴を無防備にさせ、鼓動のような連打を刻みこむ。動揺する手下Cの心拍にあわせて連打は激しくなる。Cは持参したキョンシー対策のもち米に塗れて意識を失った。キエンが焦る。
「あべし」
「うわらば」
「ひょんげ」
「ぺがしゃ」
「いでぇよぉ~~」
手下D、E、Fが暴れるこのヘタレ道士への緊箍児になろうと径を狭めてもあっという間に拡散する。一太刀で防げるタイミングと軌道と一瞬で見出され、攻防一体となった一振りでそれぞれ伏兎、舌根、人中に強打を受けて彼らは悶え苦しむこともなく意識を失った。視力に優れた蘋には、まるで櫻の太刀筋は彼にまとわりつくタスキのように見えた。静かな打擲音にキエンが焦る!!
「グゴォオオ!」
七尺はあろうかという巨漢の刺客が桃の木で作った柱を振りかざした。もはやこの大きさは剣ではない! 柱だ!
しかし櫻は動じない。
剣のほとんど鍔に近いような根元で巨漢の柱を受け、そのまま滑車のように柱を辿り、巨漢の体勢を上擦らせ、持ち手を逆にして顎を一閃! 巨漢の瞼が痙攣する!
「ウチの櫻はヘタレ道士じゃないんだから」
……続!
Memento mori。
ウォールドロワーの暗殺者だったシスター・グレイシャは、暗殺の際に必ずこの言葉を残した。会計士だったジェフ・ペリー(享年45歳)の一家をナイフで皆殺しにした時は、この言葉を刻んだナイフを現場に残した。フレッド・ウィルソン(享年30歳)を殺さねばならなかった理由はわからない。ただ彼を「殺せ」と言われたからシスター・グレイシャはフレッドを殺した。その時に彼を射った矢にもこの言葉を刻んだ。
彼らはみんな、玄関のチャイムを鳴らしたのが大人しくて真面目で小柄なシスター・グレイシャだから気を許し、あっという間にマッシュポテトを添えたステーキみたいに静かになって死んだ。
何故彼女がこのような危険で残酷な殺人クエストに従事していたかを説明するには、いささか時間を遡らねばならない。
……。
え? シスター・グレイシャの記憶に聞いてみよう。
え?
「わかりません」
You know what I mean? ノワラミン?
「わかりません。では、ここではわたしが知っている事実だけを説明しますね。その一。わたしは孤児だった。みんなはわたしをウォールドロワーの生まれと言っているけれど、それすら本当かわからない。記憶があるのはウォールドロワーの修道院から。その二。わたしが七歳の時からブラザー・ジョンソンに人殺しのやり方を教わっていた。その三。十五歳になった頃から殺人クエストの依頼が来て、それを実行できるのはわたしだけだった。マザーもブラザーもわたしがそれをすることが最も自然であるように強制せず、止めもしなかった。まるで摂理のようにわたしが殺すことになった。その四。わたしが十六歳の時、ブル市長を殺すように命令された。そして殺しに行ったらチャールズとミランダがいて失敗して、そしてブラザー・ジョンソンがわたしを殺そうとした。その五。訳も分からないまま、チャールズとミランダにサンフランシスコに逃がしてもらった」
でも、自分がその相手を“悪”だとか“罪人”だとか知ることもなく殺したんだよね?
「……」
今度は「わからない」ではないということは、ようやく彼女はミジメなパイをぶつけられ、己の悪事を認めたということだ。
仮にこの国に法律が残っていても、何もわからない、では、彼女の裁判はどうにもならないぞ。弁護士が“大陸最高”のロイド・ロールスロイスだったとしたってまともな裁判にならない。
だが残念なことか、それとも喜ばしいことか、今のこの国で“殺人”はそう大きな出来事ではないのだ。殺された本人や被害者の家族や友人たちには怒りや恨みが残るが、殺しにビビっていては、むしろ大切な人を失うことの方が多いのだ。
インタビューをしてみよう。やぁ、チャールズの記憶。人を殺したことは?
「ある。あれはZ1年ごろ、イチバンマーケットの廃墟を探検してやっと、なんとか食えるものを見つけた。だがそこには顔見知りのメイスじいさんがいたんだ。残念ながらメイスじいさんの分はなかった。俺は仕方なくメイスじいさんを殺した。これが最初の殺人。あの時、ミランダはほんの七歳でひどく痩せていて、高熱にうなされていた。Zの前の出来事だが、ミランダの友達のシャーリーはニンジン以外食おうとせず、栄養失調で死んじまったから、ミランダはそうならないようにしなければならなかった。火事場泥棒同士が鉢合って殺しあう出来事はあの頃はそう少ないことじゃなかった。そこから先も大勢殺したよ。ギャングもそうだし、ゾンビに噛まれてもうすぐゾンビになる人間も……」
悔いは?
「ある。だが俺は生きるために殺した。自分が生きることに悔いはない。殺しの経験も殺された人たちも、俺が生きるための礎になった。そして俺はミランダ、ナタリア、クララを生かす。彼女らが、俺が殺人をしたおかげで生きているって罪悪感を持たないために、俺は罪悪感を他人に見せないことにしている。ミランダにこう言ってやればよかったのか? メイスじいさんに食い物を譲ってやるからお前は死んでくれ、って」
次。HellO、ミランダ。地獄に送った人数は0?
「最初に殺した人は誰かしら。でも必要なことよ。わたしが殺した人たちはみんな殺される理由があった。ポート・エグゼビアでユキコとシスターを拉致ったチャイニーズ・マフィアの見張りを殺したわ。あいつを殺さないとユキコは死んでいたし、シスターはどこかのロリコン変態クズ野郎に売り飛ばされていた。地獄に送った人数は0じゃない。わたしが殺した相手は大体みんな地獄行き。みんなに言っておかなきゃ。そろそろロイドってやつがそこに行くから手荒く歓迎してやれって」
悔いは?
「ある。三年前に出会った“荒野のオッサン”……。彼を救えなかった。“荒野のオッサン”はわたしが見殺したも同然よ。彼を喪った悲しみでわたしは一度、壊れてしまった。ゾンビへの復讐に取りつかれ、そしてどんどんどんどん、何もかもがどうでもよくなっていって、クズの町ウェイワードパインにまで落ちて彼らの悪事に加担した。ゾンビを殺すために人を殺す程。わたしは死んだら地獄行きね。でも兄さんやドクやシスターがウェイワードパインから助けてくれた」
フィル・サリバンを殺したことは?
「……“荒野のオッサン”の死がわたしをタフにしてくれた。フィルの死に耐えられる程にね。大切なのは悔いることじゃない。心の中で整理をつけることよ。整理というフォルダの中に後悔というファイルもある」
スカベンジャーズに限った場合のほかのメンバーの殺人の履歴を? ミセスはジャパンでの用心棒稼業では誰一人殺していない。彼女の活躍で政治生命を絶たれたゴミはいるけどね。リカルドはヤバい。殺しまくっている。泳げるメキシコ人は全員殺した。泳げないメキシコ人はリオ・グランデ川を泳いで密入国出来ないからリカルドの魔の手が及ぶところまで来られない。キャップも殺しはやっていない。
ベラトリクスも生身の人間は殺したことがないし、むしろ彼女は生身の人間を治療する立場、ゾンビに対しても“不殺”という最先端の境地を拓いた。
ゼブラのようにクッキリ分かれたベラトリクスの人間像。ゾンビは殺しまくるのに人は生かす人間を、シスター・グレイシャは身近に知っていたのだ。ベラトリクス自身が「シスター・グレイシャが自分の最大の理解者」と感じる程、お互いに身近に知っていたのだ。
多くの人にとって医療従事者の次にお世話になるのは聖職者。まさにベラトリクスとシスターだ。
CZK5 17-2-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK5 17-2-B
“GからBへ”
ごめんなさい、ベラトリクス。
わたしには行かねばならない場所が出来てしまいました。
ジェネリック・モルドールという場所に行きます。
そこは全ての指輪を捨てて婚前交渉とハッパで楽しみ、わたしのように若くしてヤクブツに手を出した前途有望な人間を多く集めていると聞きます。
わたしを勧誘したレゴラスという男は非暴力主義者で、モルドールではゾンビを殺す必要がないそうです。
その場所は一般社会においては親や教師の暴力を以て勉強や仕事を強制しなければならないほど無知で無軌道で前途有望な若者が極めて多く、
ファッションやスウィーツ、最新鋭の音楽、出会いでティーンたちの欲望に歪なほど忠実に応え、
先細りしていく人生に対する諦めのような悲しいヤクブツ接種で若さを濃密に過ごしていく……。
忘れてしまいたい過去というものはバラバラに切り刻み、念入りすぎる程に殺してもゾンビのように這い出てゴーストのようにまとわりつきます。
過去は消せません。
急なことでごめんなさい。急いでわたしに会おうとしないでください。
いずれわたしから会いに行きます。
Gより
「ベラトリクス・サンダーランドの車でJoyrideとは偉くなったものね、あの子も」
「どうするベラトリクス。盗難届は?」
かつてシスターに教えてあげたトリビアのように一人でフォーダイトを作れるほど塗り替えまくり、チューンしまくったフォードの代わりが、妹同然に可愛がった女の子からの置手紙だけなんて割に合わない。マーフィ警部は久々の犯罪に顔をしかめた。
「出さない。少し留守にするわマーフィ警部。もしわたしが留守の間にこのレゴラスとかいうエルフがシアトルに来たらわたしの代わりにやってやって。一番重くて硬くて尖ったブーツで大切なところを蹴り上げてやるの」
「ハッハッハァ。お前が留守になるというとベラトリクス。シアトルのラジオの聴取率が減るな」
「どうかしら? こんなニュースが流れたら最大の聴取率になるわ。“ベラトリクス・サンダーランドがモルドールでサウロンとオークとウルク・ハイを大量殺戮して逮捕”」
「どうする? 大切なシアトル市民だ。パトカーを出すぞ」
「こう見えてもわたしは車好きなの。間違ってもプリウスなんかには乗れないわ。……。わたしのあのフォード・マスタングに匹敵するような良くチューンされて愛されたマシンは、チャールズのシボレー・インパラ。あれくらいじゃないと乗りたくない」
「大切なシアトル市民ってのはお前だけのことじゃない。シスター・グレイシャだってそうだろう? 善良なシアトル市民だ」
「……。そう思っているのは、わたしとシアトルだけなのかもね。足を呼ぶわ。ありがとう、マーフィ警部。あの子に居場所を作ってくれて。短い間だったけどね」
携帯電話を片手に去っていくベラトリクスに、マーフィ警部はかつての彼女にゴーストのようにまとわりついていた憂いを見た。優秀ゆえの孤高。ベラトリクス・サンダーランドは随分と丸くなったって言うのがシアトル市民の意見が大半を占めるが、それを悪くとっている市民は少ない。誰だって孤独は辛いのだ。ただ彼女は最近まで孤独が辛いということすら知らなかった。
「もしもし? チャールズ?」
「どうしたベラトリクス」
「アンタ、今どこにいる?」
「ミランダ、マーリィと一緒にサンフランシスコだ」
「アンタとミランダは兄妹よね? 仮だけどマーリィは姪だし。ペットじゃないわよね?」
「当たり前だ」
「わたしもそのつもりだった。ペットを盗まれたなら盗難届だけど……。捜索届を出すべきだと思っていた。わたしも何かペットを飼おうかしら。ブチギレのドーベルマンとかカラフルなカエルとか寝起きのグリズリーとか腹ペコのヤシガニとか」
「何が起きた?」
「妹がヤク中のヒッピーに口説かれて、怪しいコミューンまでわたしのフォードでジョイライドよ。新しいペットを一緒に連れて行って紹介してやる。仲良くなれるかは彼女次第」
「あのマスタングを盗まれたのか? ジョークにならないぜ」
「譲渡ならもう少し待てばそうしたのにね」
「一日待ってくれ。そういう出来事には慣れてる。なぁ? ミランダ」
「だと思ってあんたたちに電話したのよ」
(銅鑼)
♪(Theme song『東方的英雄』)
“続・CZK ~中国僵尸殺手~”
“~霊歳拳墓~ 櫻桃道士 和 病嬌殭屍” #4
――桃家13代目道士、冠傑は生前、蘋にこう語った。冠傑は蘋を仰ぐべき目上の人物として接していた。
「櫻ですか? あいつは、天才などではございませんよ。天才、天剣……。天賦の才を持つ剣士を喩える言葉はいくつもありますがそれはどれも、人間の域のものを喩える言葉……」
剣を順手に持ち替え、顎の痛みと脳の揺れで反応が遅れる巨漢の後頭部に垂直に叩きつける! 破危ィン!
――「剣の化身、戦の化身がたまたま、人間の姿をして桃櫻泉と名乗っているというのが最も適した言葉でしょう。う~ん、なんと言いましょうか、全てを読んでいるとでも言いましょうか」
後頭部への打突で頭が下がった巨漢を、再び逆手持ちで昇撃! 顔がひしゃげる。
――「全ての太刀筋、そして人間が剣を振るう際の支点・力点・作用点を櫻は即座に読むことができる。何を意味するかお分かりか? 力の流れ、力の位置を読む剣。敵の振るう剣にかかる力が“最小”の点に自分の剣の力の“最大”の点を合わせ、馬力の差を覆す。剣の理合とでもいいましょうか。我々が櫻の剣を可視化し、言語化するならそういうことになりますが、化身は何も考えてはいない。故に強い」
ようやく距離をとれた巨漢が柱を構えなおし、下段からの斬り上げを狙う!
だが遠い。アキレスと亀の逸話のように、巨漢からするとヘタレ道士への距離が縮まらない。刀の腹で巨漢の柱を受け、自らの刀の背を軽く叩く。すると巨漢が渾身の力を込めて振るった柱が簡単に軌道をそれて明後日の方向の空を切る。全く予想もしていなかった空振り、暴走に巨漢が目を回す! ありえない体格差だというのに!
――「あいつに占術や風水はいりませんよ。あいつは剣技だけで道士として十分だ」
ここまで来てまだやる気だった巨漢もそれはそれで天晴だが、決まり手は、何の変哲もない突き。ついに巨漢が意識を失い、象のようにズシィンと倒れる。
初代が作った最強のキョンシー、蘋。それを倒すことができるのは15代目の櫻だけである。
その理由の一つは、彼が史上最強の剣の才能に恵まれていたこと。桃の木で作った剣でさえ、櫻が使えば真剣と同じ威力になる。理屈や蓄積もない天賦の勘任せの天衣無縫の無形の剣のため、剣技の定石も通用しないことが彼を無敵の剣客にしている。250年の知識を持つ蘋ならば、その知識に邪魔をされて櫻の剣技には惑わされてしまうだろう。そのカンフーのウデマエとは五分五分だ。
「……」
櫻の視線は宙を舞い、刺客たちの頭の向こうに着地した。
燕だ。野次馬の中に燕がいる。いいところを見せなきゃならない。
櫻が蘋を倒せる二つ目の理由。それは彼が童貞であることだった。櫻の剣技と蘋のカンフーは五分五分でも、その分、櫻が有利なのだ。
この剣技とまっさらな女性遍歴こそが、彼を史上最強のキョンシー退治の専門家にした。だから誰も彼に体を許さない。最強のキョンシー退治の道士の力が失われてしまうから。だから彼はこう呼ばれる……。
櫻桃道士。
「ねぇ櫻。まだわたしに勝てる……。勝てるよね?」
「ああ、残念なことに蘋。僕はまだお前に勝ててしまう」
「ならよかった」
251年前に恋をした相手は初代の桃冠文だった。彼をキョンシーとして蘇らせてくれる道士を15代待ったが、櫻はそれが出来ない道士。でも初代以来251年ぶりに蘋は恋をした。
櫻をもう蘋に勝てないようにしたい。できれば自分の体で。でもあのアバズレが見てる。こんなにかっこいい櫻の姿を見ているのだ。あのアバズレと櫻の甘い展開を防ぐために蘋も出しゃばって刺客をぶっ飛ばす。
櫻の剣は春のように穏、夏のように烈、秋のように寂、冬のように沈。
蘋の拳は花のように美しく、日差しのように苛み、風のように枯らし、雪のように冷たい。ずっと桃家に付き添ってきた。櫻にはわたしがついているんだから、と野次馬の燕にメンチを切った。
「蘋、今夜」
「何?」
「中華まんが食べたいから、頼む」
「わたしはあなたのお母さんじゃないの!」
……終劇





