6話
サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジで二つの運命が交差する。
一人は栗色のちょっとくせ毛で、身長一五八センチメートルの少女だ。ゾンビ対策の激ダサパーカーにジーンズ、古びたジャパニーズサムライソードアンブレラを背負っている。ゾンビ殺しの機能美ファッションだ。みんな彼女を真似るべきだ。しかし少女と言っても彼女の実年齢は二十歳。幼い頃からゾンビに囲まれて、彼らを殺してきた日常は彼女に変化をあまりもたらさず、ブレイクスルーを経ないまま二十歳にまでなった。
一人はサラサラのブロンドにところどころグリーンのメッシュで一七〇センチメートルのレディ。グリーンのシャツ、オレンジのベストにレッドのスーツ。黒のネイルに真っ赤なルージュでまるで道化だが、彼女の持つ美しさはこれらを滑稽にしない。誰も彼女を真似るべきではない。彼女のしか出来ないのだから。しかしこっちの彼女はまだ十七歳だ。
「……」
「……」
この二人の交差に比べれば、一五八センチメートルの少女の横を歩く一八八センチメートルのイケメンでマッチョなタフガイと、一七〇センチメートルのレディの隣の一七八センチメートルのマッチョなグラサンハゲなどちっぽけな存在だ。
「見たかアリア? あれがチャールズ・ディーン・ノーマンとミランダ・レイチェル・ノーマンだ」
橋を渡ったオークランド側でグラサンハゲが一七〇センチメートルのレディの肩を叩いた。
「どれのこと?」
サンフランシスコ側ではチャールズがニヤつきながらタバコを咥え、口をもごもごさせる。
「白皙優位~。負け犬とアンチの皆さんご存じの通り~わたしは白皙優位~」
「どうしたの兄さん?」
「今のがおいしいマルゲリータの作り方にでも聴こえたか? さっきのガキだ、アリア・アニマ。相対性理論を素人にもわかるように説明することはアインシュタインにも出来ねぇが、“California Zombie Killers”は“ミッキー・ローリネイティス”と“アリア・アニマ”を嫌でも覚えなきゃならねぇ。もちろん“スカベンジャーズ”は“ジ・アンダーテイカー”をな。Just remember!」
「兄さんは随分ミーハーだったのね。ミッキー・ローリネイティスにアリア・アニマ?」
「“風俗街で証券マンがストリッパーの太ももで窒息死!”の記事を読んでいたら、ストリッパーの太ももで死ぬには証券マンにまでならなきゃいけないってことの次にヤツらの顔を覚えたよ」
「気取ったガキだったわね」
「ちゃんと意識してるじゃねぇか」
〇
「ヘイ、ガール。約束のホットファッジサンデーだ! ヘイ、ボス。アンタにはトゥインキー。コウガ、お前は……。お前の好物ってなんだ? とりあえずナイルパーチのスシを握ってやるよ。オークランドはサンフランシスコのブスな妹、なんて呼ばれるが、優劣はそれはそれで役割を持つ。コービー・ブライアントの名前の由来になったほどの神戸ビーフでマクドナルドのハンバーガーは作れない。だが優劣と上下関係は必ずしもイコールとは限らないんだ。シスコとオークランドの上下関係は優劣だ。でもアリア・アニマと……。ミランダとかベラトリクスとか? あの辺りとの現在の上下関係は優劣じゃない。あいつらが先にスタートを切った。それだけだ。単純な比較はできないが、イチロー・スズキがこの国に来た時はピート・ローズを超えるなんて誰も思いやしなかった。イチローはこの国じゃルーキーだったからな。ゴジラとモスラとラドンが戦っててどうしようもない時、日本人は相打ちなんてつまらない結末じゃなく、大型ルーキーのキングギドラを登場させて『地球最大の決戦』を作った。この味をよく覚えとけよ、アリア。サンフランシスコのブスな妹、オークランドで食ったホットファッジサンデーの味を。いつか美人な姉のシスコでホットファッジサンデーが食える。あの橋を逆さに渡るんだ。オークランドはシスコにはなれないが、アリア・アニマはミランダもベラトリクスも、ミッキー・ローリネイティスさえも超えていける」
オークランドのスチュワートのレストランで特製料理に舌鼓を打つ。アリアには前菜の野菜の味までわかった。彼女の困難で厳しい青春はストレスとなって味覚を奪い、キャンディやチョコレートみたいな極端な味のものしかわからなくなっていたが、解放と成長がアリアの失ったものを埋めてくれた。
「スチュワートの言う通り、スタートが違うからまだヤツらには勝てないがアリア。ノーマン兄妹を見たか? あいつらは強いぞ。目のぎらつきが違う。チャールズは所帯持ちになって、ステロイドをやったホセ・カンセコみたいにタマタマも脳ミソも縮んでハッピーになったって噂だが一瞬でスゲェメンチを切りやがった。一瞬であいつらを測ることは出来なかった。だが所詮人間だからミック・フォーリーとアメリカン・バッドアスには勝てない。そしてマンカインドにもな」
「ミック・フォーリーもアメリカン・バッドアスもプロレスラーよね? ミッキー。わたしにとってあなたはまるでカラテを教えてくれた『ベスト・キッド』のミヤギよ」
「アリア、まさかお前、感謝してるのか?」
「ええ、もちろん」
魂が救済されたのはアリアだけではなかったのだ。自身がチャンピオンであり続けることで競技として腐敗し始めていたゾンビキリング。ベラトリクスに出し抜かれた想定外があったが、たった一度の首位陥落よりもよっぽど価値のある逸材が手に入った。
ミッキー・ローリネイティスの視界の一点の曇りなし! ミッキーは若さとミランダを育てた指導者としての実績分、チャールズに劣っていると感じていたが、アリアは育つ。もう放っておいても怪物になる。時が加速していく。振り返る暇も、思い出す余裕もないほどの速度で……。
薄暗いスチュワートのレストランでサングラスを下げる。
「泣いてるの?」
「ビッグな男はメガネをかけるのさ。ダン・モロボシだってそうだろう?」
「ありがとう、わたしのヒーロー、ウルトラセブン」
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「おいアリアァ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当にミッキー! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
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「ね~う。ミランダ。君にはミモザを。オレンジ生まれオレンジ育ちオレンジ在住の君にピッタリのカクテルにゃ。意味は分かるだろう? ボクは君を子ども扱いしないよ。でもミモザは炭酸も度数も弱くてミランダにも飲みやすい」
サンフランシスコのドクのバーで、ドクとドクのワイフのミスズちゃんがシェイカーを回す。
「俺にはなんだ?」
「ボクはかつて、お前に対して雄々しく爽快なイメージを持っていた。ライムの風味にラムのスカイブルー。でもお前と飲んだ最高の酒は放課後に冷蔵庫からパクったバドワイザーだろうにゃ」
チャールズもカクテルグラスのスメルを味わう。
「そしていらっしゃいませ、ボンドガールにはなれない唯一の女性、ベラトリクス・サンダーランド様。お前が横にいるとジェームズ・ボンドが霞む。お前のせいでベラトリクス・サンダーランドを除いた場合のシアトルにいる美人の総称が何になっているかを? 答えは“旅行者”だ。既にシアトルはお前の王朝。ミスズちゃん、ラスティネイルをベラトリクスに。スコッチウイスキーとリキュールをロックでやって、ハチミツとハーブの甘さと香りを楽しんで。お前は全然“錆びついたもの”ものではなくなったけど。嫌味に聞こえるか?」
「受け取るわドク。でも一つ聞かせて。もし、この場にリカルドがいたら彼には何を?」
「あいつにはメチルアルコールだ。くたばれリカルド」
「最高ね」
「最後にミセスには何がいいだろう? ミセスは日本で二番目にビッグだ。一番はゴジラ。ここはバーテンの腕の見せ所。酒嫌いのミセスにはライムで日本酒の嫌ぁな部分を抑えたサムライ・ロックにドクターペッパーを少々」
「ドクは何を?」
「ボクはブルーマンデーさ。憂鬱な月曜日だよ」
ドクがサンフランシスコのバーに集めたのはドク、ミランダ、チャールズ、ベラトリクス、ミセス。ドクがスカベンジャーズの主幹だと感じているメンバーだ。
「ハッキリ言ってボクはスカベンジャーズの在り方に疑問を感じ、ベラトリクスと密談をしていた。抱え込ませて済まなかったにゃ、ベラトリクス。事態が変わったから秘密は解禁しよう。あのクソッタレのラジオDJとミッキー・ローリネイティスがジ・アンダーテイカーとかいうチームを作ったことはご存知の通り。ボク自身がいろんな考え方をしているから意見がなかなか定まらないんだ。でも将来で起きる一つの事実は予測出来る」
「言ってみて」
「ゾンビは今まで以上に良くない存在になるだろうね。ミッキー・ローリネイティスが作って、マンネリさせたゾンビ殺しという競技は、一つレベルが上がった。これからは多くの人間がゾンビを殺すことを求める。必要以上にね。ヘタクソが凝ったやり方を試みて返り討ちに遭ったり、ウェイワードパインのクズ野郎やロイドの“オラクル”みたいにゾンビを作ってまで殺そうとするヤツらが増える。誰でも出来て、それが必要であることがゾンビ殺しだったはずなんだ。それが難しく、不必要なものになっていく。スカベンジャーズやアンダーテイカーを真似たチームもウゴノタケノコみたいに増えるだろう」
「秘密は解禁、ね。人にばかりさんざん悩ませて悪い男だわ。おかげでわたしも少し目が覚めて、1位になれたけどね。問題提起は大事よ。それでわたしの意識は変わった。で、ドクはやめるの? スカベンジャーズを」
ドクは首を横に振って袖からタバコを取り出し、ぷかぁーとふかして煙が沈むようなじっとり目線をチャールズに送った。
「やめにゃい。チャールズを除いたここにいるメンバーに言いたいことは一つだ。変わらずやれ。ミランダはお母さん探しをしながらたまにスカベンジャーズに参加。そうする代わりに一人でいろいろ悩まないこと。ベラトリクスはこの前までのようではいけなかったけど、今のお前はそれでいい。模範だ。ミセスも今まで通りスカベンジャーズを守って。チャールズ? お前は何がしたい?」
「お見通しだな」
「何が?」
「モーテルのペーパービューでは『エロスの館』を観られるってことを俺はすっかり忘れちまっていた」
チャールズのこの眼を知っているのはドクだけだ。ゾンビ現象発生直後、家族を案じて軍の訓練から抜け出してオレンジに帰還したチャールズは、まだミランダがディズニーの『白雪姫』を観ていた頃に家族を養うため、火事場泥棒で人も殺した。そしてモーテルに泊まって、寝ている白雪姫のパンツに小人が潜り込むポルノ版『白雪姫』なんかを観ながら短期間の旅をして安全な場所と物資を求めるオオカミだった。ミランダと旅を始めてからはあんなものは観られないし、あの頃は食い物の取り合いで顔見知りのメイス爺さんまで殺した。地獄のスイートルームにも泊れない男は現世ではペーパービューでポルノ映画を観ながら安いモーテルの固いベッドで眠るべきだったのだ。
ただしチャールズは罪悪感にも挫けない。臆せず幸せを掴みに行く。
「わかってるみたいだな。ボクは勝手にチャールズにいろんなものを背負わせすぎていて、それをチャールズに相談しないまま抱えていた。だからチャールズにはボクが勝手に不機嫌になっているようにしか見えない。お前に期待しすぎたよ、良くも悪くも。ボクも頭を冷やす。お前はボクにとってヒーローだけど生身の人間だった。アスガルド出身じゃないし超人血清も打ってないしアークリアクターも持ってない。全員に言いたいことは一つだ。スカベンジャーズの活動をメインにするな。でもボクはお前らにスカベンジャーズを求める。キューバの公務員みたいにシステマティックにゾンビを殺すのが理想だけど、もうこれはボクらとゾンビの戦いじゃない。もう一度沼の栓を抜き、ゾンビの恐怖に警鐘を鳴らすため、プロの技術を見せつけてやるんだ。今はそれでいい。ボクはもう少し、スカベンジャーズに対して存続を前提にしながらいろいろと考えていくことにするよ。だから一番、考えも地位も揺るがないベラトリクスを北極星にすることが必要だ」
ブルーマンデーの強烈な火力はドクの憂鬱を吹っ飛ばしてくれただろうか?
彼を悪く思わないでやってくれ。ずっとチャールズみたいのが身近にいたんだ。慎重すぎ、ネガティブすぎになるのも仕方ない。
「アリア・アニマ。あのガキには……。ん?」
ドクの店に郵便屋のハーレー親父、通称“団塊ボーイズ”がやってきて、ミランダが代引きでビデオテープを受け取った。
「マイケル・マッキントッシュの新作だ」
ラベルにはこう書かれている。
“ZOMBIE SLAYER”
#17 Aria Anima
Directed by MICHAEL MACINTOSH
ドクの家のテレビはデカいし、ミランダもアリア・アニマが気になってきた頃だ。何せDJコニーの番組だけじゃなくマイケル・マッキントッシュまでもう取材している。ビデオテープをデッキに入れて再生ボタンを押した。
♪デェーン
“ZOMBIE SLAYER”
#17 Aria Anima
Directed by MICHAEL MACINTOSH
♪デデェーン
「こいつはヤベー!」
“怪奇!?”
「不死身ってどういうこった!?」
“強烈!”
「常識が通用しねー! テープを編集する手が震えるよ」
“悪寒!?”
「こんなゾンビキラーは存在してはいけない」
“インビジブル&アンビリーバブル”
「ヘイガァイズ。マイケル・マッキントッシュだ。カメラマンはもちろん、ホセ・エステバン」
「ザッツラィッ」
「今日は衝撃映像になるぞ。テレビからは十分に距離をとってくれ。失禁する羽目になる」
CHECK!
テレビの向こう側では、さっきベイブリッジですれ違ったアリア・アニマがゾンビにキスし、息を吹き込んで体をバルーンみたいに破裂させる映像が始まる。
その微笑みは道化のものではない。ゾンビを殺す快感から生じた本能の笑みだ。
「Good‐looking Absolutely」





