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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP16 ネイキッド・レディ・アンド・ゴールデン・ジェントルマン
70/86

1話

 ここは場末のバー。あんまり大した人間はいないし、チンピラ、ライダー、ヒッピーがいることからここは旅の途中に立ち寄ってスロットマシンで遊ぶのが限界のつまらない場所なんだろう。


「おい見ろよ。ちょっといい女だぜ」


「へへへ、声をかけてみるぜ! おい女! 俺とちょっと付き合えよ!」


 女性はダボダボのTシャツを掴まれて胸の谷間をジロジロ覗かれても、真っ赤なツラでつばを飛ばされてもシカトだ。このチンピラ共は少なからず安堵していた。もし気の強ぉい女だったら逆に強めの暴力でやり返されるだろうし、弁の立つ女だったら二度と立ち上がれないくらい自尊心を傷つけられる。ポヤンとしているからチンピラは調子に乗れるが、それもここまで。ジャパニーズ・ノーレン・パワー・プッシュで手応えがなさすぎる。ここまでしてもノーリアクションは辛い。

 声をかけられらた女性の特徴を挙げていこう。

 右耳は大きな絆創膏で覆われていて、まつ毛がとても長い。ピンク色のランニングシャツの上に肩まで見えるブカブカなTシャツを着こんでいて、無地のはずなのにつやつやした絵具やインクの汚れで彼女にしか作れないイッテンモノに仕上げている。この汚れは勲章であるってことはもう少ししてからみんな知ることになるだろう。その汚れは金髪をキャンパスに髪にも付着している。ポヤァーっとしたアンニュイな目で窓の外の遠くを見ているが、彼女が見ているのは果たして窓の外だろうか? 彼女にしか見えていない“世界”があるとして、そこを見ているとしたら?


「この女! シカトぶっこいてんじゃねぇぞオラァ! 酒を注げと言ってるんだ!」


「コラァ! 女! おい! あぁ!? 女! おぉい! ダボが! 女ァ!」


「おいこいつにダボまで言わせたらもう終わるぞ女ァ!」


 違う“世界”が見えているのなら、このチンピラなんか眼中にないだろう。マイペースに鞄からアルミ箔で包んだジャパニーズライスボールを持ち出して無造作にムシャッとかじり、また窓の外を見て物思いにふける。持ち込み禁止のバーでライスボールをかじるのはご法度だが、キレかけたチンピラに巻き添えにされることを恐れてマスターも注意しない。


「失礼、さっきから女、女と申し上げているが」


 バーに入ってきたキッチリしたスーツと七三分け、片手にステッキ、片手にビールのグラスを持ったメガネの紳士(ジェントルマン)がついに止めに入った。チンピラAはポヤンとした女性の胸の谷間を凝視するご褒美タイムを終了しなければならなかった。この目は女性をエロく嘗め回すように見る他にも血走らせて威嚇にも使える。


淑女(レディ)、と言った方がよろしいのでは?」


「うるせぇ」


「僕のことが気に障ったならば謝ろう。だがこのレディのことは見逃してやってくれないか?」


 このいかにも育ちのいいジェントルマンが却ってチンピラの激情の炎に油を注いだ。ジェントルマンのグラスの泡はさっきまで真上に放出されていたが、今はグラスの内側で穏やかに揺れる。


「僕が感情的になってしまう前にやめよう。君たちがこのレディを気にすることは理解出来る。実に魅力的な女性だ。しかし見たところ彼女にその気はないようだ。騒ぎを起こさずここにいる皆様が平穏に食事を終えるには、君たちが大人になるしかない。ふむ、いいフレーバーのビールだ。KING OF BEERのバドワイザー。かつてはFIFAワールドカップの公式スポンサーだった。二〇〇二年のワールドカップにおいてイングランドは死のグループだった。この年に文化財返還問題に関しての共同声明において世界の主要な博物館では我らの大英博物館は……」


「失せろブタ野郎。ケガするぞ」


 チンピラはテーブルの上にあったボロボロのスプーンをジェントルマンの顔に押し付け、冷めたピザソースを塗りたくってやった。


「……どうして君はそんな汚い言葉を使うのかな?」


「お前みたいに“銀のスプーン”をケツに挿して生まれたやつと違ってクソをすくうスプーンしか持ってないんだよファッキンジェントルマン。ブリテンは島へ帰れ。どけ。この国じゃキャプテン・アメリカが言えと言ってる。真実の川のそばに立つ木のように根を下ろし、どけと言え、とな」


 Gogogogogogo……

 SMACK!

 先に手を出したのはジェントルマンの方だ! チンピラAの顔面をぶん殴り、ステッキをレディに預けてボクシングの基本的なフォームに入った。


礼節(マナー)が」


 構える。


「作るんだ」


 引く。


「人間を」


 鼻の根本、神経が集中するそこを目掛け、ジェントルマンの拳が……。






EP16  NAKED LADY & GOLDEN GENTLEMAN






「ようマスター。ゴジラセットをくれ」


 チャールズとミランダは幸運だった。彼らがバーに来る前に騒ぎは終わったんだから。この町でも兄妹の母、アビゲイルに関する有力な情報は得られなかった。明日にはここを発つから、最後のランチに来たのだ。


「ゴジラセット?」


「おかしいな、昨日も一昨日もここでは頼んでもいないのにゴジラセットだったぜ? 頭がシビれるほど冷えたコーヒーに、カチカチになったベーコン、冬のドアノブみたいに冷たいスコッチエッグ。これは全部ゴジラみたいに炎を吐いて、温めはセルフでお願いします、って意味だったんだろ?」


「おいヘザー! こいつに最高のスコッチエッグを作ってやれ! クソ生意気な嫌味が出ないようにな!」


「バドワイザーはキンキンのままでいいぜ。妹にはコーラ。そしてペンギンも凍死するような水をバケツにいっぱいくれ」


「バケツの水? 表の馬から借りてきな」


「嫌だね。こいつのスーツが汚れる」


 ミランダはメガネを割られて大の字で転がっているジェントルマンの額に濡れタオルを置いてやった。

 そう。ジェントルマンはあそこからビールの泡が弾けるようにボコボコに負けたのだ。


「サミー……」


「サミーはここにいるよ」


 ジェントルマンの妹、さっきナンパされていた女性、Smbac(サンバック) Stonehenge(ストーンヘンジ)(20歳)。愛称はサミーだ。サミーは大きなスケッチブックをうちわして兄を扇ぎ、タオルを替えてくれたミランダに小さくお礼をした。


「シカトしてれば終わるのに。かっこつけちゃってさ」


「相手が強そうだとかそんなことは関係ない。紳士は立ち向かわねばならない」

 Stanlee(スタンリー) Stonehenge(ストーンヘンジ)(24歳)。彼がチンピラの予想を遥かに超越する弱さであったことは、チンピラが彼をタコ殴りにすることで気が晴れて妹が助かるという皮肉な幸運をもたらした。


「どぉしたらそこまでボコボコにされる? 相手が何十人もいたんならこんな騒ぎじゃすまないだろう? 目が覚めたか? マスター、彼にコーヒーをやってくれ。ゴジラセットじゃないやつをな」


「ありがとう、優しい男性。名前を教えてくれないか」


「チャールズだ。相手は何人いた?」


「見た限りでは二人だった。だが君なら出来るかね? 愛する妹を恫喝され、黙って見過ごすようなことが」


「出来ないね。俺も妹を持つ兄の一人だから、その勇気にコーヒー一杯」


「バカにしているようには聞こえないね。ありがたく受け取ろう」


 チャールズとミランダはテーブル席にストーンヘンジ兄妹をお招きしてあげた。


「俺はチャールズ、こっちは妹のミランダ。姓はノーマン、出身はカリフォルニアのオレンジ」


「スタンリー・ストーンヘンジだ。妹はサンバック。サミーと呼んでやってくれ。出身はイングランドだ」


 兄は兄同士でブラザーズトークを始めたのでミランダとサミーもお喋り開始だ。


「サミー、さっきあなたのスケッチブックを見たけど随分変わった絵を描くのね?」


「そう見えた?」


 晴れの日のタンポポの綿毛のようにポヤンポヤンした掴みどころのない口調と声だ。キッチリカッチリした兄とは何もかもが違いすぎる。


「ミランダにはあれが何に見えた?」


「風景画でも人物画でもなかったっぽいけど。でもサミー、ごめんなさい。もしかしてあまりお金がないの? だって額縁を自分でスケブの中に描いていたくらいだもの」


「ノンノンノン。あれは額縁がなかったわけじゃない。あれは、コマ割り。わたしが描くのは、マンガ!」




CZK5 16-1-A

「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」

「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」

「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」

「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」

 クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中

CZK5 16-1-B




 ストーンヘンジ家はイングランドの由緒正しきお家柄。今は落ちぶれて北米大陸でスタンとサミーの二人が、先祖の残した遺産を探して旅をしている。


「コミック?」


「そう、コミック。それを日本風にリミックスしたものがマンガだよ」


「Coolね」


 サミーのスケッチブックをめくるミランダの手の速度が遅く。一ページ一ページをよく見ると描きこまれた背景、キャラクター、セリフ、そして毛筆、色鉛筆、クレヨンなんかのありとあらゆる道具で描かれた、言葉ではなく心で理解出来るアクションと喜怒哀楽があった。時には遠近感すら無視する。かっこよさのためには物理法則だって無視するのが芸術なのだ。それに目の前でスケブをじっくり読まれても動じない肝っ玉!


「サミーには世界がこう見えるの?」


「残念ながら見えないね。こう見えたらいいのにって世界をここに描く。それなんだよ。スタン兄との旅はいいネタ探しになる。スタン兄はこだわってるけど、ストーンヘンジ家の遺産なんて本当はもうどうでもいいんだ。スタン兄と旅をして、それをモチーフにマンガを描くってことでわたしは満たされている。スケッチブックと鉛筆一本さえあれば裸でいたっていいのに。ご飯だってライスボールだけでいいのに。わたしにとってはスタン兄との旅は十分に財産と呼べるものなのに。でもねぇ」


「でも?」


「スタン兄はこだわり過ぎているよ。もうストーンヘンジ家は大したものじゃない。紳士と淑女のマナーなんてもうある程度、手放していいものじゃないかなぁ。もっとテキトーに手を抜きながら生きていく楽チンな方法があるはずなのに、スタン兄は自分の首を絞めているよ」


「でも言わないのね、スタンには」


「だってスタン兄はあれをかっこいいと思ってるんだもん。やめろとは言わないし、全く理解できない訳じゃあないの。わたしだってもっと淑女としてコルセットなんかを着用すべきなのかな? ストーンヘンジ家の誇りはあるけど、高級なコルセットはマンガ家にはいらない。紙とペンさえあればいい。っていう、これも他人から見ればマゾな生き方なのかもね」


 サミーは耳を覆う絆創膏に触れて厭世的な笑みを浮かべた。


「見た目ぐらいはストーンヘンジ家から逃れようとピアスをたくさん空けてみたけど、針の消毒が不十分で大変なことになってね。でもスタン兄はピアスを空けようとしたことは怒らなかった。消毒が不十分な針を渡してすまなかったと言っただけだったよ」


「サミーは楽しい生き方をしてると思うわ。わたしたちなんて旅をしているのに何も考えていないし何も残していない。最近ではノルマを果たすみたいにお母さんのことを訊いているだけ。旅そのものを楽しむってことをわたしたちは出来ていないのかも。それと兄さんと話と気が合いすぎることもね。もっと衝突すべきかも。サミーとスタンも既に結論が出ているからかコミュニケーション不足っぽいけどね。マンガはもう完成してるものなの? 続きは?」


「いまいち、パンチのあるキャラのモデルがいなくてさぁ。もっと、こう! 『アメイジング・ニンジャ』のシャドウ・リッパーみたいな人に会えたらいいのに。敵でも味方でもいいから強烈な人に会いたいね」


「ならスゴい人を一人知っているわ。カタナの天才で、素手でもオクトパスをサブミッションで倒した女性よ」




 〇




「僕たちはイングランドの名家ストーンヘンジの末裔だ。先祖が遺した偉大なる遺産は……。金銭への欲に塗れた俗物に見えてしまうと残念だが、確認したいんだ。先祖が偉大であった、ということを。サミーはあまりそんなことを考えていない。サミーにはマンガという生きる道しるべがあるからね。僕には……。たとえ盗品と謗られようと大英博物館は素晴らしい。どこかにあるはずなんだ、僕たちだけの大英博物館が。君たちは?」


「似たようなものさ。Zの時にはぐれた母親を探してる」


「大切なことだ」


 ゴジラに温めてもらわなくてもいい紅茶と間に合わせのスコーンで紳士の嗜みの手順を一つ一つ踏みながらスタンは言葉を紡いだ。自由奔放にビールを飲み、タバコをふかしているチャールズとは対照的でもどちらも間違っていない。

 チャールズのように奔放に生きることが出来たら、それはスタンにとって“楽”だろうか?

 それはNOだ。

 スタンにはスタンの生き方があり、勇気と誇りのためにチンピラにボコボコにされようと立ち向かうことも、だらしなく着崩したファッションでゾンビみたいに放浪することも“楽”じゃない。

 今の生き方も“楽”ではない。救われたくて旅をするのだ。


「そうさ、大切なことだ。ストーンヘンジの血を引かない、ふさわしくない者が遺産を手に入れないようにするためには、危険な旅も必要だ」

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